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虎の威を借るおばさん

 社会人になりたての頃、縁もゆかりもない地方の中核市で働いていたことがある。

 知っている人もいないし、土地勘は全くないし、おいしいご飯屋さんもわからない。仕事も初めてのこと尽くし。会う人は全員「初めまして」だし、毎日が新鮮と言えば聞こえはいいが、緊張と不安の毎日だった。

 それでも私はその街を少しずつ好きになり、道を覚えて、好きなご飯屋さんが何軒かできて、安売りをやっているスーパーも覚えた。
 仕事で会った人も、街中で飲んでいるときに会った人も、基本的には良い人ばかりで「20代の女の子が1人でえらいね」「今度友達紹介するよ」「一緒に飲もうよ」と気にかけてくれた。
 農業が盛んな地域でもあったので、キャベツや柿やミカンなどをどっさりもらうこともあった。自然薯を大量にもらった日には、すり下ろしすぎて腕が筋肉痛になったものだ。

 だが、どこの街にも度を過ぎたおせっかいというか、「よそ者にやさしくしている自分」に酔う人がいるのも事実だ。

 K子さんの話をしたい。K子さんは自称小説家の40代後半の専業主婦。息子たちの育児経験を自分の講座で語り、その資料やスライドショーを販売していた。
 最初にK子さんと会ったのは知人を介して仕事の依頼をされたからだった。「あなたの会社の先輩の〇〇さんも、●●さんも、△△さんも、××さんも、みんなこの街に異動してきたときに私がいろんな人を紹介したの。だからあなたも困ったことがあったら何でも私に頼ってね」と言われ、「歴代の先輩たちもお世話になっているなら悪い人じゃないのかも」と思い、誘われればランチに行き、鬼のような長文メールの相手をして、適度にお付き合いをした。
 実際にK子さんの人脈は豊富だったので、人を紹介してもらったこともあった。

 K子さんは「自分はこの街で大物」であるかのようなオーラを常に出していた。

 だがよく考えると、よくよく彼女の話を聞くと、彼女自身は、なんにもしていないのだ。
 「私は市長とも教育長とも商工会議所の会頭とも▲▲社の会長とも知り合いだから」「困ったことがあったら私がその人たちに言ってあげる」と、よく私に息巻いていた。彼女はとにかく権威や有名人が大好きで、その街で芸能人がロケをやっていると聞けば駆けつけて図々しく2ショットをお願いすることもあった。

 彼女の主戦場はフェイスブックだった。
 どこまで本当か分からないが、「大学時代にあの俳優とサークルが一緒だった」と、著名人とのつながりをアピールする。「遠い親戚のプロ野球選手の結婚式に行ったら往年の名選手だらけだった。詳しくは書けないので、興味ある方は個別にメッセージください。そこで教えます」と、読んでいる人が気になる書き方で注目を集めようとする。しまいには「ワクチン反対。みんなノーマスクであるべき。私が市長に伝えます。市長も私の話なら聞いてくれるので」と行政にまで介入しようとしていた。

 だがそういうタイプの女性は、嫌いな相手のことは徹底的にたたいてくることを、私は知っていた。私は少しずつ距離を取るようになり、お誘いは3回に2回はやんわり断って、たまにランチに行くだけにした。そのときも彼女の話に適度に相槌を入れ、努めて笑顔で過ごした。

 結局、私は2年半ほどその街にいて、異動になった。
 異動してから風の噂で聞いた話だが、K子さんは周囲に「夏秋さんは、私が育ててあげたようなもの」と触れ回っているらしい。
 勘弁してほしい。
 皆さんも、知らない街で親切そうに近づいてくる人にはご用心を。

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