見出し画像

「運命の人」かどうか、一発で分かる方法。あのこと、覚えてる?

夫との初めての顔合わせは、いきなり二人きりだった。最初は、あいだに入ってくれた夫の部下の男性と三人で会う約束だったけれど、直前になって忙しさを理由に逃げられてしまったのだ。
 
「大丈夫ですよ! うちの課長はアツいけど優しい人だから。お酒も好きだし盛り上がると思います!」
 
バチーンとウインクの音が聞こえてきそうなメッセージに彼の狙いを察し、これはもう何を言っても来てはくれないだろうと、私は二人で会う覚悟を決めた。
 
待ち合わせの場所は新宿駅の西口で、金曜の夜ということもあり、たくさんの人が行き交っていた。駅についてからおたがいに連絡を取り合い、目印になりそうなものを伝えながらうろうろとあたりを歩く。ぎこちない敬語でかわす手探りのやりとりは、それだけでなんとも気恥ずかしく緊張が高まった。
 
ふっ、と近くの太い柱から夫が顔を出した。目が合うと「あ!」という晴れやかな表情に変わる。青信号のようなすがすがしさがまぶしかった。合図をするように片手を上げてこちらに歩いてくる。夫が着ていた織りのきれいな青いシャツのつややかな光沢は、今もありありと思い出せる。
 
そんな夫の姿を見たとき、体の内側から沸き上がるものがあった。大いなる納得とでもいうのだろうか。ああこの人だったのかと、ホッと肩の力が抜ける感覚があった。
 
食事も楽しかった。高層ビルから夜景を望むお店だからか「満点星」と名付けられたコース料理は、和洋がバランスよく織り交ぜてある創作料理だった。ふだんは相手が誰でも「次の料理はいつくる? 二杯目は何を飲むのかな?」と、つい気を遣ってしまうのが常だったが、この日は違った。何も考えなくても自然と話が弾み、いつまでも減らないバーニャカウダの鮮やかな赤や黄色が目に入るのが嬉しかった。それはまさに、私の気持ちの色そのものだった。
 
こんな出会いを経て私は夫と結婚したわけだけれど、人生における運命の人というのは、何も結婚相手だけではない。

誰にでも「この人がきっかけで人生の流れが変わった」と思えるキーマンがいる。

そんな人物と出会った日のことは、不思議とはっきりと思い出せないだろうか。私にとっての青いシャツやバーニャカウダの彩りのように、ふだんなら気にも留めないような小さなことを覚えていたりしないだろうか。
 
私は「運命の人は、出会った日のことをめっちゃ覚えてる説」をこれからも唱えていきたい。赤い糸は目に見えない。運命の人の見分け方としてこの方法はかなり頼りになると自負している。服装やその場所の空気をいまもやたらリアルに思い出せる人が、私には何人かいる。
  
常日ごろから確信をもっているこの説を、ランチに行く車内で友人に語ってみた。夫との食事のシーンあたりで、運転席の友人はニヤニヤと笑いだした。それと同時に、私の顔から「そういうことじゃない」という不満も、ちゃんと汲み取ってくれた。
 
「あるかもしれないね。そうかもって思う人のこと、ちょっと考えてみるよ」
 
川からの風が抜ける心地よい道を、彼女の白いワゴンは進む。助手席の窓には、あのときと同じスヌーピーのキーホルダーが揺れていた。人が集まる場に馴染めず、まわりから浮いていた私に声をかけてくれた友人が車から降りてくる様子も、私を見つめる表情も、いまはっきりと思い出せる。こんな話を笑って快く聞いてくれる彼女もまた、私の大切な運命の人なのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?