見出し画像

夏の日、滑り台の上で 【ショートショート】

中野陽平(37)は夏季休暇を利用し、幼少期に通っていた小学校に訪れた。

数年前に廃校になった学校が来年の春に取り壊されると聞き、最後にやっておきたいことがあったのだ。

久しぶりに見る2階建て校舎は昔と何も変わらないように見えた。陽平はグラウンドの隅にある高さ5mの石製の滑り台に登り、同級生の森川仁の到着を待った。

「あ、いた。陽平くーん!20年?もっとか。久しぶりーーー!」

海上自衛隊として全国各地で働いている仁は昔のように坊主頭で体格が良く、汗だくで現れた。

「仁。久しぶり!でも、久しぶりな感じがしないねぇ。」
「ほんとほんと。」
「壊される前に小学校を観に行こうって連絡きた時はびっくりした。しかも、うちの母ちゃんを通じて連絡が来たけん。この滑り台でもよう遊んだなぁ。陽平くんは今も東京で働いとん?」
「うん。東京。うちの親にも相談したらの仁の母ちゃんに連絡してくれたんよ。」
「ここに来ると色々思い出すなぁ。」
「じゃな。」
「覚えとる?うちらの学年は18人おったろ。曜日ごとに給食の席が決まっとって、月曜日は血液型の日。O型がワシと陽平くんだけじゃった。6年間、月曜日は2人で給食たべとったな。」
「懐かしい!それがきっかけで仁と2人で遊ぶようになったんじゃ。」
「そうじゃ。あそこに見える教室のテレビを勝手に使って一緒にエヴァも観た。工作でエヴァ初号機の頭部を粘土でつくっとった!」
「他にも、、、喪黒福造も作って、先生に見せたで。ドーン!って。めっちゃ怒られた。。。力作じゃったのに。」
「うわー!懐かしすぎるじゃろ!」

懐かしい話であっという間に1時間が過ぎ、陽平は切り出した。

「仁、あのな。小学校6年生の時、2人で遊んどって、この滑り台から仁が落ちて、頭縫ったの。覚えとる?」

仁の坊主頭には5cmほどの縦長の縫い痕が残っている。

「仁は記憶がないかもしれん。けど、僕は覚えとる。一緒に遊んどる時、僕が仁の背中を押した。それで、、、仁が落ちて。血も出て、大騒ぎになって、救急車に運ばれていった。」
「・・・。」
「仁も覚えとるはずじゃ。」
「・・・。」
「頭がおかしいっていわれるかもじゃけど。あの頃は、、、こっから人が落ちたら死ぬんかな?ってずっと考えとった。仁と2人で遊んどって、周りには同級生も大人も誰もおらんかった。今しかない、って思って、やってしもうた。」
「・・・。」
「・・・ほんまにごめん。。。今日はそれを話したかったんよ。」

10分ほどして仁が話し始めた。

「陽平くんはほんまに昔から変わっとらん。泣かんでもええ。ワシは陽平くんのことはよう知っとるけ。大丈夫じゃ。全部、知っとる。覚えとる。」
「・・・。」
「3年生の頃、ワシが上級生にいじめられとったろ。水筒にお腹壊す薬を入れたでーって毎日脅かされとった時、上級生の前で毎日、陽平くんが僕の水筒のお茶を飲み始めた。何でか分からんけど、それでいじめが落ち着いた。あの時から陽平くんは頭がおかしかって、上級生もびびったんじゃろうな。」
「・・・。」
「ワシが階段で転けて給食のカレーを全部ぶちまけてしもうた時、『僕がやったんじゃ』いうて陽平くんがみんなに謝っとった。」
「・・・。」
「他にもいっぱいあるんじゃ。うまく言えんけどな。ワシはあの頃が楽しかったし、今も陽平くんのことが好きじゃ。」
「・・・。」
「それに。お互い。今生きとるけぇ。それでええんじゃ。言うてくれて、ありがとう。ワシもすっきりしたわ。」

蝉が五月蝿いくらいに命を鳴らす中、仁は少し照れて、陽平をガッと抱きしめた。
仁の汗でドロドロになった陽平は顔をあげ、涙でぼやけた校舎を静かに眺めた。

この記事が参加している募集

夏の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?