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掛け値なしに信じられるか?

「何で、宗教なんてやるんだろう?」

という素朴な疑問は、決して宗教批判ではなく、むしろ宗教に近い場にいたから出てきた疑問だ。


私は、親が信じる宗教を「信じなさい」と言われてやってきた。まあ、家計とか不登校とか、色々大変だったし、実際それで(私も家族も)かなり救われてきた。

しかし、箱の中で生きてきた私も、大学とか活動とかを通してやっと世界に顔を覗かせた。

「あれ、なんでこんな根拠も無いようなこと、信じてるんだ?私の意志は?」

と当然の疑問にぶつかった。

説得力を持たせる理由なんて、いくらでも付けられる。精神衛生上良いとか。しかし、そんな方法論的な妥当性で、「私、信じています」なんて言ってはならないのではないか?

こんな考えを、キェルケゴールが次のように述べている。

一切の悟性を超越するようなものが三つの……理由によって証明されようとは!三つの理由というようなものがもし何かに役立つようなことがあるとすれば、それはどうしても一切の悟性を超越しないようなものでなければならない、むしろその反対にかかる祝福が決して一切の悟性を超越するものでないことをそれは悟性に対して明らかにしなければならない、「理由」なるものは何といっても悟性の領域内に存するのである。

要するに、「無限の超越者たる神に理屈で信じろなんて、大した意味無いでしょ?信じる人にとっては。」ということだと思う。たぶん。

もちろん、神の存在への懐疑者への方便だし、など言える。けど、そんなことはどうでも良い。「信仰する」という心的行為は、もはや言葉の上にはないし、そんなことで強まったり弱まったりするのなら、それはあなたの信仰に対する罪だろう。

実際、神などの超越的存在って絶対的真理・絶対的価値を保証してくれる。信じられれば、だけど。でも、信じたくなるのは、価値があまりにも相対的に思えて不安だからだ。

社会で生きていれば、不平等とか、差別とか、不条理とかを体験する。自然も無遠慮にわれわれを襲ってくる。死ぬ方が楽かもしれない、けどそんなことしても世界はどうにもならない。

だから、絶対に揺るがないものとして、超越であり綜合である神を置く。形而上の世界を構築する。そうすれば、生は豊かになり、自己は拡張される。安らげる。無自覚にそれを求めてるんだと思う。科学者みたいな、妥当でしかない理論が、移り変わっていく世界を知る現実の住人とか(夢想家も、現実に絶望して自己ではない、普遍の世界に旅立つ……のかも)。

また、副産物ではあるけど、同じ価値を持つことによる夫婦や家族、集団内の結束(と異なる外への否定)、生き方や自己の「正しく在るんだ」という正当化(及び他者への非難)などのことも、積極的に生む。霧がかった先を見て無限だと思う人の科学信仰とか、フィルター・バブルに陥り抜け出せなくなった社会信仰者とか。

よし、わかった。なら掛け値なく信じてみよう――なんて土台無理な話だ。狭いコミュニティや世界で生きている少数民族とか、地獄の縁にたった人でもなければ。われわれは、世界はあまりにも多様で複雑なことを知っているから。真理がいくつも乱立し、お互いに貶し合っていることを知っているから。

じゃあ、どうする?――それが今の、私の(もしかしたらあなたの)問題なんだな。

見ることのできない世界を無視して、「うるせー!!私にとっては、これが正しいんだよ!!幸福なんだよ!!」と、ドグマ人間になるか?

いくら批判や懐疑に打ち付けられても、「たしかに、それも一理ある。しかし、経験から、理論から、自己から、私はこれを信じる」と、ヘーゲルめいた信者になるか?

それとも、「いいよ、手段で。それだって大切だし?」と、物理主義者になるか?


私は――今のところだけども――「とりあえず、多様な、絶対的で相対的な、必然的で蓋然的な、一で全な世界を見ていきたい」という、ごくありふれた方針を持つだけだ。私はまだ、目を開いたばかりの赤ん坊なのだから。

或いは、徹底的な自己破壊、孤独な存在となるか。

或いは、芸術に生を求めるか。概念と現実を調停する、柔らかくて堅いものに。

ともかく、今の私には、ただ、在ることの広さを知りつつ、自分にとって信じられると信じられることを信じるのみだ。苦しみや悩み、絶望を乗り越えようとすることから生は、自己は生まれ、上昇していくものだと信じるから。


前提がキリスト教価値観であるから、仏教徒である私には死ぬほどわかりづらかった。というか、全然わからんかった。その孤独な在り方から、「分かってもらおう、というんじゃ、ないだろうなぁ……」と思わせる文体が大いに頭を悩ませるし、同時に人間としての魅力を大いに感じる。読んでみれば、本田元の「ドストエフスキーの注釈書」という言葉も、何となくわかる。気がする(孤独な在り方とか、絶望の形態とか、信仰とか)。

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