人に納得してもらうということ~「武器としての交渉思考」に寄せて~

古典を読む意味は色々あると思うが、価格が安いことが第一だと思う。岩波文庫の本は1000円以下で買える。第二に長年に渡り、出版されているということは時代を越えてそれなりに評価されているとも考えられる。

今回のテーマは人に納得してもらうということである。世の中にはコミュニケーション、交渉、プレゼンテーション、ロジカルシンキングなどの形で人に理解してもらうこと、納得してもらうことの方法論が出回っている。

恐らくこの分野の元祖はアリストテレスであると認識している。(注*1 筆者はこの分野の専門家ではないので間違いであればご指摘いただきたい)

アリストテレスは「弁論術」の中で説得の要素としてエートス(人柄)、パトス(感情)、ロゴス(論理)であるとしている。僕自身の狭い世界の中では、どこかの要素に全振りした人が目立っていると感じている。

どういうことかというと「感情を振りかざす人」、「論破する人」の2種類が世の中に跋扈しており、均整の取れた人が多くないと考えている。特にネット上では、一方的に感情をぶつける、論理をぶつけるというケースが散見される。別に見ている分には対岸の火事であれば問題がないが、感情モンスターやロジカルモンスターが職場にいると非常に厄介である。

僕の職場は感情モンスターが闊歩するサファリパークのようなところで、困った局面がたくさんあった。こうしたパトス全振りの人たちにロゴスで対応していくのは無理があると感じたのはしばらく経ってからだった。

言われると当たり前なのだけれど、パトス全振り、ロゴス全振りの人たちも人間なのだから感情があるのでまずエートスで歩み寄る、つまり「人たらし」になるというのが、納得してもらうことの一歩だと思う。

こんなことを言うと「老獪だ」と言われたことがあるし、ロゴス全振りの人たちからすると、「ビジネスは合理的であるべきで、お前のような『政治』をする奴がいることが許せない」とも言われることが予想される。ただ、僕としては人間関係の煩わしさから解消され、仕事がスムーズにいけば問題ないと思っている。

似たような話で、「嫌いな人にこそ寄っていけ」とアドバイスする人がいる。これもひとえにエートスを発揮し、相手の心にまず入り込めということだと理解している。

残念なことに、私が知る限りロゴスを補強するロジカルシンキングの本や、パトスを制御するアンガーマネジメントやマインドフルネスの本はよく見るのだけれど、エートスに関する本はあまり見られないように思う。(注*2 あれば是非紹介頂きたい。)

一部、エートスに触れていると感じるのは「武器としての交渉思考」である。著者の瀧本 哲史氏は若くして亡くなられているが、東大法学部を卒業してすぐに同大の助手になるなど超がつくほどの秀才であり、論理的な人だと思うが、読んでいるとエートス的な技術への言及がされている。もっと言うと、この記事を書くために改めて見返してみると、この本自体がアリストテレス弁論法の現代版とも言える内容となっており、僕にとっても新たな発見となった。

話はずれるが、この記事を書いているのは2021年1月21日で偶然にも、瀧本氏の誕生日は明日である。生きていれば49歳になられていた。出来ることならお話も聴いてみたかったが残念でならない。

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