見出し画像

スマイルマーク

文也は受信したメールのURLをクリックした。画面が切り替わり「通話を起動」にカーソルを当てて右手人差し指を動かした。

PCの画面越しに高校時代の友達が二人。文也と共に天文部に所属していた理人と佳苗だ。

理人は高校時代より垢抜けていて爽やかだ。

佳苗はアッシュグレーに染めた髪色とナチュラルに浮かぶ笑みが特徴的。

第一声に朗らかな声が届く。
「文也。久しぶり。SNSでも繋がっているけどさ、雰囲気の変わりように驚くわ。」
「理人、かなちゃん。久しぶり。半年ぶりのビデオ通話だっけ。変わっている自覚は無いんだけどね。」

嬉々とした表情のメンズ二人に「理人も十分変わってるよ。」と佳苗が言葉を散らす。「まあな。」と照れ笑い。

「とは言えやっぱりさ。」と前置きをした佳苗は焦点を右上に向けて語り出す。

「文君、スリムになりすぎ。昔は丸いフォルムだったのに。」

痩せた今、太っていた過去も少しは笑って流せる。2020年3月の高校卒業時点、文也は太っていた。

「有酸素運動は継続してるし、夜食も摂ってないから。」

自慢気なニュアンスを含む言いそぶりで白い歯が光る。理人の乾杯の合図で三者三様に酒が入った容器を突き出した。

ビールを喉に注ぎ、昔馴染みと画面越しの再会に理人は満足気。佳苗は頬杖をついて画面右上を向いたまま。視線の先に文也の顔が映る。

「かなちゃん、以前のビデオ通話から髪色変えたんだ。似合ってるよ。」
「ありがと。まだ二年生だし楽しみたいなって。」

音符が目に映るような弾ける声だ。無意識に彼女はアッシュグレーの髪に触れて、夏色の笑みを浮かべる。 

「理人君と文君は髪色変えないの?ずっと黒髪オンリー?」
「うーん、バイト先がNGだから難しいかも。」

理人に続き「髪を痛めたくないから。」と言葉にした。「そっか。」と安堵な顔をして佳苗はチューハイを口に運ぶ。

それから話題は目まぐるしく変わる。気付けば通話を開始して2時間が過ぎた。1秒後には過去になる現在が楽しくって、3人は積もる話を打ち明ける。

「そういやさ、ちょっと素敵な過去を振り返りたいんだけど。二人とも絵文字の件を覚えてる?」
同じ話題に満足しきった理人は別の話題へすり替えたかった。文也と佳苗は苦笑した。

思春期の勘違いと勢いが凝縮された顛末を振り返る。

「あれでしょ、私が好きな子にスマイルマークの絵文字を送ると同じ部の女の子に教えてさ。」
「そうそう。俺は佳苗から😊を送られたから好かれてると確信して。勢いで学校近くのファミレスで告ったんだ。そしたらフラれて。」
「私が指してるスマイルマークは😊じゃないんだよね。勘違い力と行動力は尊敬するよ。」

理人と佳苗は笑い合う。文也は苦笑いを浮かべたまま。

「この流れ、俺が一番ダメージでかいじゃん。理人が振られた後さ、かなちゃんから☺️がチャットで送られたんだよ。勘違いするじゃん。☺️がスマイルマークだって。」
「普通そう考えちゃうよね。」
「中秋の名月の日かな。お月見しようって、学校近くの小高い丘みたいなところに行ってさ。」
「あれが男の子と二人で外出した最初の記憶だな。ドキドキしたの覚えてる。ブルーシート越しの地面の感触もだけど。」

事の顛末を最後まで語ろうとした文也も羞恥心を前に躊躇う。

「やっぱ恥ずい。ここから先話すの。」
「文君、ここで笑い話に昇華しよっ。」

佳苗の言葉に躊躇いが消えて続きを語る。

「隣にいる佳苗ちゃんに月が綺麗ですねと告白しました。そしたら、無心に団子を食べながら、そだねー、月は綺麗だね、と返されて恋の終わりを痛感しました。」
「あはは、夏目漱石は知ってるけどまさかの告白に戸惑っちゃって。高校生なら直球が1番だよ。」

理人は「これは恥ずいしイタイ」と呟く。

「絵文字の件を振り返ってさ、伝達は大事だなって。私が指してるの、みんなが使うチャット通話アプリで「よろ」と打つとスタンプと同じ場所に表示される方のスマイルマークだし。」
「前提を履き違えたのも含めてイタイな。」

理人の呟きに「うん」と頷く理人。

「話に尾ヒレがつくの怖いから今は気にしてる男の子だけに送ってる。」
「気にしてる男の子か。」
理人に続いて「ふーん」と文也は興味を示す。

24時が過ぎて眠気が襲う。「明日は早いから寝るね。」と佳苗が告げて理人と文也も通話を切った。

二人が今、気にしていることが一つだけ。

通話を終えて20分後、佳苗は二人に個別チャットを送った。

「今日はありがとう。」
「あ、もう昨日かw」
「〇〇と話せて楽しかった」
「また話そ」

「また話そ」の後ろにはそのアプリのみ表示されるスマイルマークがついていた。絵文字を見た理人と文也は喜んだ。

佳苗は眼を閉じる前、「男友達のことは気にしてるから。男として気にはならないけど。」とひとりごとを呟いた。

「良い夢見なよ。」

佳苗は微笑み、眠りについた。

#2000字のドラマ #小説 #掌編 #ショートショート #通話

ご高覧いただきありがとうございます✨また遊びにきてください(*´∀`*)