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あかの他人の一言がずっと心に引っ掛かる

 街中ですれ違った人、電車で前に立っていた人、喫茶店で隣に座った人。
 たまたまそこにいた場所と時間が重なっただけのあかの他人が言ったひとこと。
 それが忘れられなくて、ふとしたときに思い出すことがある。

「つくねに柚子の皮を入れるとおいしいんだよね」
 これはある日、立ち飲み屋で1人で飲んでいたら、隣の隣の隣くらいにいた20代カップルのうち、カノジョの方がカレシに説明していた。彼らは焼酎お湯割りを飲みながら漬物を口に運んでいた。カレシは「へえ」と興味なさそうに相槌を打つと、またすぐに別の話題に転換した。後日、私は1人で鍋を作るときにつくねに柚子の皮を刻んで入れたところ、酸味と歯ごたえ抜群のおいしいつくねが出来上がった。カノジョに感謝を込めて鍋を完食した。

「知識が邪魔をする!」
 これは誰かと行った居酒屋で、隣の席の30代くらいの男性たちのグループのうち、1人が発したひとこと。彼らはアニメ好き仲間らしく、ある作品のキャラクターの声優を思い出そうとしていたが、ど忘れしたようで誰も出てこない。一通り有名な声優の名を挙げるが、違う。そのうち「俺たちは『あの役はこういう系統の声優がやる』と先入観に囚われているのかもしれない」と誰かが言い出し、この名言が生まれた。以後私は、何かに行き詰ったとき、この言葉を思い出して先入観を捨てることと、新しい角度でものを見るようにすることを思い出している。

「明日はきっといい日になる」
 これは一人で牡蠣居酒屋に行ったとき。正面のテーブルの20代男女(交際はしていないようだった)の、女性が発言した。2人は牡蠣のおいしさに感動していた。良い感じの雰囲気で、遠目から見てもお似合いだった。2人は会計を済ませて店を出るときに、男性が「もう1軒行くっしょ?」と誘ったが、女性は「いや、帰る」とすぐに断った。「あー…」と気まずそうに笑う男性に、女性がこう言ったのだ。男性はきょとんとしていたが、すぐに愛想笑いを浮かべていた。誘いを断ったことを謝るのではなく、相手を励ます。素敵な断り文句だと思った。

 さて、私の「ベスト・オブ・あかの他人の一言」は、これだ。

「ブルートゥースって、ほんとにつながる?」
 はっきりとは忘れたが、私が大学生のころ(2016年ごろ)に東急東横線に揺られていたら、自由が丘で乗り込んできた男子高校生2人組が私の前に立った。彼らはなんてことない、今日の宿題やら隣のクラスの女子やらの話を始めた。ところが何の脈略もなく、片方の男子高校生が、こう尋ねたのだ。当時はブルートゥースが世の中に定着した頃で、ワイヤレスイヤホンもあったし、スマホをカーナビにつなぐこともできた。だが彼は、ブルートゥースが正常に機能して、何かと何かを安全につなげてくれるのか、心配かつ不思議だったのだろう。
 彼の友人が何と返したのかは忘れてしまったが、私はブルートゥースを接続する度に、あの無垢な男子高校生のことを思い出すのだ。

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