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ものを溜め込む認知症 20220108

さて。

認知症の母のことを書いていこうという日記も、やっと「現在」に追いついた。

ただこの日記は、常に即日あったことを記録していこうというには少しずつタイムラグもあったりするし、昔のことを書いたりもすると思うのだが。

正月を過ぎて、ありがたいことに実際に介護している、介護経験がある読者さんにもコメントいただいて、ひとつ、すごく感じたことがある。

つまり、こういった介護という事態に直面した介護する側の人間は、多かれ少なかれ、人の「老い」が引き起こす、溜め込みや掃除の行き届かなさ、一見不条理にも思える習慣の繰り返し、聞き飽きた改竄された思い出話や要求話に否応なしに向き合い、それが「うちの場合だけかもしれない」と思いながら首を傾げたり、困惑したり、物理的に非常に忙しい目に遭いながら対応していっているのだろうということだ。

「老い」は人それぞれ、状況や健康や性格も、全て違う。

が。

かつ、人である限り、「老い」が引き起こす状況には、コミカルなほどに奇妙に似ている。

洗剤の溜め込み(なぜか開けてある)。

トイレットペーパーを使い終わらずに交換、残りペーパーを捨てるでもない。

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昨日これをアップして、皆さんの共感を得られたわけだが、そのあとの続きも載せておきたい。

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回収してきた、ボディソープや食器用洗剤の、ミニボトル。

これが何かというと、だいぶん昔、銀行や新聞屋からもらったものらしいのだが、洗剤を片付けた後、振り返って洗面台脇のタオルやティッシュストックを置いてある場所を確認したら、これらもまた未開封のまま大量に置いてあった。

試供品や、おまけギフトを溜め込むな!!

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そして今日。

義実家から頂いたお菓子があったのだが、その包装紙……(写真は破く前)。

なぜか、母は開けた包装紙を二つ折りにしたまま、ずっと書斎に置いていた。邪魔。

捨てていいか聞いた。

「捨てんどって。
なんか使えるかもしれん。」

絶対に!使わないだろ!!

捨てろ!

母は包装紙を奥の部屋(離れ)に持っていった気配がした……。

離れに紙箱や包装紙は大量に余っていた(掃除が大変すぎる)、絶対に捨ててやると心に決めたのであった。


投げ銭歓迎。頂けたら、心と胃袋の肥やしにします。 具体的には酒肴、本と音楽🎷。 でもおそらく、まずは、心意気をほかの書き手さんにも分けるでしょう。 しかし、投げ銭もいいけれど、読んで気が向いたらスキを押しておいてほしい。