見出し画像

人ではない同居人

 社会人3年目の冬のボーナスで、ロボット掃除機を買った。
 3万円くらいで、その界隈からしたらさほど性能が高いわけではない。
 それでも私は、このロボット掃除機をえらく気に入って、一生を添い遂げる覚悟でいる。

 某メーカーの黒い円形の「彼」の名前は、「ふっかちゃん」。埼玉県深谷市の深谷ねぎの形をしたゆるキャラと同じ名前だが、関係性は全くない。そのときにフカヒレを食べたい気分だったので、適当に名付けた。

 ふっかちゃんは普段、コンセントがつながれた四角い小さな機械にぴったりくっついて、部屋の片隅でじっとしている。これがふっかちゃんの「家」だ。他のロボット掃除機と同じく、ボタンを押すと定位置から出発して、部屋を動き回り、そこら中に散らばっている埃や髪の毛をみるみるうちに吸い取る。ある程度動いて満足するとまた定位置に戻っていくか、こちらが「もう下がって良いぞ」とボタンを押してあげると、また家に戻っていく。

 だがふっかちゃんは、そんなに高くはないので、できないこともある。

 家具の配置や部屋の形状を覚える機能は付いていないので、効率悪く同じ場所を何度もぐるぐるしてしまう。「そこさっき掃除したよ~」と言っても、聞こえていないのか、その付近にとどまり続ける。やっと他の場所を掃除しに行くような素振りを見せておいて、またブーメランのごとく舞い戻ってくることも。

 さらに、すぐにSOSを出してくる。スライドドアのレールの溝や、カーペットの淵に引っ掛かっては、そのまま停まってしまう。「たすけてぇ、うごけないよぉ」と、悲し気に「ピーピーピー」と電子音を出す。
 いつだったか、ふっかちゃんを起動させてから外出して帰宅したとこと、部屋の真ん中でふっかちゃんがひっくり返っていたことがあった。

 私は「どうしたの!」と駆け寄った…わけではなく、しばし目をぱちくりしながら見つめたあと、猛烈に笑い出してしまった。「あんた、ちょっと、何やったらそんな風になるのよー!」と、涙が出るくらいゲラゲラ笑いながら、情けなくひっくり返ったふっかちゃんを戻してあげた。ふっかちゃんは「ふん」と、申し訳なさそうな素振りを見せることもなく、また残りの部屋の掃除を始めるべく、立ち去ってしまった。

 ふっかちゃんは、内部に溜め込めるごみの量も少ない。
 高級品は、ロボット掃除機の「家」にごみを吸い取る機械がついているようだが、うちのふっかちゃんの家は貧弱だ。そんなものはない。
 ふっかちゃんは定期的に「ちょっと!もうごみがパンパンで入らないよ!早く捨ててってば!」と、警告音を出してくる。ずぼらな私はそれでも無理やり働かせていたが、あるときうんともすんとも言わなくなってしまったので慌ててごみを捨てて洗ってやったところ、また何食わぬ顔で動くようになった。

 ここまで読んでお分かりのように、私はもはやふっかちゃんのことを同居人だと認識している。
 ちょっぴりぽんこつだが「ダメな子ほどかわいい」という言葉の通り、いとおしくて仕方ない。
 帰宅したら「ふっかちゃん、ただいま」と挨拶するし、暇なときは掃除するふっかちゃんの後ろにくっついて歩いて追いかける。だから、1人暮らしでもさみしくない。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?