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一生モノの推し事、歌舞伎という伝統芸能。

27歳の私が「歌舞伎ハマってます!」と言うと、かなり高い確率で驚かれます。
その後必ず皆さん「歌舞伎のどこが好きなの?」と訊いてくださるのです。

が、好き要素が複合的すぎて、うまくその良さを伝えられず、毎度もどかしい思いをしています。

まだまだ勉強中のひよっこで、歌舞伎について語るなんていうことは畏れ多すぎてできません。
その代わりに、「一生推したい」と思うきっかけになった出来事について、良かったら聞いてください。


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贔屓、もとい、推しを作らずに歌舞伎という「箱」ごと推したい私ですが、中村屋さんは特別好きです。
初めて歌舞伎に触れたのが赤坂大歌舞伎だったからかも知れません。

それと、勘太郎さん、長三郎さんご兄弟が可愛すぎて。
尊いしか語彙が出てきません。

お二人が小さい頃のドキュメンタリー番組を観ると、目尻が下がって床につきそうなくらい、メロメロになります。
2018年の中村座で生の長三郎さんを観た時には、可愛すぎてしばらくハワハワしており、だいぶ怪しかったと思います。

同世代だと、音羽屋さんの尾上丑之助さんや、寺嶋眞秀さんも尊いです。
子ども世代をめちゃくちゃ応援しています。だって可愛いんだもん。

いまから3年前の秋。
仙台から歌舞伎座へ月一回以上通うようになって、半年ほど経った頃のこと。
2018年の十月大歌舞伎で夜の部をひとり鑑賞していました。

歌舞伎座130周年と、十八代目中村勘三郎七回忌追善が重なった年の芸術祭です。

私は十八代目中村勘三郎の芝居を観たことがありません。
観たい、と思った時には、もう観ることが叶わなかったのです。

映像も素晴らしい資料だけれど、やっぱり生で本物を観る経験はかけがえのないもの。

だから、「推しは推せるときに推せる方法で推す」をモットーに、芝居に通い詰めたのでした。

歌舞伎の素晴らしさは、無形の芸が後継され続ける点にあります。
そこには、厳しくも温かい師弟関係があり、またそれを応援し続ける観客の存在があります。

芸術祭で、十八代目中村勘三郎ゆかりの演目が観られるとあって、ワクワクしていたとき。

私の隣に、70代後半くらいの女性がおひとりで座っていました。
第一幕を集中してご覧になっている姿勢や眼差し、膝の上に大切そうに置かれた筋書(パンフレット)。
昔から歌舞伎がお好きで、よくご覧になっている方なのだろうと思います。

彼女の観劇史と愛を決定的に知ったのは、第二幕「義経千本桜 吉野山」でのこと。
有名な歌舞伎舞踊の演目です。

十八代目も演じた佐藤忠信実は源九郎狐を中村勘九郎さんが演じ、
その相手役である静御前は、勘三郎さんと何度も同じ舞台を共にした、坂東玉三郎さんが演じていました。

隣に座るご婦人は、勘九郎さんが踊る様子をじっと見つめて、
時には一緒に手が動いたり、「あっ」というようなリアクションをしたり、
まるで愛弟子を見守るコーチのよう。

舞踊が佳境に入り、勘九郎さんの熱量がぐっと高まったように感じたとき、
ご婦人は目にいっぱいの涙を溜めて、大きな拍手を舞台に送っていました。

思わず、私の視界も涙で滲んでしまう。

きっと彼女は、十八代目の魂を、勘九郎さんの中に見たのでしょう。
私の祖母と同じくらいの女性が、私の推しに涙を流している。
世代を超えた推し事。継承される推し事。

なんてすごいエンターテイメントなんだ!!!
400年続く伝統芸能は、こうして継承されてきたんだ。
400年前も、猿若の芝居に興奮し、感動し、心揺さぶられた人たちが、確かにそこにいたんだ。

演じる側と、観る側の関係。
舞台美術、歌舞伎音楽に至るまで、大切に継承されてきた技術の結晶。

吉野山の美しい桜吹雪を目に焼き付けながら、隣に座るご婦人の「歌舞伎が好きだ」という、
素朴な愛と熱を記憶に刻みました。


27歳で歌舞伎にハマって、おばあちゃんになるまで一つの推し事を続けられるって、なんて幸運なことだろうと思いませんか?

ちびっこのうちから応援していて、その子たちが大人になって、さらに芸を磨いていく姿をずっと推せる。
現に、来月の二月大歌舞伎で勘太郎さんが連獅子を演じると知って、まだ観てもいない私はすでに号泣しています。

一生モノの推し事、これからどんどん楽しくなりそうです。

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