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遺書No.824 食料難について考える②

※この記事は2004年7月6日から2009年7月5までの5年間毎日記録していた「遺書」の1ページを抜粋して転載したものです。

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2006.10.13
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サザエさんに登場するアナゴくんが、
実は27歳の設定な件。

俺より年下かよっ!!!!Σ(・Д・|||



こんばんわ、みーくんです。




現在、世界中で約8億人もの人々が、
食糧難で苦しんでいるという・・・。

そんな中で食べ物の好き嫌いを主張し、
また偏食をするという行為は、
一般的には非常に贅沢な行為だという意見がある。


しかし、はたしてそう一概に言えるものだろうか?


確かに、飢餓で苦しんでいる人の事を考えると、
「椎茸は嫌いだから」などと言って食べずにそのまま捨てる行為は、
人間性を疑われても仕方のない行為なのかもしれない。

だが、よく考えてみて欲しい。

食欲というのものは、人間の原始的な、
そして最も本能的な欲求である。

だからといって、
食べられるものなら何でもいいという姿勢は、
あまりにも動物的すぎるのではないだろうか?

「食べる」という行為に、
より特別な価値や楽しみを見出せるのが、
他の動物にはない、
人間の特色・特権なのではないだろうか。

かの海原雄山も 、
『美食』 を一つの文化として認めている。

自らが口にする食べ物ひとつひとつにこだわりを持つ事は、決して悪い事だとは言えないのである。

そんな訳で俺は、食文化の発展の為にも、常日頃からキノコ類を食べないようにしている。


シイタケ、シメジ、マイタケ、エノキダケ、
エリンギ、ワライダケ、マジックマッシュルームなど、世の中には様々なキノコが存在するが、

椎茸に限っては特に注意して食べないようにしている。


繊細すぎる俺の味覚には、
キノコ類が合わないという背景もあるかも知れない。

いずれにしろ松茸やトリュフに至っては、
自分で買った事すらない。

さて、そんな椎茸ではあるが、
特に「ヘルシー」等の詐欺的商法の浸透の為か、
女性には意外にも中々の人気を保持しているに思う。

俺が椎茸はなるべく食べないと言うと、
「えーっ!うそー!やだー!超信じらんなーい!」
という反応が返ってくる事も珍しくはない。

この事から、俺が椎茸を食べないという背景には、
「男だから」という生物学的根拠が隠されているかも知れない。

「椎茸の好き嫌い」と「性別」に因果関係を見出したのは、世間広しといえども俺のほか百万人くらいのものだろう。

近々、飲み会で発表するつもりである・・・。


だが、前職の営業時代、
断ることの出来ない接待の席で、

松茸の土瓶蒸し

を口にする機会があった。

普段ならもちろん食べないようにしているキノコ類だが、接待の席ではそういう訳にもいかない。

大人の世界の不条理さを嘆きつつ、
俺は我慢に我慢を重ねて、
後輩の分までペロリと食べ尽くしたあげく、
残してはいけないと思い、
テーブルに残されている松茸を見つけては、
全て胃の中に運びこんだ。

いろんな意味で、忘れがたい想い出である。


さて、このように俺は、
キノコを全く食べないという訳でもない。

時と場合、そして種類と値段によっては口にする事もある。


俺がかろうじて食べられるキノコは、
以下の数種類だけだ。


1. 味噌汁に入っているなめこ
2. 世間一般で高級だと思われているキノコ
3. スーパーマリオに出てくるキノコ
4. きのこの山


(※しかし、本当は「きのこの山」よりも「たけのこの里」の方が好きである。)



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2022.11.7
毎日遺書を書き始めた当時824日目の投稿内容。
2日続けての「みっともない大人の言い訳」大会ですね。


過去のボクは昭和の固定観念や慣習に縛られ、自分や家族を苦しめていた事に気付きました。今は、同じ想いや苦しみを感じる人が少しでも減るように、拙い言葉ではありますが微力ながら、経験を通じた想いを社会に伝えていけたらと思っていますので、応援して頂けましたら嬉しいです。