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お盆の類型的風景に泣きそうになった[日記と短歌]24,8,14


君という石に幾重と滲みゆく水よりのぼり立つ夏の雲/夏野ネコ


ひさしぶりにお盆に帰省をしました。
わたしの郷里は内陸の山の中にあって、日本各地と最高気温を競っているような町なのですが、ゆえにこそ最高気温がその名のごとく最高潮に達するお盆のころにはぜんぜん帰省をしていませんでした。

だってまあ暑い、本当に暑い。
ああでもこんな感じだったな、と、お盆を迎えた郷里に久々降りたって思います。

ふんわりと香ってくるお線香の匂い、蝉時雨、ばかみたいに青い空と入道雲、どこからか聞こえる夏の甲子園の中継の音…

そんなお盆の類型的ともいえる風景のなか、なぜだか泣きたくなりました。
この時期ちっとも帰らなかったので、だからこそ、ここで過ごした10代のころの記憶がそのままパッケージされていたのかもしれません。

シンボリックな出来事はありません、でもこの毎日が永遠に続くかのような夏の日々と、ゆえにこその不安、たとえば否応なく明日を突きつけてきた夏期講習、当時付き合っていた人と開いてしまった距離感、そして流行っていた歌たちなど、なんだろう、わっとフラッシュバックのようにやってきて狼狽えた。

夏は過去と繋がる季節なんだな、と、改めて思います。そこはかとない死のにおいと季節の生命力との強烈なコントラストがきっとそうさせるんでしょう。
そしてそれは、いとおしくて狂おしくて寂しい、年に1度だけ立ち現れる、私の底の方にある感情の小さな結晶なんだな、と思います。



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