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櫻井よしこ氏「東大をはじめ各大学が防衛大学卒業生の入学拒否」発言の検討の在り方

10月14日BSフジの「プライムニュース」に生出演した際、日本学術会議の推薦者のうち6人を任命しなかった問題について以下発言しました。

櫻井よしこ 政権としてはこれは知りませんよ私まったく菅さんの意見を聞いていませんからわかりませんけれども。多分、この日本学術会議のこの防衛研究をさせない、しかも防衛研究をさせないだけではなくて、防衛大学卒業の学生が大学院に行きたいというときに、東大をはじめ各大学は、防衛大学から来た防衛省の…防衛庁の人間なんて入れないって言って断っていたんですよね。その反対のところでですね、中国の人民解放軍の軍歴のある学者を…学者ではない、人間をですね、大学院にいれて教えているわけですよね。国立大学ですから私たちの国費で教えて。そこで最先端の技術知識を教えてそれをもって中国に帰らせるわけですよね。こういったことはおかしいと日本人なら誰でも思いますから、このように国民が納得できないような教育をする。国民が決して許さないような反日的な研究をさせる、海外でね、日本にはさせないで。このような学術会議はやっぱりどこかおかしいのであるから改革しなければいけないと、私は政治家だったら強く思います。自民党の政治家のみなさんも絶対強く思っていると思いますよ。で、今回菅さんがそのきっかけを作ったということに尽きるんだろうと思いますね。
※アーカイブ動画では編集で以下が無くなっている
で、これを一つの小さな重箱の隅をつつく、隅として捉えて朝日とか毎日とかですね、立憲民主とか共産党とかがですね言ってることなんだと思います。だからどうして政府が上手に説明をしなかったのかという前に、なぜ、今私が申しあげたようなリベラル系のメディアであるとかリベラル系の人々、政党がですね、こういうことを言うのかということについて本当に日本国民がしっかり考えないといけないと思います。

で、この発言についての「ファクトチェック」を行っている媒体があるのですが、プライムニュース側も「事実関係を確認の上、番組内で対応することを検討している」としています。

本件発言について、日本社会のために有益な「チェック」の仕方はどうするべきでしょうか?

1:対象文言は何にするべきか?「ファクト」を調べれば良いのか?

櫻井氏は日本学術会議の問題を語る文脈において発言しているわけですから、日本学術会議の問題として考えるとたとえば

防衛大学卒業の学生が大学院に行きたいというときに、東大をはじめ各大学は、防衛大学から来た防衛省の…防衛庁の人間なんて入れないって言って断っていたんですよね。その反対のところでですね、中国の人民解放軍の軍歴のある学者を…学者ではない、人間をですね、大学院にいれて教えている

「この部分も日本学術会議の影響があったのかどうか」

みたいな論点設定も、自由に考えるとすれば可能なわけです。

そういった「因果関係」をも「ファクト」に含めるべきかは難しいところですが、私がいろいろ見ている限り、「因果関係」の有無については「ファクトチェック」にはあまり含めていないように感じます。

で、この中で「検討するべきファクト」と言えるものは「東大をはじめ各大学は、防衛大学から来た防衛省の…防衛庁の人間なんて入れないって言って断っていた」「中国の人民解放軍の軍歴のある学者を…学者ではない、人間をですね、大学院にいれて教えている」という部分だけです。

しかし、櫻井氏の発言の趣旨は、「その反対に」の後、つまり、『①日本人は防衛大の卒業をする学生に対して大学院に入れない②にもかかわらず中国人民解放軍の軍歴のある者を大学院にいれている』という「にもかかわらず」ところにあるということが明らかです。日本学術会議の問題の延長線上で学術界の問題として論じているのだから。

①だけ見るのは手落ち、②まで見なければないはず。

しかし、インファクト②を完全に無視しており、記事中にまったく文言が出ておらず、対象文言を以下に切り取っています。

チェック対象
(日本学術会議は)防衛研究をさせないだけでなく、防衛大学の卒業生が大学院に行きたくとも、東大を始め各大学は『防衛大学からきた、防衛省の人間など入れない』と断ってたんですね。… 今回そんな事を変えるきっかけを菅さんが作ったということに尽きるんだろうと思いますね。
(2020年10月14日、BSフジ・プライムニュースでの櫻井よし子氏の発言)

これは冒頭のツイートが大量拡散されたことから、ツイート内の文言だけを対象にしたということなのでしょうか?そうであるならば対象はツイートにするべきで、櫻井氏の発言として検討するのは筋違いとなります。
※上記のチェック対象を見ると分かりますが、櫻井氏が実際には「防衛庁」と言い換えていることも省いています。

2:「東大をはじめ各大学が断って」の時系列は?

