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いつかただまっすぐに猫を追いかけて知らない世界に飛び込みたい

ある秋の始まりの日、帰り道の夜。

何か声がするなと振り返ったら、黒猫がいた。


わたしに向かってミャーミャーと鳴いている猫。

かわいいなあ、と視線を合わせて近づいてみたら、逃げられた。だよね、わたし、猫に近づこうとしても大体逃げられちゃうからなあ。

今日もいつも通りかな、と思って帰ろうとしたら、猫はまた少し離れたところから、わたしを見てミャーミャーと鳴いている。

どうしたんだろう?

また、近づいてみた。逃げる猫。でも、やっぱりわたしのほうを振り返って、さっきと同じように鳴くのだ。

まるでわたしに、何かを訴えているみたいに。



ドキドキした。耳をすませばのような、ジブリの世界の入り口に立っている気がした。

猫はわたしを先導するように歩く。わたしがついて歩いていることに気づいているのかいないのか、猫は振り返る素ぶりも見せない。そのまま少し歩くと、猫は近くの林の中に入っていってしまった。

近くに街灯もない真っ暗な夜。
林の中は、異世界の入り口のような気がした。怖かった。

わたしは地面に足の裏がくっついたかのように、その場から動けなくなってしまった。



結局それから、猫の姿をみていない。もし、猫の仲間が怪我をしていて人間の助けを求めているとしたら、と心配したけれど、待てど暮らせど猫は戻ってこなかった。

後ろ髪を引かれながら、その場を後にして。
次の日もまたその次の日も、同じ場所で猫の姿を探してみた。でも、とうとうあの黒い影を見つけることはできなかった。まるで夜に溶けてしまったかのように。

あの猫は、どこに行ってしまったのだろう。
どうして何度もわたしを振り返って鳴いたのだろう。



こんなにずっとドキドキもやもやしているのなら、あのとき林の中を追いかければ良かったかなあ。
昼間にみたら、すぐ脇に道路があるような小さい林だったのに、夜にみるとあんなに怖い場所だなんて。それとも、あの黒猫の仕業かな。


どちらにせよ、ジブリのヒロインならきっと、たとえ暗い林の中でもあの黒猫の後を迷いなく追っていくのだと思う。たぶんわたしは、雫やハルのようには一生なれないのだろう。

それでもあの日からあの場所を通るたびにドキドキして、小さくて黒い影を探してしまうのは、ただまっすぐに猫を追いかけてその先に出会う景色をみたいから。

きっと次に会うことができたら、迷わずついていくよ。
その先が知らない世界じゃないとしても、ただの雑木林でも何でもないとしても、まっすぐに追いかけて、いつのまにか見失って。
そうしたらまたそこから続く日常を、今より楽しくできる気がするの。




世界はそれを愛と呼ぶんだぜ