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さよなら、ステレオタイプ

「後悔したでしょう」

がん患者デビューしたわたしを待ち受けていたのは、無数の「あるべきがん患者」の姿だった。

病に悩んでのたうち回らなければならないし、押し潰されそうな不安で夜も眠れぬ日々を過ごしているはずだし、ご飯は喉をいっこうに通らないはずなのだ。そして、がんの原因はわたしの生活の内にこそあるはずだった。
これはすべて外野から見れば、の話だ。

うーん、これ、がんの場所もステージもサブタイプもごちゃ混ぜなんだよなあ。それに、ドラマのヒロインみたいに若くも可愛くもない。

実際のわたしはと言うと、充分な時間を眠りに割けなかったのは関連文献を読んでいたらあまりに興味深くて止まらなくなったからだし、特別乱れた生活習慣を送っているわけでもなく食生活にも気を遣っていた。酒も煙草も興味ない。
不安が微塵もないわけではない、そりゃあちょっとくらいはね。でも毎日バカな話をして笑っているし、微熱とだるさで食欲が低下しているもののご飯は美味しい。謎の体調不良で運動は不足気味だったけれど、何だかんだ毎日歩き回っていたのだから皆無というわけではない。

自らの病気より、環境への悩みの方が格段に上回っていた。周りじゅう闘病中だから、患者になっても変わらず気は遣う。

愚かでかわいそうなあなた
○○のせいじゃないの?
がんになんてなっちゃって、若いのに不治の病だからもう何も出来ない。


むしろそんな第三者の誤解の方が、困り事要素としてはより大きかったように思う。
いやあなた「ただの体調不良」の時点では随分と罵ってましたよね?──と思いつつ、グッと堪える。

 
 ◇ ◇ ◇
 

見知らぬ誰かのがん体験談も、なかなかに微妙だった。大体バッドエンドなのは何故なんだ。もしくは、あの人は元気だ、という謎のご報告。「あの人」は大体知らない人だったりするのだけれど。
元気づけてくれているつもりなのはわかる、でもご本人やご遺族は、思いも寄らぬ場所で話のネタにされていることを納得しているのかなあ。ショックだとか苛立ちより、同じ「患者」としてはそっちが気になってしまったりもする。

あっさり全摘を決めたのも、別にわたしにとっては当たり前の選択だった。
とにかく早く社会復帰しなければならなかったのだ。それに、わたしはボディーイメージに元々執着しないたちの人間だ。女子力が低い?知りませんよ。男子力って言わないでしょうよ。

「命よりも胸が大事」「胸よりも命が大事」をくらべてみても、命がなくても胸だけが残っているなんてホラーでしかない。DCISだろうと言われていても、センチネルリンパ節生検や摘出部位を病理に出さなければ、転移や浸潤があるかないかはわからないのだから。
標準治療を前に、有り得ないと思った選択肢からどんどん霧散していった。
背骨や肩凝りなどの影響が出るならば、形成外科に作り直してもらうからいいや。期せずして美容整形デビューしたとでも思えばいいや。

我ながらドライ、スーパードライ。ビールは飲まないけれどね。極度乾燥、もうしてる。こんな患者もいるのだ。

 
 ◇ ◇ ◇
 

その一方で、わたしをステレオタイプにするなとも、口を酸っぱくして言ってきた。DCISと硬がんの違い、がんには様々な種類があること、患者によって捉え方は人それぞれであること。何を選択するかは、様々な要素が複雑に絡み合った上で決まる。軽々にステージを聞いたらだめ。傷だって、身体にも心にも残るだろう。もっとずっと悩んで辛い人がたくさんいること、それは付け焼き刃でわかり合えるようなものではないことも。
願ってもかなわないことを、知らないからといえ外野が「願え」と言うことが、患者本人にはとても辛いということも。

みんながみんなしょうもないギャグを飛ばせるわけじゃない。みんなが強くいられるわけでも、前向きになれるわけでもない。
患者は「患者」という生き物なのではない。
ひとりひとり、みんな違う人間なのだ。

余談だが、医療側からのわたし=患者像が透けて見えるのも、また興味深かった。
わりと突っ込んだ質問をするし「受け入れがいい」ので、すぐ医療関係者に同業と間違われる。患者=まったくの無知、なのだろうなと思う。ガイドラインを熟読していれば容易にわかる程度のことでもそう思われるのだから、これはこれでひとつのステレオタイプなのだろう。

勿論、予備知識がない人にも敷居を感じさせぬようにわかりやすく説明するのが彼らの仕事だから、それをどうのこうの思うことはない。むしろ、プロは大変だなあと感心し、深く感謝するばかりだ。

 
 ◇ ◇ ◇
 

わたしという、ちょっと(いやかなり)はみ出した患者がいることで、簡単に「わかるよ」「○○なのでしょう」とは括れない雰囲気が醸成出来たらいい。
そんな言葉かけよりも、傾聴のほうがずっとずっと役に立つ。支えになる。

みんながステレオタイプを手放せば、もしかしてみんながちょっと、楽になれるかもしれない。
そんなことを思いつつ書いたら、こんな冗長な文章になってしまった。

さよなら、ステレオタイプ。
 

なつめ がんサバイバー。2018年に手術。 複数の病を持つ患者の家族でもあり いわば「兼業患者」