ともに歩く。
わたしにはたくさんのパートナーがいる。
こう書くと随分と移り気な人間に見えるかも知れないが、決してそういうわけではない。それは言い訳でもなくて。
わたしがこの世の中でどうにかこうにか生きていくためには、文字通りたくさんのパートナーが必要なのだ。
家にいるとき、パートナーは家族。
外に出れば、僅かばかりの友人というパートナー。
病気と向き合うTwitterのフォロワーさんたち。
可愛いねこ。
仕事の場では複数のパートナーが。
そして、治療をしていただく時には、主治医や看護師さんがわたしのパートナーになってくださる。
◇ ◇ ◇
乳がんの疑いがあるとわかった時、わたしはちょっと途方に暮れた。
家族は闘病中、頼れる人も闘病中かリハビリ中、もしくはそれを支えている。かく言うわたしも最前線で支える側だ。
なんてこった!
少なくとも状況を打開出来るまで、病人ライフにどっぷり浸かることすら出来そうにない。
いやー、もしかしてこれが噂の「万事休す」かあ。
そう思ったわたしだが、それから僅か10分も経たないうちには猛然とスマホをタップしていた。
診療ガイドライン。たくさんの研究、たくさんの臨床から導き出されたそれは、「たくさんのパートナーの集まり」と言ってもいい。
心強かった。
掲載されているものは、隅から隅まで兎に角読みふけった。
状況が何とか、少しくらいはマシになった頃に、新たなパートナーとなってくださったのが主治医や医療スタッフのみなさん。
そして転院先の主治医やスタッフのみなさんへとパートナーが増え、広がっていく。
再建のために新たに加わってくださった形成外科の主治医。入院中お世話になった、お食事を用意してくださる方に清掃の方。受付や会計の方々。
みんな、それぞれの道を進みながらわたしに伴走してくださる大事なパートナーだ。
その方々も互いにパートナー。そしてまたたくさんのパートナーが、パートナーを支えている。
見えない数多の手に支えられて、わたしはここにいる。
◇ ◇ ◇
どんな時でも、必ずどこかにパートナーはいる。
ちょっと見えにくい時があるかもしれない。特に、疲れていたり弱っている時ならば。
でもパートナーはきっといる。
可視化されないだけで、多種多様なかたちで、誰もが誰かを巡り巡って支えている。
わたしはたくさんのパートナーと、出会い、すれ違い、また出会ってともに歩いている。
そしていつかこの小さな手を求める人がいるかも知れないと思いながら、わたしはいつでもここにいます。
なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」