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嘘 【ショート・ショート】

第1章 沙耶香の視点(12月1日の夜、自宅にて)

私は頭の中にあるフィルムを回しはじめた。
選んだのは今日のデートの記憶だ。

「いらっしゃいませー。お二人様ですね。どちらの席にされますか?」
「一番奥の席でお願いできますか?」
「大丈夫ですよー。こちらへどうぞ。」

恋人の優里はいつも通り、壁に向かい合うように座り、私は奥のソファ席に座った。

「外からお店の中が見えなくてどうかなって思ったけど、隠れ家的で素敵なレストランだね!お洒落なんだけど、壁がレトロで昔ながらのカフェって感じ!」
「うん。そうだね。」
「はい。メニュー。たくさん歩いたからお腹が空いちゃった。私はビーフランチとビールにしようかな。ほら、数量限定って書いてあるよ。まだ、やってるかな?」
「うん。そうだね。」
「。。。ねぇ。気づいている?美術館を出てから。優里。うん。しか言ってない。」
「あ、、、ごめん・・・!」
「・・・。」
「えーと。。。作品の世界観にのまれちゃって。。。ほら。天井高8m、2000㎡の空間にあのスケールの作品。眩しいくらいの光と地面に写る影。魅了されてる周りの人の表情も全部含めて。圧倒されちゃった。」
「うん。とっても綺麗だったね。1ヶ月半ぶりに会う彼女そっちのけでずっと見惚れてたもんね。」
「やめてよー。僕だって久しぶりのデートで嬉しいんだよ?」
「待ち合わせに20分も遅れたのに?34歳にもなって時間通り出発できなかった、はどうなのかと。」
「・・・話題を変えたい。。。ねぇ、オーダーしよう?お腹空いちゃった。」

先程の若い店員がオーダーを取りに来てくれ、同じものを2つずつ注文した。

机の横に置かれた、これまで見たことのない彼のサングラスに目をやる。

シンプルで洗練されているデザインから、明らかに結構なお値段がしそうだな、と分かる。多分、アイヴァンのサングラスだ。

「その新しいサングラスってどこのやつ?」
「これ?ほんとよく気づくね!あ、なくさないように鞄にしまわなきゃ。」

彼は鞄から持ち運び用のサングラスケースを取り出した。そこにはジンズのロゴが刻印されている。

「このケースはね。ジンズ。」
「ねぇ。変なところで誤魔化したり、つまらない嘘をつかないで欲しい。つくなら最後までバレないようにしてほしい。」
「うーん。。。」
「嘘は。どうせバレるのに。」

私の心の中で不満が溢れ出てくる。

私も最近、サングラスを新調したいと思ってた。いくつか探して、彼と一緒に観に行きたいお店があったのに。せっかくなら一緒にお揃いで探せたら良かったのに。

彼は贈り物をするのが好きだと言って、たくさんの宝物を私にプレゼントしてくれる。私の薬指でキラキラと光るこの指輪もお気に入りのひとつだ。

優里が自分用に素敵なものを買うたびに、私のスペースが失われてしまう。私の気持ちはどんどん落ちていった。

「ご来店、ありがとうございましたー!また気軽に寄ってくださいね。」

銀色の冷たいドアが閉まると、優里は周りに誰もいないことを確認し、私を強く抱きしめてくれた。

「さっきはごめんね。今日、沙耶香に会えて嬉しいんだよ。もう少し、こうしててもいい?」
「・・・。」

こんな時でも素直に喜べない。でも、もう少し、、、もっと抱きしめていてほしい。いつだって全身で愛情を表現してくれる優里。可愛らしい笑顔じゃなくて、つい不機嫌な顔になってしまう自分のことが嫌になった。それでもやっぱり嬉しくて、私もぎゅっと彼を抱きしめた。

「今日は、ありがとう。美術館も、ランチも、買い物にも付き合ってくれて楽しかった。」

買い物も終えた帰り道。別れ際の改札前で優里は私をジッと見つめている。
その目は、まだ一緒にいたい、と言っている。遠回りになるけど一緒の方面で帰ってほしい、と口に出そうか迷っている。

