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いつかの紙切れ
それは紙切れだった。
ぼくにとっては手紙であり精一杯の歩み寄りでもあったそれも、彼にとってはただの紙切れだと知っていた。
ぼくはそれを彼の部屋の扉の前に立てかけて布団に入った。
彼が帰ってくるのはいつもぼくが寝たあとだ。
起きたら扉の前には何も無くて、部屋には誰もいなかった。
ぼくが起きるより早く、彼は家を出ていく。
それが日常だった。
紙切れはそれきり見ることなく、ぼくは大人になった。
■ □ ■
誰もいなくなった彼の部屋を片付けることになった。
クローゼットの扉裏には姿見とネクタイ掛けがあって、正面にはシャツやジャケットが並んでいる。
防虫剤と煙草が混ざった臭いにため息と視線を落としたとき、姿見の奥に何か貼ってあることに気が付いた。
セロハンテープで貼り付けてあったそれは紙切れだった。
いつ贈ったのかも覚えていないが、たぶん図画工作で作ったのだろう。
ネクタイを模した画用紙にクレヨンの雑なチェック柄、真ん中にはヒゲの生えた下手くそな似顔絵。
一番下に「おとうさんへ」と書かれたそれは、僕にとってはただの紙切れだった。
貴方にとっては何だったのだろうか、聞いてみたかったのに。
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140字縛りだったものを手直ししました。
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