見出し画像

やたら魅力的なサンドイッチ

ありえないくらい面白くない映画を映画館で見た時のことのほうが案外覚えていたりする。映画の内容というよりは、その上映中に何が起きたのか。
某映画館にて、ニコールキッドマンが出てるからという理由で見始めたその作品は結論から言うと絶望的につまらなかった。

映画が始まって1時間ほど経ち、もうここから面白くなることはないだろう…と思い始めた頃、斜め前に座っていたおじさんがおもむろに巨大なサンドイッチを紙袋から取り出して人目も気にせずむしゃむしゃと食べ始めた。ついでに、壁際のコンセントに思いっきりスマホの充電器をぶっ刺している。私はぎょっとして、なぜか慌てて周りを見渡す。誰もおじさんの蛮行には気づいていなかった。おそらく。

スクリーンに視線を戻すと何故かニコールキッドマンが全裸で街を徘徊するシーンが映されていた。私の焦りはニコールキッドマンの全裸によって少しずつ落ち着いていったが、もう映画のことは何も分からない。斜め前から、ベーコンとソースの香りが漂ってくる。

映画の登場人物の名前は一つも覚えていないのに、おじさんが食べていたサンドイッチについてはいまだにありありと思い出すことができるから不思議だ。ベーコンとレタスが艶々のクロワッサンの切れ目から贅沢にはみ出していて、大きく口を開けてかぶりつかないと溢れてしまうような、稀に見るくらい美しいサンドイッチ。

常識だが、基本的に映画館は飲食の持ち込みが許されていない。おじさんの態度はまるで映画を観に来たのではなく薄暗い場所でサンドイッチを頬張るために来たという様子だった。その威風堂々たる様に慄く。ニコールキッドマンのセックスシーン、ニコールキッドマンの全裸徘徊シーン、全てが吹き飛ぶほどに。むしゃりむしゃりとおじさんはサンドイッチを食べ終え、品良くナプキンで指先を拭いてからようやくスクリーンに再度向き合った。その頃には、もう本当に映画は訳のわからない終盤を迎えつつあったのだが…。

懲役2時間弱を終えて、映画館を出た私は真っ先にサブウェイへと向かった。ありえないくらいお腹が空いていた。パンを焼いてもらい、トッピングをモリモリにして、ようやくかぶり付いたサンドイッチはいつものサブウェイ以上でも以下でもなかった。
堂々と優雅にルールを破りながら食べるサンドイッチが、魔性を獲得して異常に美味しそうに見えただけだったのでは…期待していた満足感を得られなかった私は首を傾げながら思った。悪びれもしない犯行というのは時に魅力的なものなのかもしれない、日常が退屈であるならば尚更。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?