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忘年会はお好きですか?


湾岸道路を走っていた。
10月も後半。夕暮れが早くなっていた。
先々週迄の猛暑が嘘のように過ごしやすくなった。
エアコンも入れていなかった。秋の工業地帯を横目に見ながら、会社に戻っていた。
電話がなった。部下の女性社員麻木美香からだった。ハンズフリーで話していた。
『忘年会、されるらしいですね?』
「らしいなぁ・・・。俺も今取引先から聞いたばかりだが・・・」
『部長、張り切ってるんですよ。なぜか・・・これだったら、テレワークに戻りたいなぁ』
「ちょっと話してみるよ・・・」
『できれば、中止して貰いたいです。グループ全員の総意です』

「忘年会をやめろって! どういう事だっ。いきなり、話があるから、何事かと思えば・・・長期化したテレワークもあって、社員同士のコミュニケーションがとりづらくなっていると聞いたので、開催しようと決めたんで・・・。取引会社も下請さんも乗り気になっているんだが・・・。困るなぁ、会社の行事を覆すような・・・駄々をこねるお子ちゃまみたいな事言うのは・・・。それともなにか、日頃から、部下から慕われているアピールを俺にぶつけるパフォーマンスをしてるつもりだったら、お門違いですね。 1課も2課もOKしてるんですよ。君ン処の3課が合流できないというのはどうなのかなぁ・・・。今後において・・・」
「コロナが明けてから、早急すぎるのでは・・・と思ってるんです。もう少し様子を・・・というより、今年は見送りして、様子を見て、来年から・・・というお話にはなりませんか?」
「先ほど、県の健康増進課に確認したんだが、時短は終了したので、忘年会を開催してはいけないとかいう話はないと言ってるんだが・・・。そのような規制もしていないと言ってるんだが・・・。それはどう思うんだ? 正義感ぶって、県知事さんにでもなったつもりかっ!」
「人に迷惑をかけるんじゃないですか? もしも、その忘年会を開いて、参加して感染者が出たら、どうするんですか?」
「そりゃ、大変な事ですね」
「じゃぁ、考え直していただけるんですね」
「根拠だして・・・。予約したお店は喜んでたぞ。万全を施すと言ってるんだ。政府のガイドラインに基づいた店舗マニュアルがあると言っており、県の担当者も確認に来た店での忘年会だ。何の問題があるんだ?」
「忘年会って何のためにするんですか?」
「はっ? しつこいなぁ・・・。君は新入社員か。25年もこの会社に入社しておいて、忘年会を何回経験した?」
「昨年以外、全て参加いたしました」
「しましたね。俺も君と同じだ。俺達は、同期だよなぁ・・・。何、モラハラって言いたいの?
モラハラの意味を君は解ってるの? こんな陰湿な話し合いのゴールもみえない言いがかりや嫌がらせにでも取れるような言動を吐いてるのは君の方じゃないかね。ご理解されましたか?」
「しません。おっしゃってる事が理解できません」
「君は、俺が上司になっている事が気に入らないんだろう。なぁ。君は、俺を丁寧な言葉でカムフラージュしながら、虐めてるんだよ。よしっ、解った。常務に相談する。これ以上、話す必要ない」
会議室をでていく部長。

家の近くで、麻木にLINEした。
『お疲れ様です。敗北です。忘年会は、実施されるようです。力不足で申し訳ない』
瞬時に返信があった。
『お疲れ様です。了解しました。そして、ありがとうございました。明日もよろしくお願いします』
家のドアを開けた。
「おかえりなさい」と娘の愛理と犬の寅吉が尻尾を振りながら、迎えてくれた。


「ただいま」

飲食店の時短解除は、徐々に実施されてきています。コロナ感染者も減りつつあります。
このまま、終息に向かっていくのかもしれません。
なにか、やりきれないものを感じてます。

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