櫻井氏の指摘の時系列はどの時間軸なのでしょうか?

①戦後、ある時期において入学拒否がなされていたことがあった
②戦後、あるときから現在まで入学拒否がなされている
③戦後から現在まで入学拒否がなされている

ここは日本学術会議の問題が中心ですが、書きおこした発言の前までの発言を見ると、櫻井氏は戦後の学術界全体の問題として論じています。

そういう文脈に加え、「その反対のところでですね、中国の人民解放軍の軍歴のある学者を…学者ではない、人間をですね、大学院にいれて教えてい」という現在形の表現からすると②或いは③のように受け取る人も居ると思います。

ただ、その前の「東大をはじめ各大学は、防衛大学から来た防衛省の…防衛庁の人間なんて入れないって言って断っていたんですよね」という部分は、「いた」という表現や「防衛庁」と言い換えたことから、過去形という理解も十分に可能。よって、①と理解する人も居ると思います。

特に、『「学問の自由」を叫んでる日本学術会議の一部の学者らは、そういう人たちの学問の自由を守ろうと発言してきたのか?』というニュアンスを感じ取ると、一時期であっても大学院入学拒否があり、それを放置していたならばそれ自体が問題であるということになり、①の理解に固まります。

結局、番組内の発言だけでは分かりません。

が、番組内の発言だけで判定するのであれば、どれでも成立する気がします。こういう場合、「少なくとも」として①と解するのが穏当ですけどね。

しかし、インファクトは「東大をはじめ各大学は、防衛大学から来た防衛省の…防衛庁の人間なんて入れないって言って断っていた」という部分だけを検討しているのだから、過去形と捉えなかった理由はなぜなんでしょうか?
(絶対に過去形と捉えなければならないという意味ではない)

そして、いずれの理解もあり得る中で発言者個人の主張を断定し、それに沿う事実のみを確認することに、どれだけの意味があるというのでしょうか?

「ファクトチェック」という、対象文言を決め、その文言上のファクトのみを検討するという手法の限界が見えると思います。

3:「防衛大学卒業の学生が」の趣旨は?

「防衛大学卒業の学生が」には文言上、2通りの理解があり得ます。

①防衛大学を卒業した自衛官
②防衛大学を卒業したが自衛官の身分の無い一般人

どれでしょうか?(自衛官が大学院進学時に身分を解かれたが、組織戻る前提で送り出していた、などのイレギュラーな可能性は無視して良いでしょう。)

②はいわゆる「任官拒否」の場合です。過去には90名超の任官拒否者が出た場合に国会で問題視する議員が居たくらいなので、この数は例年、卒業生に比してかなり少ない(「倍増」して11%の年もある。2020年は35名)ですから、このケースを探るのは難しい気がします。「離れた人」ですから防衛省側もデータを取っていない可能性が予測されます。

「東大をはじめ各大学は、防衛大学から来た防衛省の…防衛庁の人間なんて入れないって言って」という発言では、「防衛省の…防衛庁の」という点を汲み取ると①という理解に傾きます。

そもそも大学院受験時には防衛大学校在学中(防衛大学校に入学すると所属は防衛省になる)の者も居るかもしれないし、「卒業の学生が」という表現は受験の時期を考えると普通に考えるとおかしくなってしまうので「卒業見込みの学生が」と理解するか、「卒業をした自衛官が」と理解するべき。
(任官拒否をした上で浪人していたとか、そういうイレギュラーな可能性は無視して良いでしょう。)

櫻井氏が①と②の違いを意識した上で発言していたのかは不明ですが、通常、「防衛大卒業の資格でもって大学院受験をする者」と理解して、特別分けて考える必要はないとするべきなんじゃないでしょうか?

ここも無理やり「②防衛大学を卒業したが自衛官の身分の無い一般人」と断定して「ファクトチェック」する選択肢はありますが、それをやる実益ってあるんでしょうか?

