見出し画像

🎷音声遮断事件〜老人性鬱病は物理(楽器)で遮ろうぜ🎷

それは、地元に戻ってきて翌年の2012年頃のことだったと思う(多分ね)。

私は、母親の様子を一年ちょっと見ていて、「ただ様子を見に実家に行く。」ことに限界を感じ始めていた。

何故なら、その時期、母はペースメーカーの不調(この不調には物理的な原因があったわけだが)により、寝たり起きたりで、ほぼ老人性鬱病のようになっていた。

出来るだけ、自分たちの身の回りのことは自分たちでしてもらい、回復を促そうと思っているこちらとは裏腹に、行くたびに母は「もう長いことはない」「明日にも死ぬかも知れん」「あんた来るんやったら何かして行って。もう何もしきらん。」と陰鬱な調子で繰り返す。

父は母の言葉には全くの無反応で、こちらはこちらで、テレビで今流れていることや昼間歩き回って会った人の噂話(憶測)を一方的に話しまくる。

ある意味カオスである。

このままやったら、こっちが鬱病になるわ!?

庭仕事や力仕事、高所作業などは手伝うし、病院には連れて行くものの、日常の家事の面倒を見始めたら、おそらくこの家という船は沈むと思った私は、

物理的に母親の繰り言を遮断する手段を考え始めた。

まず思いついたのはピアノだ。

(画像は電子ピアノだが、実家にはアップライトのピアノがある。)

画像1

私の実家にはピアノがあり、子供の頃、兄(実家を出て東京に家を建てたので帰ってこない)も私もピアノを習っていた。

当時はソナタまで弾けた指も、今ではソナチネの一番さえ怪しい。

だがとりあえず音を出してみようと、調律を呼んで、調整してもらって、鳴らしてみる。

見事なまでに腕は鈍っていて、ハノンもツェルニーも怪しげという有様ではある。

が、まあ、とにかく久しぶりに鳴らすとそれでも楽しい。

母もちょっと目を見張って

「ピアノ弾くとね。

懐かしいねえ。」

と言って、当初はこれは良い案に思えた。

行ったついでに、ただ喋って様子を聞くだけでなく、「ピアノの練習するから。」と言えば、繰り言を切り上げられるかに思えた。

だがこれでは十分ではなかった。

ピアノでは遮音には十分ではなく、会話音は聞こえてきた。

居間でピアノを弾いても、台所で、母が何か大声で父に喚き立てているのが聞こえてきた瞬間、ピアノでは足りない、と思った。

とりあえず、この声はもっと物理的に遮断するべきだ。

私は思案した。

楽器はいい案だ。

①音が大きくて、母の繰り言を遮れるもの

②持ち運べて、「自分の楽器」で演奏できるもの

③主旋律が担当できて、楽譜がある程度豊富なもの

④自分が好きなもの

その四つを満たすものと考えたとき、最後に残ったのはアルトサックスだった。

②に関しては、ピアノを習っていた子供時代に、ピアノは持ち運べないし、行った先に置いてあるそれぞれのピアノが鍵盤の重さも音色も各々違うのにうんざりしていたから、こっそりと必須条件だった。

③に関しては、家で吹くだけでなく、将来的には外で一般客を相手に演奏したかったから、これもまた必須条件だった。

④に関しては、これは、とりあえずサックスは昔から憧れで、本当は二十代の頃に一度アルトサックスを買ったことがあるのだ。

だが当時は官舎住まいで音など出せず、しかも直後に昇進して全国転勤し始めたので、本当に練習するどころではなかった。

若い頃に買って数回音を出したきり、押入れの奥に仕舞い込まれたままのアルトサックスは、まだそこに眠っていた。

これだ!

あの時できなかったサックスを腰を据えて始められ、母の繰り言も遮断でき、実家では大きな音(サックスの音は結構大きい)も出せて、一石三鳥!!!

天才的な思いつき!

詳細な経緯は省くが、私はその年のうちにアルトサックスを買って、レッスンに通い始めた。

画像2

2012年当時の写真は流石に無いので(あっても旧携帯に埋没して消えた)、これは今の愛機であるが、アルトサックスは今も続けている。

最近ではサックスかついで老人ホームの慰問に行ったり、近くのレストランで吹かせてもらったり、結構楽しくやっていたのだが、コロナ禍でそのほとんどが飛んだ。

まあそれはともかく、サックスを買って、実家でどうだったかを語ろう。

サックスを買って実家に持って行き、客間で組み立てて吹こうとした時、両親が来た。

正確には、興味なさげな父親を母親が引っ張ってきたのである。

母親はそこそこ生演奏など(ただしクラシックやジャズやポピュラーまで程度)が好きだ。

母親は、客間の椅子の中で、私に一番近い位置の椅子に座り(1メートルほど。近過ぎる!)、その鬱病時期にしては珍しく目を輝かせてサックスを見つめていた。

気持ちは分かる。

金色でピカピカしてるからな!

わくわくするだろ?

しかし、サックスは音が大きいのである。

しかも当時私はずぶの素人。

遠慮のない大音量が、ぷわぁ──っ!!と響き渡って、母が飛び上がった。

「はぁー!!心臓が止まろうごたぁ!!」

ペースメーカーで動かしてる心臓、止めるのは勘弁してください。

ともあれ、アルトサックスの遮音効果は十分だった。

その後は、どうでもいい話(近所の噂話など)をしたい母が、前に回り込んできて物理的に邪魔をするなどの、一進一退の攻防を繰り広げているが、それはまた別に語りたい。

ともあれ、私は一生の趣味としてアルトサックスを鳴らしていくと思う。

(終わり)






投げ銭歓迎。頂けたら、心と胃袋の肥やしにします。 具体的には酒肴、本と音楽🎷。 でもおそらく、まずは、心意気をほかの書き手さんにも分けるでしょう。 しかし、投げ銭もいいけれど、読んで気が向いたらスキを押しておいてほしい。