短編小説: The Forest
<はじめに>
Rusty Lake (ラスティ・レイク)というゲーム・シリーズにインスパイアされて、そのオマージュとも言えるような小説を僕が独自に書いてみました。(内容に直接の関係は一切ありません。つまり、二次創作ではありません。オリジナルです。)
Rusty Lakeを知らなくても楽しめます。それどころか、僕が普段書いている詩や小説よりも内容がずっとわかりやすく、むしろ今回の小説の方が万人に向けられた作りをしているくらいです。
*****
The Forest (森林)
私は部屋にいました。よく知っているような、知らないような、そんな部屋でした。私は壁を眺めていました。もう、長いこと眺めています。どれくらいの時間、壁を眺めていたでしょうか。見当もつきません。たいへん長いこと眺めているように思います。
私は壁を眺めることが好きでした。なぜなら、ここで、こうして壁を眺めていることが、もっともしっくりくるからです。とても落ち着きます。
この世界には、人がいるのでしょうか。ま、人がいようがいまいが、私には関係ありませんが。私は部屋にいるのですから。
テーブルに目を移すと、そこには、皿の上に乗った鯛焼きがありました。私はその鯛焼きを手に取って、割ろうと思いました。私はなぜか、この鯛焼きを食べる気になりません。なんだか、食べるものではないように感じます。かぶりつく気になどとうていなりません。私は鯛焼きを手で割って、中身を確認しました。
中からは沢山の小人が出てきました。小人は1センチ、ないしは1.5センチメートルほどの身長で、みな同じ格好をしていました。水色の服に黒いズボン、ベルトをしていて、そして、赤い縞模様のトンガリ帽子をかぶっていました。全員が同じ格好で、その帽子をかぶっていました。テーブルの上で、割れた鯛焼きの中からどっとなだれ出てきました。
私は彼らをテーブルの上でそのままにしておいて、部屋の片隅にあるランプのある机で手紙を書きました。私には、伝えなければならないことがあります。「あなたの心がきっと壊れてしまいますように」そう手紙に記し、私はそれを封筒に入れて封をしました。
テーブルにもどると、小人たちはテーブルにはおらず、部屋の隅に集まっていて、そこで王国を作っていました。王国はすでに多くの部分が完成していて、城壁こそまだほとんど手つかずでいるものの、城や庭、川や花壇といったものは、すでに随分と形になっていました。私は彼らの手際の良さに、たいへん驚きました。この分だと、王国は今日中に完成してしまうでしょう。
その王国に生えている木々を何本か、花瓶に生けるために、抜き取りました。部屋にある花瓶にその木々を挿し、水道から黒い水を注ぎました。
振り返って部屋を見ると、そこには黒猫がたたずんでいました。まっすぐにこちらを見つめ、微動だにしません。目の青い黒猫でした。私は体がこわばりました。なぜここに猫がいるのでしょう。部屋には扉はないはずです。私は驚きから、体が動きません。しかし、目の前にいるのは、たかが一匹の猫です。怖がることはありません。それに、もしかしたら、ただの猫の置き物かもしれません。猫はこちらを見つめて、ピクリともしないのです。私は意を決して、黒猫に近づいてみました。私の足が震えていました。近づいてみると、黒猫は私の動きを目線で追いました。黒猫はちゃんと動きます。いまは、前足を舐め、顔を拭いています。安心しました。黒猫は普通の黒猫でした。さっきまでの恐怖心が馬鹿みたいです。
私は部屋の窓を探しました。そろそろ部屋の外に出ようと思ったのです。この部屋にいると、精神的に参ってしまうような気がしたからです。この部屋ではなにが起きるかわからない、そんな風に思われました。現に、扉もないはずなのに、いつのまにか黒猫が侵入しています。いったいどこから入ってきたのでしょうか。全く心当たりがありません。それとも排気口からでしょうか。そうかもしれません。きっとそうです。そうに違いありません。私は部屋の窓から、念のため外を眺めました。外はたいへんよい天気でした。しかし、なにかが違います。私は窓からただ外を眺めるばかりです。私はなにをしようとしていたのでしょうか。なにかやるべきことがあったはずです。
私は戸棚の中からラジオを取り出して、外の世界の様子を聞こうと思いました。しかし、電池が切れているのか、ラジオは鳴りません。私は何度もラジオのスイッチを押しました。どうか付いて欲しい、その気持ちから、すがるように、スイッチを何度も何度も押しました。しかし、ダメでした。ラジオは鳴りませんでした。私は焦り始めました。なにかがおかしいのです。私の身の周りで、なにかがおかしい。
