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その男の口癖(ショートストーリー)


#ほろ酔い文学

数日前、こんなLINEがきた。
『お疲れさまです
ざっくり話します。
会社で
田んぼ借りて
アスパラガス栽培
出荷先は、
間違いないです。
JA通すと
儲けないので
その企画で
助成金もありますが
報酬
いくら払えば良いですか?
ご教授の程
宜しくお願い致します。』

このLINEの主は、従業員約50名(正社員は不在、ほぼアルバイトと内職者)を雇用している会社の社長である。業務内容は、大手自動車部品の製造であり、孫請けにあたるらしい。
40代後半の中年男性。妻、子供2人の家族である。
この男の口癖が「コツコツ・・・やってきた。この工場も銀行から1億円融資していただいた。親からも誰からも支援してもらっていない。それが俺の今であり、証明となる。二代目ですか? とよく尋ねられるが、今までコツコツやってきた結果ですよ」

俺は、目の前にいるこの男に腹を立てていた。
「社長、久しぶりに来たけど、エアコンは結局つけなかったんですか?」
「あ、あれな・・・。あの時のお礼しなきゃなぁ・・・。見積もりありがとう。結論から言うと、やめた。エアコン2基で据付、税込みで25万円は少々、今、持ち合わせがない。諦めた」
「(は? 何言ってんの? こいつ)」
「来年にしようかなと考えている」
「早急という事だったので、暑かったでしょう・・・。10月の15日までこの辺は、30度近くいってたし、従業員、大変だったでしょう・・・」
その話は、今年の灼熱地獄の入る前の5月中旬だった。建築関係の設備関係業者に詳しい俺に、電話で依頼してきた。
『事務所のエアコンが壊れた。2台あるんだけど、交換したい。従業員が不憫でたまらない。見積が欲しい』
「今日、来てもらったのは、その事ではないんですが・・・」
「通常は、エアコン2台設置で税別48万円のところ・・・を税込み25万円だし・・・連絡待ってたんですがね・・・」
「来年、お願いしようと思ってますので・・・是非、連絡します」
この男からは、こんな話ばかりだった。
過去を遡ると、『広島に中華料理屋を3カ所経営する3つ星シェフがいて、博多に店を出すので投資しないかの話がある。肉まんの投資なんだが・・・悩んでいる』、『ある工程で悩んでおり、それを解決できる機械を購入したい。助成金の手続きをしたいので報酬はいくらか?』、『障害者を工場で雇用するには、サービス管理者が必要と言われた。ハロワやインディードで募集しているが、中々こない』、『ビットコインを始めた。順調に儲かっている』、『工場の端の方のスペースを利用して、唐揚げ屋とか焼き鳥屋が出来たらなぁ・・・』
何一つ、始まっていない。中華料理屋の話は、もう2017年の時に聞いた。

この男と知り合ったのが、助成金絡みで知り合った。詳細は省くが、その男が業者の見積書の内訳に機器購入費と別にノウハウ費として300万円と記載されていた。高額すぎるのは勿論だが、機器費を購入した際、据付費+機器の取り扱い教育+輸送費が含まれていた。それなのに、ノウハウ費をぶっこんできた。こちらの判断結果を示しただけだ。それから、連日のように、電話で問い合わせが始まった。その都度、上司、幹部にバトンタッチして説明をした。しかしながら、挙句の果てに業者と話し合ってほしいと抜かした。
『アンタ、マージンを払おうと思ってたんじゃないかっ!』と電話で確認した。その男は、激昂した。声を荒げ、否定した。翌日、その業者と面会し、事情を説明し難色は示したが、払えないものは払えないと突っぱねた。それから、減額されたが渋々、その機器が工場に納品され、確認に行かない限り、助成金の取り扱いの義務付けされている書類提出の不備、〆切遅れが続き、結局は俺が代行で書いて終了。で関わり合いになっていなかった。

「おい、お茶買ってきて!」その男は、ドアを開け、事務所で作業する奥さんに命令した。
奥さんの口を歪めた顔が想像できた。午後には、奥さんがいなくなると思っていたが、忙しいせいか、まだ事務所にいた。きっと、この話を聞きたかったのだろうと内心、思った。
なら、思いきって、聞こえるように大声で話した。

「アスパラガスなんて経験がない。助成金申請するにも内容が書けない。その前にこの話はどの辺まで進んでいるのか?」
「ここの関係の内職をしている知人の婆さんが、事務所に来て、アスパラガスの栽培をやらないかと言ってきた。土地代は、年間1万8千円。出荷先は、確実な問屋とルートがなっている。何もしたことがない。これからやろうと思っている。この婆さんが断られても、そこらへんの農家に聞いて、土地を分けてもらおうかなと思っている段階です」
「は? 答えになっていませんよね」
「答えになっていないとは、どういう事ですか? 答えてますが・・・」
「私がお聞きしているのが、助成金の申請をするため報酬はお幾らですかとのLINEが入ったので、その事についてお聞きしています。そうなると、何もないという事ですよね」
「何もないというと・・・」
「何も始まっていないという事です」
「ですから・・・。今、説明したことが現状です」
「で、どうされたいんですか? どう、申請書に記載するんですか? アスパラガスの栽培の経験も無いのに、これから農業始めますといった助成金を私に探せとおっしゃってるんですか?」
「そういった助成金制度があるんですか?」
「はぁっ? 解りました。この話、無理です。あまり言いたくないですが、あなたのお話はいつも中身がないんです。暇なんですか? 私も2時間かかるんですよ。ここに来るのに。人を呼びつけておいて、中身がない。いろんな話を過去にも聞いてますが、何一つ、実行されてないですよね」
「ビットコインはやってます」
「しらんっ! 勝手にやっとけっ! 失礼する」

駐車場から出る際、その男はこういった。
「先生、飲みに行きませんか。綺麗なおねぇちゃんをよくご存じでしょう。お願いしますよ」
(あほか?)

その夜、その男の電話番号もLINEもブロックしたのは言うまでもない。

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