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小倉で初めましての人と地図を眺める

門司港滞在中、沖縄のドジっ子が「門司港にいるなら紹介したい人がいます!」と連絡をくれた。残念ながら門司港にいる間は予定が合わなかったけど、土曜日なら時間があるというので小倉で待ち合わせ。旦過市場の渋いお店に連れて行っていただく。

ぬか炊き定食

商店街の線香や仏壇用の蝋燭を売っているお店ではセールをやっていて、彼女はお香が好きらしく、お店を覗く。

おはぎやワンカップを形どった、お供え物を兼ねた蝋燭、亡き犬用の蝋燭、ミルキーやコメダ珈琲とコラボした線香などがあり、お盆Ver.2024という感じ。普段こういうお店に入ることはないので新鮮だった。コメダ珈琲のお線香の香りがあまりに強烈ですごい顔をしてしまった。

小倉城に向かいながら別府の話になり、地獄めぐりが妙に好きなんですよと言うわたしに、「わたしは地熱が好きで」と返す彼女。そこから地形や地図の話になり、城の手前にあるゼンリンミュージアムへ行く。ゼンリンの本社は小倉。

ゼンリンは別府創業で、企画展では別府の地図が展示されていた。昔の地図は色使いや枠の付け方、レタリングの文字ががかわいい。

こうしていろんな地図をまとめて見ると、同じ地図とはいえ国やテーマによってアウトプットは全く異なる。

国別に見れば、なんとなくヨーロッパは線が太くて濃く、デザインが凝っていて余白が少ない。ロシアは線が細いシンプルデザインで余白が多く、スッキリ。日本の地図はのぺっと平面的で、余白に余計なことはあまり描いてなく、線が不安定かつ全体に曲線的な印象がある。

仏教観を表した地図、徴税のための地図、地域の未来を夢見た地図など、地図には切り口がたくさん。地図の企画、めちゃくちゃ楽しそう。

西洋の人々が描いた鎖国時代の日本の地図は、地形も地名の表記も今とは全然違う。「Sanuqui(讃岐)」など、「き」が「qui」になっているのがかっこよかった。

7〜10世紀ごろの日本はインドのあたりで「ワクワク」と呼ばれていたらしい。倭国から来ている呼び名とのこと。ワクワク。

一番好きな地図は、ヨーロッパの人が書いた日本の地図。たどたどしい漢字で地名が書いてあって、「丹後」と「出羽」の文字が味わい深かった。部屋に貼りたい。

ゼンリンは漢字で「善隣」と書き、そこには「平和だから地図が作れる」という想いが込められているという。終戦の日が近い今見るにふさわしいミュージアムだった。

がっつり見て回って疲れ果て、ミュージアムカフェでお茶をする。彼女は門司港出身で、主に編集の仕事をしている人。企業に属しつつも個人でも仕事をしていて、同業者トークが弾み、気付けば17時になっていた。体感は15時だったのでものすごくびっくりした。

彼女はわたしと同じ宿泊のサブスクサービスを使っていて、駅に向かいながら話す中、屋久島で出会ったご婦人が共通の知り合いであることが判明。「妙に話が合った」と言っており、わたしも同じ感じで仲良くなったのでシンパシー。

ほぼ何の前情報もなく、ドジっ子という共通点を頼りに初めましてで待ち合わせて楽しく過ごせた理由がなんとなくわかった気がする。

博多に戻り、キャナルシティをうろうろしていたら噴水が始まった。キャナルシティの噴水大好き。

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