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思い込みのサイドメニューに濡れ衣をセットで。

その日のうちに忘れてしまうような小さく短い思い込みはたくさんあるだろう。
それによってわざわざ濡れ衣を着せなければ騒がなくてもいいのに、ってことも。

手っ取り早く解決を望むあまりに、適当な犯人をでっち上げて早く楽になりたい。だからその過程で思い込みを信じようとする。
私の考えに間違いなんかないと。

手っ取り早く身近な人を犯人にする。

自分の仕事は自営業の形態で、家族とともに働いている。
だからその家族間で連携が取れないのは痛い。非常に困る。
今朝は親父が電話に出ないと母親が騒いでいる。
親父はこの数年、4度の脳梗塞から仕事へ復帰している信じられないくらい頑丈な人間だ。それでも加齢と後遺症で動きが鈍ってはいるが、車や船の運転も現役でこなす。
その親父に対して母親は
「もうボケたんよ」
「電話がかかってもわからないに違いない」
「ダメになった、この役立たず」
信じられないくらい次々に罵る言葉が出て来て、子どもとしては茫然唖然。

冷静に考えたら、親父の電話に不具合が起きているとすぐに気づくはずなのに。夫婦の仲の話は割愛するとして。親父が妻からの信頼を得られなかった若かりし頃はともかく、その様なペナルティがあるにしても母親はあまりに喚き過ぎだった。仕事に支障が出る。

親父に電話を見せてくれと預かると
「最近電話は鳴らなくなったようだ、どこも触っていないのに」
と言う。
それを私は100%信じることができる。
何故なら親父のデカい手や指では、携帯のボタンを器用に操作して設定するのは不可能だ。
それに購入から設定まで全て私が行って管理している。
親父は脳梗塞で4度も倒れたが、入院中も"日課の新聞を隅から隅まで舐める様に読む"ことをやめなかったし、今も継続中だ。
視力を半分失い半身不随だったのに、入院中は這ってでも売店へ新聞を買い求めに行った。看護師さんに見つかって驚かれたと話に聞いている。
話す速度や反応は確かに落ちたが、そのおかげか決してボケてはいない。

案の定、携帯電話の不具合だった。
何故か着信音がゼロになっている。
しかし見たことのない症状で、着信音を上げる操作をしても勝手に下がっていく。
犯人はお前だ。
まるで、仮装大賞の得点パネルが点灯していく様に上がったり下がったり。個人では正常に戻せないと考え、すぐに近くのショップへ持ち込んだ。

真犯人は反抗する。

ショップでも見た事のない初めて目にする症状だと言われ、メーカー修理になった。
音量を上げるキー操作を何度も繰り返すがすぐ戻る表示を、ショップのスタッフさんと共に睨みつける。
「反抗期ですかね?」
と漏らすと、スタッフさんから笑いが零れた。
押せば戻るを繰り返す。イヤイヤ期のようだ。

仕事場に戻り、母親に報告するが無視された。
親父がボケてなくて喜ぶべきところだが、自分の機嫌を自分でコントロールできない様子の母親には言葉がなかった。

親父には修理に出したことを報告し、最近母親は誤字脱字が多く字を書けなくなっている気がするのと、癇癪を起すと戻るのに数日かかったりして様子が気になることも共有した上で、
『親父の飲んでる頭の血流の薬を母親も飲むべきかな』
と零すと、親父は鼻で笑った。

あまり愚痴や文句をそれほど言わない親父が、いつか珍しく妻に対して言った
『あいつはなんでも人のせいにする』
の意味が、最近になってようやくわかってきた。
気づくのに随分と時間がかかってしまったが。
母親からは、私は正しくその判断には間違いがないから従うようにと長年圧迫されてきたからだ。私は聞き流して従わなかったが、いつもその圧力が鬱陶しい。

手っ取り早く犯人をつくり、自分の正しさを声高に訴え喚くのは、解決にはそれが簡単で手早いからだ。犯人を追及することで気晴らしも兼ねるだろう。
この仕組みは、きっとウチの家族だけではないと想像する。

本当の犯人は、自分が楽をしたいが為に犯人をでっち上げたくなる「楽をしたい気持ち」なのだろうと思う。
中途半端な想像力に弱い根拠と自分都合の経験に基く思い込みは、犯人を簡単に用意できるしそれが正しいと思える。

真犯人は複数犯。

楽して犯人をでっち上げたい気持ちの中には、自分でコントロールできない機嫌も加担している。
誰でも機嫌よく過ごしたいけれど、どうやって自分の機嫌をコントロールすればよいのか。それを理解している人は騒いだり喚いたりしない。

少なくとも、人のせいにしている間は、その機嫌を自分に従わせることはできない。
私の機嫌が悪いのは○○のせいだ、が前面に出ている間はコントロールできない。自分がコントロールできるものから働きかけなければ、いつまでも人が機嫌を直してくれるのを待ち続けなければならなくなる。
その為に不機嫌をバラまく手間も。

その為に使う時間の方が惜しい。
他人からの偶然の援助を待ち続けるには、人の持ち時間もパワーもあまりに少ないのではと。

その為にはお互いがその犯人の捜査や取り調べをしなきゃならないのかな、なんてボンヤリ考えながら仕事に戻った。


余談。
濡れ衣と聞いて思い出すのが小説『ゴールデンスランバー』だった。映画化でのキャストはとても興味深くて映画館に足を運んだのを思い出しながら描いた。

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