ただ、次の項目との関係で、ここの理解を整合的にするべきではないかという問題が生じます。

4:「中国の人民解放軍の軍歴のある者を」の意味

「中国の人民解放軍の軍歴のある者を」の意味がよくわかりません。

「軍に属している」とは言っていないのです。

国語的には「軍歴」とは、「軍隊に入隊してから除隊するまでの履歴」「軍隊に属していた履歴」を指します。

この手の用語法について詳しくないので、「軍隊に入隊して現在も在籍している者」についても「軍歴のある者」とする趣旨なのかは判別できません。

これは3番の趣旨にもかかわってくるのですが…「防衛大学卒業の学生が」の趣旨が

1:「防衛大卒業の自衛官が」であれば、「軍歴のある者」=「大学院入学時に軍隊に所属している者」という理解に合わせないと、批判が意味をなさない。

2:「防衛大卒業の一般人が」であれば、「軍歴のある者」=「過去に軍隊に属していたが現在は一般人の者」という理解に合わせないと、批判が意味をなさない。

3:「防衛大卒業の資格でもって大学院受験をする者」と理解すれば、「軍歴のある者」=「現在軍隊に在籍しているかを問わず軍隊に属していた経歴がある者」という理解に合わせないと、批判が意味をなさない。

こういう場合、櫻井氏が支離滅裂な人間であるという想定はせず、合理的に振る舞う人間であるという前提に立つべきです。やはり番組の発言内容だけでは1~3のいずれの趣旨かは断定できない。

断定して検討することに意味はあるのだろうか?という指摘がここでも妥当します。

5:「東大をはじめ各大学」はすべての大学ではない

東大をはじめ各大学」と聞いて、「すべての大学が」と理解する人は居ないでしょう。仮にそうならば「東大をはじめ」など不要ですし、「すべての存在は〇〇である」という意味として発言する場合というのは、相当限定されるのが一般的だからです。

さらに、櫻井氏は「国立大学ですから私たちの国費で教えて。」とも言っているので、「私立大学は除く趣旨」とも理解できる余地が十分にあります。

また、「国費で」は「公費で」ととらえれば公立大学も含まれるかもしれませんが、この辺りに来ると少し拡大解釈っぽくなってきます。

そうすると、「東大をはじめ各大学」とは、「東京大学に加え、複数の国立大学」と理解するのが無難な理解ということになりそうです。

この点、インファクトは「防衛大卒業者を大学院に受け入れた事例があるから」という論理で櫻井氏の発言を「誤り」と判定しています。東京大学での入学事例としては2017年のGraSPPの1例のみ紹介されていることから、「現在において」という時間軸での検討をしていることになります。

6:我々が検討すべき事実関係は何か

櫻井氏の当該発言部分の趣旨は、「ある身分の日本人がその身分によって入学拒否を受けていたにもかかわらず、同様の身分の中国人については(現在は改善されていようが)受け入れていた大学院がある」という指摘です。

その上で『「学問の自由」を叫んでる日本学術会議の一部の学者らは、そういう人たちの学問の自由を守ろうと発言してきたのか?』と、暗に批判していると言えます。

そうすると、検討すべき事実関係は

【①戦後、一定時期、②東京大学に加え複数の国立大学(公立大学)が、③防衛大卒業の資格でもって大学院受験をする者に対して、④入学拒否をしていた、⑤にもかかわらず中国人民解放軍に属していた経歴がある者が②の大学院において入学している】

というものにしても十分合理的ではないでしょうか。

インファクトのような「ファクトチェック」は「ファクトチェック」としては有りなのかもしれませんが、何と言うか、「為にする議論」の雰囲気が漂ってしまっている気がします。

自衛官入学拒否問題

国公立大学において自衛官の入学拒否をする方針が示された事案は、複数確認できます。

それは歴史的事実です。

櫻井氏の発言に関していえば「東京大学が」という点と、「同時期に人民解放軍の軍歴者が在籍していた事実」の2点をチェックするべきだと思います。

※追記:16日のプライムニュース冒頭で本件について反町キャスターから「番組側で事実関係を調査したところ、国立大に入学した防衛大卒業生の存在、これが確認されましたので訂正させていただきます」と説明されました。

また、櫻井氏からのコメント「たしかに過去において自衛隊関係者が一部を除き国立大に入学出来ない時代が続いていました。しかし近年は自衛隊関係者の入学を認め始めました。その点を付け加えていませんでした」を紹介しました。

番組としては「現在もそういう状態が続いている」という印象を視聴者に与える面もあるためそれを払拭するべきだと考えたのでしょうが、「訂正」ではなく「補足」としなかったのはなぜなのか。

櫻井氏側は「訂正」の趣旨だったのかどうかは気になります。

そしてコメントにある

>一部を除き国立大に入学出来ない時代が続いていました

という点は、危ういなという印象です。

以上

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