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小説自費出版体験記第15回/文章に格調を持たせる…擬音語、擬態語その1

ミステリープロットからヒューマンドラマエンタメ小説へと変身しましたが、私が目指したゴールは「映画やドラマ化される小説」でした。そのためにはストーリー展開が最も重要ですが、文章表現にはある程度の芸術性を持たせたいと考えました。というのは、友人同士である二人の若き作家の友情や家族愛のほか、嫉妬、葛藤、欲望という、いかにも純文学的テーマを扱っていたからです。
さて、芸術的な文章といっても創作経験のない私にとっては簡単なことではありません。まず浮かんだのは、オノマトペ(擬音語、擬音語)を極力使わないということでした。

オノマトペを多用するとなぜ芸術性が損なわれるのでしょう? 理由は主に二つあります。文章全体に稚拙なイメージを与える、そして想像力が限定される。純文学の対極にはライトノベルがあると思います。ラノベの作品にはオノマトペがオンパレードの作品もあります。決してラノベを否定しているのではありません。マンガやアニメにはラノベが原作となっている作品が多くあります。マンガ、アニメになるとさらに映像の想像力も限定されてきます。このジャンルはスピード感を持ったストーリー展開が命であり、そのためにオノマトペはテンポを保つために重要な役割を果たします。つまり、読者に想像力を要求する純文学とは目的が違います。では純文学でオノマトペは使わないかといえば、話はややこしいですが、多用している作品もあります。実例を見ましょう。

「チャリ、ぐにゃり、ぎょっと、きびきび、さばさば、ひょろり、ぱくぱく、プー、ぎくり、ひそひそ、ガリガリ、ぽつりぽつり、ごそりごそり、パキパキ、しみじみ、みしり」

これだけ見て作品名が分かる方は、相当な小説マニアだと思いますが、これは私も好きな『コンビニ人間』に登場するオノマトペのほぼ一覧です。本作は151頁の短めな作品なのでかなりの頻度で使われていることが分かります。では『コンビニ人間』がラノベかと問えば、もちろんそんなことはありません。純文学の新人作家が対象の芥川賞を受賞しています。それはなぜ? いつものように私見で進めます。

まず、「コンビニ」と聞いて重苦しいイメージを持たれるでしょうか? おそらく多くの方は、「コンビニ? それでどうしたの」とか「あ、そう。それで?」とか、何というか空気のように身近な故に、軽いイメージを持たれるのではないでしょうか。私もそうです。作者の村田さんはそれを踏まえて軽いタッチの文章で書き進めたと勝手に想像します。でも、このままではオノマトペ多用の大衆文学になってしまいます。ではなぜ(なぜが多すぎる。早く進めろ)芥川賞を受賞したのか。以前に紹介した書き出しにヒントがあります。

「コンビニエンスストアは音で満ちている」

この「音」がキーワードになります。第13回で紹介したように、音+コンビニ、「ん?」という感じで引き込み、テンポ良く話は進みます。この「音とテンポ」のために必然的にオノマトペが多用されます。そして終盤が近づき

「久しぶりに耳が静寂を聴いた。今までずっと耳の中で、コンビニが鳴っていたのだ」

耳が静寂を聴く、という文学的表現で主人公がようやくコンビニの音から解放された様子を描きます。が、クライマックスで…

「そのとき、私にコンビニの声が流れ込んできた」

コンビニ人間である主人公の耳には「音」が、「声」に昇華して流れ込んできます。

なんというクライマックス! なんという構成力! 村田沙耶香さんに脱帽です。

もちろん私にこのような技量はありませんので、極力オノマトペを使わない文章を目指しました。次回は、文豪のオノマトペの扱い方、音や光の描写を見ていきましょう。


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