6つ下の彼と付き合いました。
知り合って3ヵ月が経つAさんと会う約束をした。
サッカー観戦が趣味のわたしは各地に応援に行く。
GWにはAさんの住む関西で試合があり、チケットを取っていた。
試合後Aさんの家へ向かえば、着く頃に夜勤明けのAさんが起きてくる。そのまま1泊して翌日帰る計画だった。
「会ったら終わる。嫌われる。」と心に保険をかけて不安がるわたしとは対照的に、Aさんは「もうすぐ会えるね。」「なてちゃんに会えるから仕事がんばれる。」と緊張すら見せない。
高身長の色白細身で顔も整っているAさん。性格だって自信家で、決断力とカリスマ性に長けている。そりゃあ不安なんてないでしょうと、テンションの差は開くばかり。
「どうせ会ったらヤってぽいでしょう。」「ヤりモク。」「バイバイした直後にブロックされそう。」我ながらひねくれた発言をたくさん浴びせたのにAさんは「好きな女抱かないで誰とヤるんだよ。」「早く自分のものにしたいからでしょ。」と涼しげにうまい台詞を吐き出す。
ヤることを自体に不満はない。なぜならわたしもヤりたいから。何度かそういう話しもしていたし、何よりお互い性欲が強い。好意を持っているうえで遠距離なのに、次会うまでお預けなんて綺麗ごとでしかないとお互い感じていた。
「ヤりモクならコスパ悪すぎやろ。」
「わがままだしめんへらだし遠距離だし、ヤるためにここまでせんわ。」
ため息混じりに言われたときは反論できず笑ってしまった。
傍から見たら口車に乗せられているように見えるし、どこまでもお花畑な人間だと思う。
会ってもないAさんの言葉全てを信じるわけではないけれど、どちらに転んでも行動しない後悔よりはマシ。
最悪、年下いけめんの身体だけでも楽しんで終わろうとすら思っていた。
◇
会う日を決めてからの1ヶ月、少しでも可愛いくなろうとダイエットをした。
Aさんのタイプはむちむちだと聞いていたし、過剰に気にしすぎたかも知れないけれど、できる努力もせず付き合えないまま後悔したくなかった。
ちっとも可愛くなった気がしないまま、あっという間に当日がきた。
夜行バスを降りるとサッカー仲間と合流し、キックオフまでのひまつぶしに神戸の港町や中華街を歩く。
Aさんの出身地でもある兵庫を散策しながら「おすすめの場所ある?」と連絡すると、「どうして」「なんで」と不機嫌になるのがかわいかった。
開場時間が近づきスタジアムに向かう。
スタジアムにさえ来てしまえばサッカーに集中できたのに、試合終了のホイッスが鳴ると途端に逃げ出したい気持ちに襲われた。
サッカー仲間とはその場でお別れし、バスに乗って駅へ向かう。
数時間後にはAさんと会っている。そわそわするのに、まだどこか現実味がなく実感が湧かなかった。
ターミナル駅のトイレでユニフォームからキャミワンピとブラウスに着替え、化粧スペースで丁寧にメイクを直す。
時間をかけたにもかかわらず、時計の時刻は16時。18時過ぎに着くと伝えてあるのに、移動時間を含めてもだいぶ早く済んでしまった。
スタジアムを出た直後に送った「試合終ったよ。」というラインには既読が付かず、連絡が取れるまでのひまつぶしに駅構内のカフェに入る。
Aさんから「おはよ」と連絡がきたのは17時。向かってもいいとのことで電車に乗り込んだ。
「緊張する。」「部屋汚い。」Aさんから焦る様子が伝わり無駄にこちらも緊張する。
「初対面のこの感じ、いやだなあ。」「2回目からは純粋に楽しみに思えるのに。」なんて頭の隅で考えながら、無理やり読みかけの本に意識を向けた。
20分後。初めて訪れるその土地は田舎過ぎず騒がし過ぎず、生活しやすそうな雰囲気がした。
「シャワーする!」と言ったきりのAさんに電話をかけるとドライヤーの音と共に彼がでた。
「ねえ着いた。」
「待って!」
「迎えにきてくれないんだね。最寄りまできたのに!」
「予定より早すぎるやろ!」
「向かっていいか確認したのに!」
照れ隠しに軽口を叩きながら「ゆっくり向かうから家教えて。」というと、初めは迎えに来たがっていたAさんも観念したかのように道案内をはじめた。
「あーやばい終わってない。」ぶつぶつ言う彼の言葉を聞き流しながら、話しには聞いてた近所のご飯屋さんやスーパーの前を通るのは、答え合わせのようだった。
「信号渡った駐車場で待ってて。」
電話の向こうでは未だにばたばた音が聞こえているから、家にいるとわかっていても、背の高いひとや若い男性が視野に入るたびどきっとする。
数分後、男性が建物を曲がって現れた。
高身長で手足が長く、長めの髪はゆるいパーマが当てられていてる。写真で見たよりも整った顔は身長に対してやけに小さい。
Aさんだとすぐに分かった。
「きゃーー。やだやだ。」
「なにがいややねん。」
「ねえ部屋着じゃん。」
「寝てたんだって。」
