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『二人キリ』村山由佳

『二人キリ』村山由佳
集英社

昔某国で『愛のコリーダ』の無修正版をふつうに深夜放送で見ました(芸術作品枠だったのか)。体調が万全でなかったせいか中毒症状を呈し、わたしの記憶にあるのは肉と血と体液と粘膜、そして不思議な仏語字幕のみ。テーマはもちろんあの「阿部定」事件です。

そんな阿部定の物語『二人キリ』は、脚本家である主人公自身の語り、定の回想、そして事件にまつわる人間たちの証言をもとに組み立てられた定の物語、脚本家から作家へと開眼していく主人公の創作、そして定を主人公にした映画の誕生の展望、という階層が、不規則な入れ子構造になって、さまざまな視点によって展開します。
有吉佐和子の『悪女について』や、三浦しをんの『私が語りはじめた彼は』のように、ある人物についての証言によって構成され、点と点が繋がっていく部分が抜群に面白い。じつは因縁の深い定と主人公の対話もスリリングです。そして何より、語らぬ存在となってしまったはずの吉蔵の語りが最後にすべてを救済する見事な仕掛けです。性愛がどこかしらで母なるものを求めてしまうのは不思議ではありません。母の前の幼子のように弱くてありのままでいられるときに人は解放されるのかもしれません。

定のとった行動がアレでしたから、何かとセンセーショナルに語られてしまう「阿部定事件」。しかし本書においては、定と吉の突き抜けた性愛は、全身全霊を捧げたエロティックなスポーツのようであり、淫靡な想像力を働かせる余地はほぼありません。充実していて完結している人たちを見たら文句をつける気にはなれません。寝食清拭を忘れて部屋も自分たちも臭くなるまでつながっている姿はいっそ神々しく、この事件への下卑た興味は失せるどころか、圧倒されてしまって、なにか目に見えない、精神のレベルでしか語れない超越的なものの匂いさえ感じさせるのです。
逆説的に、定と吉の関係よりよっぽどエロティックでセクシーなのが、主人公自身の「秘めたる恋」。一貫してきわめてlow-keyで展開。乱暴を装ったくすぐるような言葉、大胆なようでいて慎重な眼くばせ。四六時中身体をくっつけている定たちとは真逆に、触れ合いもしないこっちの二人の恋のほうが、断然エロい。完全燃焼のままブスブスとくすぶり続けるその煙もまた芳しいものです。
 
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