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『アメリカの思想と文学』分断を乗り越える「声」を聴く 白岩英樹

講義録をもとにして構成された本書のキーワードは「声(ヴォイス)」。
B・フランクリン、R・W・エマソン、H・D・ソロー、W・ホイットマン、そしてS・アンダーソンの作品の中で紡ぎ出された「声」に耳を傾けながら、人工国家アメリカにおける「声」がどのように国民統合のバックボーンを創っていったかを丁寧に解説しています。

「声」を紡ぎ出すプロセス、それは「交感」です。
肉体を持った生身の人間の「声」が、さまざまな形で複層的な思想となり、ポリフォニーとなって、社会を再構築し、個の生き直しのために取り込まれます。個の生き直しとは自分の内側にたくさんの人の生・声を取り込んで多声化することです。そうした個が集まった社会ひいては国家こそが理想なのです。

合理主義/功利主義を追求、近代人の知性あふれる文章によって自助の精神を力説するフランクリン。
直感に訴える飛躍的で詩的な文で宇宙とのつながりを表現したエマソン。
野生と文明のあわいとしての「自然」、つまり外的ネイチャーの中で人は内なるネイチャーを育むのだとするソロー。彼は、マイノリティ支援や市民的不服従を通して、個人を尊重する公正な社会が結局配信ある理想の国家の実現につながると考えます。
そして、まさにアメリカン・ヴォイスたるホイットマンの『草の葉』は、祖国の過去・現在・未来と交感することで、詩的独立宣言を謳いあげます。彼は詩という媒体を通して、詩人たちの営みを連帯させてアメリカを統合し、「私」と「あなた」が混然一体となった宇宙を構築します。
アメリカの失われた「声」、「かそけき声」に、詩によって手を差し伸べるシャーウッド・アンダーソン。「声」を届ける言葉や表現を信頼し、その再生を願いながら、他者をケアすることによって成り立つ自己の内なる「声」へ耳を傾けようと誘います。

「声」が生まれ、それが循環していくとき、当たり前のものとして受け止められている、肉体/魂、野生/文明、自己/他者、自分(内的ネイチャー)/自然(外的ネイチャー)などの二項対立がの境目がぼやけ、混沌のなかで陶然としながら、多数の「声」が呼び合い共存している、そんなイメージを持ちました。壮大な「多声性」。二元論や二項対立における「二」という当たり前のようでいて不思議な観念に挑戦するのが詩なのでしょうか。

また、分断の原因のひとつである、人間の思考停止についても、「声」という交感プロセスの点から考えることができるのではと感じました。アンダーソンは、価値判断を市場原理に任せることで抽象的思考(観念)という思考停止に陥った「自我中毒」状態を避けるためにも、他者に対するケアを重要視すべきだとします。これはホイットマンが説く「原初にかかわる具体的な言動」に呼応しています。このことを「声」の生成と展開になぞらえて言えば、多声性は具体的な言動を生じさせ、単声化に陥ったときに人はホイットマンの言う「頑迷で病的」な抽象的思考から抜け出せなくなるということになります。他者との「声」の交感を拒否し、ひたすら「セルフの拡張」にまい進する昨今の世界的傾向にも通じると思います。

多様な「声」がある社会のなかで、分断を乗り越える「声」とはどんなものなのか。独立間もないアメリカの思想と文学における偉大な作家たちの表現を通して、その答えを見つけようとする試み。わたしたちも、社会や自身の抱える問題をつねに意識しながら彼らの作品の生み出す「声」に耳を傾けることで、みずからの「声」の輪郭を確認したいものです。そしてその「声」は、たくさんの人の生や声を取り込んだ「多声」でなければ意味がありません。

詩人ウォレス・スティーブンスは「詩とは生の拡張である」と言いました。詩をはじめとする文学による内省的体験を通して、わたしたちは自己の中にある他者性を発見します。それは、分断の最大の要因のひとつである「単声化」や「セルフの拡張」による、「自我中毒」に冒された姿とは正反対の在り方です。詩そしては文学は、わたしたちの在り方を「声」の交感プロセスによって形成するのですね。

現状追認に甘んじながらではなく、理想を掲げて生きたいと思う人は多いでしょう。わたしもそのひとりですが、いつも迷子です(笑)。著者の白岩氏によれば、理想の枠組みを作るのは「人としての倫理と美学」。なんという力強い言葉。そして文学は倫理と美学の涵養の場なのです。
「人類が生物としてだけではなく、倫理的にも審美的にも本当の終わりを迎えるのは、そのようにしてみずからを破滅に招くときである」(あとがきより)

多くの人が詩をはじめとする文学作品に心のよりどころを求める理由のひとつがここにあるのだと思いました。フィクションに現実逃避している(わたしのこと)ようでいながら、奥深いところでは、さまざま「声」との交感を通して、倫理的で審美的な生を目指そうとしているのですね。

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