人見知りとは無縁、コミュニケーション能力にも自信があるはずなのに好きなひと、それも容姿もドストライクとなると目も合わせられない。
雑談で緊張をごまかしながら着いていくと、落ち着いた雰囲気のエントランスをくぐり、エレベーターに乗る。着替えも髪のセットもできなかったと嘆くAさんからはいい香りがした。
「おじゃまします。」
入居して1か月の部屋は服や生活用品が多少散乱してはいるものの、男性の一人暮らしという感じで居心地がよかった。
ゲーム用のデスク周り一式があるだけでソファもなく、荷物を端に寄せていると、Aさんが「座ったら。」とローベッドを目線で指す。
ローベッドの隅に腰掛け「これ見て。」「あれなに?」とありきたりな会話を交わし、ベランダに1日以上出したままだという洗濯物を取り込んで畳む。
お腹が空いたというAさん。空っぽの冷蔵庫をみて、スーパーまで手を繋ぎ歩いた。
朝神戸を散策したときに感じた都会独特の息苦しさはなく、初夏の夜のかおりに胸がぎゅっとした。
調味料がないため料理はせず、わたしは小さなお弁当、彼はケンタッキーを買う。
「赤ちゃんみたいな手だね。発達途中?」
小さくてむちっとした自分の指はコンプレックスだけど、こうしてからかわれると嬉しかったし、車が当たり前の田舎に住んでいるせいで、夜に歩いてスーパーなんてシチュエーションも念願叶って心が弾んだ。
帰宅し、夕食を終えると話しに聞いていたプロジェクターの電源を付けてもらった。真っ白な壁にたくさんのサブスクが並び、寝転んだローベッドからちょうどいい角度で眺めることができた。
「やらしい。」
「見ないの?」
ベッドに潜ったAさんが隣を空け、「見る。」と答える。
距離を保ってアニメを流し見ると、そのうちAさんが甘えながらくっついてきた。
よくある流れだ。
今日することに抵抗はなかった。むしろその気だし、そういう話しだって何度かしてきた。ただそのまま捨てられることはだけはいやだった。付き合いたかった。
いい大人がノコノコやってきて痛い夢をみているのもわかっている。自分を安売りし、順番を間違えて泣いているひとをみては自業自得だと何度も思った。
Aさんが女性経験豊富なのも数年前は身体の関係の女性がいたことも知っていた。容姿がいいし、遊ぶ経験は必要だと思う。本人もその経験を経て「いつまでも遊んでるのはダサい。」と話していた。
面倒なわたしを何度も追いかけ話し合い、自分の時間を割いてくれた。性欲の範囲を超えていると思ったしそれこそ"コスパが悪い"。だからあとは容姿が受け入れてもらえたかだと思った。
夜勤明けで眠たそうに抱きついてくるAさんは、スイッチが入ったようで「いい?」と一言。
「シャワー!」
「今更いいって。」
「やだやだ。サッカー帰りだよ。」
ジタバタとベッドを抜け出しシャワールームへ駆け込む。
うやむやにされるのかなあと考えながらシャワーを終えて彼の部屋着を借りる。プロジェクターが映すYouTubeは彼の選曲リストが流れていた。
再びベッドに入り同じ流れ。
いつの間にか日は沈んで、遮光カーテンのおかげもあり部屋は暗い。
抱きしめられてAさんにキスをされた。
気持ちよかった。
心から好きな人とのキスは久々な気がした。
行為の直前、ふとした会話の隙に「付き合ってないけどね。」と嫌味に返した。
思い出したかのように手を止めたAさんは「今言うのも。」と小さく笑って「俺と付き合ってよ。」と囁いた。
「わたしが言わなきゃどうしてたんだか。」
「もう付き合ってると思ってた。」
「ふーん。」
「ねえ返事は?」
「うん、付き合おう。」
本音はわからないし、遠距離だし、第三者が聞けば不信感が大きいと思う。それでも形になることは嬉しかった。
「探究心がある。」「変態だ。」と自負しているだけあり、彼との夜は気持ちよさと体力が追いつかず、これまでにないほど満足し、気絶するように眠りについた。
翌日はAさんが起きるのを待って朝兼昼食を済ませ、家でのんびり過ごした。
ベランダで煙草を吸うAさんを見てかっこいいなあ、1番好きな綺麗な奥二重だなあとしみじみ眺めた。
そのうちにまた身体を重ねて、Aさんがひと眠りするといつの間にか陽が傾き、新幹線の時間が近づいた。
アパートを出て駅まで手を繋ぐ。昨日の今頃は初対面、それから数時間後に付き合って、と一瞬で過ぎる時間に頭が追いつかず、寂しいという実感もまだなかった。
改札をくぐり、振り返り手を振る。
階段を降りるとすぐに「ペットボトル捨ててたね!」「気をつけてね。」とラインが来て愛おしかった。
「寂しい。」と甘えるAさんに「帰るまで長いから先に寝ていてね。」と送ったのに、結局家に着く夜中の2時まで彼は起きて待っていてくれた。
「俺の彼女ね。」
Aさんとの遠距離恋愛がはじまった。
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