その時、部屋の隅の方で、なにか悲鳴が聞こえました。猫です。猫の鳴き声です。見ると、さっきの黒猫が、小人が作った王国にイタズラをしていました。近寄って見てみると、城の塔が折れています。猫が壊してしまったのです。そして、それだけではありません。周囲に、赤い点々があります。血です。黒猫が、あろうことか、小人たちに噛み付いてしまったのです。よく見ると、何人かの小人が倒れています。服には穴が開いています。猫の牙の跡です。ああ、なんということでしょう。猫が大変なことをしてしまいました。私はなぜ気が付かなかったのでしょう。猫が小人を襲うことは、狩りの好きな猫の本能を考えてみれば、当然です。しかし、愚かな私は、全く予想することができませんでした。私は慌てて猫を追い払い、怯える小人たちをなだめました。王国も崩されています。私は悲しみと同時に怒りが湧いてきました。あの黒猫さえいなければ。
私は黒猫のところに近づき、この悪魔をどうにかしてしまおうと思いました。しかし、手荒な真似は、私自身、したくありません。そこで、この黒猫を、戸棚にしまってしまおうと考えました。黒猫は、なんの反省の色も浮かべず、素知らぬ顔でたたずんでこちらを眺めています。私は、自分の気を鎮めようとしました。猫のせいではない。私の不注意のせいなのです。私はそっと黒猫を持ち上げました。黒猫はまるで置き物のように寸分も動かず、たたずんでいたまったくのそのままの姿勢で持ち上げられました。私はそれをそっと戸棚に入れ、扉を閉めました。そして鍵をかけました。
壊されてしまった王国は、壊されたまま、修復されていません。小人たちのさっきの手際はどこへ行ってしまったのでしょうか。やる気がなくなってしまったのでしょうか。よく見ると、小人の数が減っています。ああ、なんてことだ。私は悲嘆に暮れました。このまま小人がいなくなってしまったらどうしよう。
私は部屋の壁を眺めて気持ちを落ち着かせようとしました。しかし、壁を眺めると、なぜか、落ち着くどころか、かえって焦りや不安が募るばかりです。というのも、私はこの壁に、そしてこの部屋自体に、なんの見覚えもないことに気付いたからです。私はいつからここにいるのだろう。
しかし......もう一度、頭を整理してみます。一度にいろいろなことが起こったので、私はきっと混乱しているのです。部屋の壁を見てみました。この壁は、私が長いこと眺めていた壁なのではありませんか。この壁に見覚えはありませんか。私は自身にそう問いかけました。答えは、はっきりとはわかりませんでした。
私は長いこと考えていたようです。ふと顔を上げ、あたりを見回しました。部屋です。私は部屋にいます。私は鯛焼きのことを思い出しました。私は小人のことを思い出しました。私は王国のことを思い出しました。私は黒猫のことを思い出しました。
黒猫はいま、どうしているだろう? 戸棚にしまったきり、物音ひとつ立てません。私は気になって、戸棚を開けてみました。黒猫は死んでいました。
ラジオが鳴っています。
「1999年19月99日、我々は、ポートランド王国の架け橋を、すなわち最も高い尖塔を、打ち崩すことに成功した。そこにもたらされた黒い手紙には、青い文字でこう書かれていた。黒い目の青猫が、部屋の大地からもぎ取られた『苗木』を大陸に持ち帰り、目の黒いうちに、羽を生やして森林を作らなければならない。」
私は、先ほど花瓶に生けた木々が大きく成長していることに気付いた。これは意外なことだった。私は木を成長させる目的で花瓶に生けたわけでは特になかったからだ。私はこの木々を王国に植え返して、王国を再建する。小人たちに叶わないのなら、私がそれをしよう。木を繁殖させることができたなら、それはやがて森になるであろうから。そうすれば、そこに再び小人が帰って来ないとも限らない。
果たして、私の目論見は、一面では、上手くいった。いま、花瓶から王国に植え返された木々は成長して繁殖し、広大な森林を形成している。森林は、部屋を全面覆い尽くすほどにまで成長したのだった。王国は部屋の片隅で、相変わらず城の塔が崩されたままだが、いずれ誰かが修復するだろう。いまここは、森林の拡張によって、王国が、ないしは大陸が部屋の全域に及んだ状況にある。もはや、王国だけが問題なのではなかった。王国の外にも世界は広がっていて、それは森林として、大陸として、いま目の前でこうして拡張しているのだ。私は窓の外を見た。窓の外は真っ黒で、何一つ見えなかった。私はこの森林で、会わなければいけない男が二人いる。彼らはこの森林で、森林の根本となるものを製造していて、この森林を拡張させたのはまさにその彼らであり、森林は彼らにとって住処(すみか)であると同時に彼ら自身である。私は彼らに会い、手紙を届けなければならない。私は彼らと決着をつけるために、森林の奥へと自ら迷い込みに行った。
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