「優里。早く行かないと次の用事に遅れちゃうよ?今日はありがとう。」
「・・・分かった。またね。帰り道、電話する。」
「うん。またね。」

私は頭の中にあるフィルムを止め、深く、息を吸った。

もっともっと私に対して素直になってくれてもいいのに。我が儘だって言って欲しい。変な誤魔化しもしないでほしい。そんなことで嫌いになんてなれないのに。って、素直じゃないのは私もか。。。

会えたことの嬉しさがある一方、不完全燃焼と素直に喜べないモヤモヤが少しずつ膨れ上がる。

私は夜から逃げるように眠ることにした。

第2章 優里の視点(12月2日の朝、自宅にて)

つまらない嘘をつくなら最後までバレないようにしてほしい。

1ヶ月半ぶり会った沙耶香から言われた言葉を寝起きに思い出した。外はもう明るいが今日は週末なのでまだベッドでごろごろしていたい。それにしても嘘なんてついたつもりないけど、一体何に対してなんだろう。こんなこと言うと、また彼女に怒られちゃうんだろうけど・・・。

沙耶香の記憶力は凄まじく、物心がついた時からの出来事を鮮明な映像で覚えている。最初は冗談かと思っていたが2年近い付き合いの中でどうやら本当にそうらしいことが分かった。

昨日は六本木で待ち合わせ、美術館に行き、フレンチレストランで昼食を食べた。久しぶりに会えたことが嬉しかった。思い出せないが、きっと些細なすれ違いだろう。

ベッドでごろごろしながら「嘘」について考えた。

僕は嘘をつかない。
理由は、面倒くさいからだ。

大学生の頃、僕のことを慕っていた後輩から「嘘をつかないでくださいよ。こっちが色々と考えなきゃいけないんで正直、面倒くさいです。」と真正面から言われた。

もし、「嘘はよくないですよ。周りの人が傷つくんです。」なんて言われたら興醒めだっただろう。ただ、「面倒くさい」という表現には妙な共感と納得感があった。僕自身も嘘をつくと後々、辻褄が合わなくなってしまったり、嘘をついたこと自体を覚えていなければならないので面倒くさいと思っていたからだ。

嘘はお互いのためにならない。嘘をつかないことが双方にとってWin-Win。

やはり彼女の言った「つまらない嘘」が何のことか検討もつかない。きっと何か誤解させてしまったのかもしれない。

僕は沙耶香を愛しており、一緒に過ごす時間を大切にしている。彼女を見つめているだけでこれ以上ないほど幸せになる。だからこそ、他人なら放置するような些細な誤解も早く解決しておきたい。

そんなことを考えているうちに、また会いたい気持ちが強くなった。携帯を開き、LINEでメッセージを送った。

「おはよう!昨日はランチで怒らせてしまってごめん。帰り道、沙耶香に下着、お菓子、ポーチを選んでもらえて嬉しかった。特にポーチは早速使い始めて、とってもいい感じ!大切に使うね。お菓子も後で食べる!楽しみ。今日と明日は気温が一気に冷え込むみたいだから風邪には気をつけて。マスクも常備すること。沙耶香のことが好きだよ。」

昨日は数時間しか会えなかったが、今度会った時は彼女の身体に触れ、時間をかけて愛し合いたい。。。

そんな想いに耽っていると、部屋のドアが開き、2人の娘たちが僕の寝室に飛び込んできた。

「パパー!早く起きてー!今日は、じいじとばあばと公園でピクニックだよ!!!ママはもうお弁当を作ってるよー!!!」

上の子が僕のベッドに入って抱きついてきた。下の子はベッドで転げ回り、何がそんなに楽しいのかケラケラ笑っている。つられて僕も笑ってしまう。きっと、ママに僕を起こしてくるよう言われたんだろう。

「はいはーい。もう起きるてるよー!」

ママにも聞こえるように大きな声を出した。携帯にパスワードがかかっていることを確認し、ママのいるリビングに向かった。

「もー、やっと起きた!朝食できてるから食べてね。あ!昨日買ってくれた無印のお菓子もピクニックに持っていくんだった。って、あれ。そういえば、昨日は何しに六本木に行ったんだっけ?」

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