可愛いの方程式
「なしなしの伏し目の時のまつ毛、私好きやねん」
12時45分頃、教室の一角。発言者は私の机にお弁当を広げた彼女。まるで天気の話でもしているかのような、何気ない調子だった。
容姿について貶されることはあっても褒められたのはこれが初めてだった。
彼女はクリクリと大きい目にパッチリ二重。
メガネをかけて制服を校則通り(スカートひざ下丈、黒のハイソックス)着ていた当時だって、誰が見ても可愛いと言うであろう整った容姿だった。
その彼女のお褒めに預かった私の目といえば、脂肪が乗った重い一重まぶたが少し長いまつ毛に覆いかぶさっている。
伏し目が好きと言われたとて伏し目は自分では見れないし、当時の私はこの目に褒めるほどの価値を見出せなかった。
二重になりたいと切望する程自分の目が嫌いだったわけではない。けれど、やっぱり彼女のパッチリ二重を羨ましくも思った。
仲の良かった一重の友人は知らん間にアイプチで二重にして登校するようになっていたし、二重にプチ整形したクラスメイトもいた。
当時、高校での「可愛いの方程式」は紛れもなく
可愛い=二重=みんなが目指すべき理想の女の子
だった。
対して私は、いそいそとまつ毛美容液を買って長所の育成に勤しんでいた。
結果として、当時の方程式からは少し外れたまま平凡に高校生活を終えた。
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二重にあまり執着のないまま大学生になった私は、メイクの参考にとYouTubeでメイク動画を頻繁に見るようになった。
動画では「二重幅の広さまで塗ってください」などと私のまぶたに無いシワについての言及が多すぎた。
動画に忠実にアイメイク術を真似してみても、仕上がりに納得がいかず途方に暮れてしまった。
そこでやっと、二重のメイク方法は一重には似合わない事が多いと気付く。
とはいえ一重メイクを発信している方を探そうにも、メイク技術を発信している人の大多数は二重。一重の人もだいたい始めにアイプチをして二重にしてしまう。
ごく稀に一重の方が一重のままメイクをしている希少な動画を発見することがある。
それらを再生すると、彼女達はビューラーてまつ毛をバシバシに上げ、絶壁だった下まぶたにぷっくりした涙袋を創造していた。
「一重のメイクの正解はこれ!」と言わんばかりに、どの一重メイクの動画・記事でも同じ工程が踏まれていた。
真似してみたものの、何度やってもぷっくり涙袋は私の顔には似合わない。そもそも笑うと目が線になるので、涙袋を創造したとて見えないのだ。
バシバシに上げてみたまつ毛だって、どうせ1日経てば下がってくる。何なら一日の終わりに鏡に映る、カールが落ちて前に伸びたまつ毛の方が可愛いと思い始める始末。
その頃は彼女に目を褒められたことなんてすっかり忘れていた癖に、メイクを始めてから今まで、少し下がったまつ毛の方が私には合っているような気がしていた。
それでも毎日ビューラーでギャンギャンに上げたまつ毛にカールキープ力の高いマスカラを塗り、涙袋の影をご丁寧に描いていた。
それが、一重に生まれて一重のままメイクする者に当然に課せられる義務なんだと思っていた。
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なんの予定もないある日の午後、暇を持て余してYouTubeで一重メイクと検索した。
出てきたサムネイルをぼーっと見る中に、一重のメイク術を発信している方の、すだれまつ毛のやり方の動画を見つけた。
「なしなしの伏し目の時のまつ毛、私好きやねん」
その言葉が、サムネイルを見た途端ぶわっと蘇った。
それまでは、バシバシに上げたまつ毛と涙袋創造だけが一重のための「可愛いの方程式」だと思っていた。
それ以外に可愛くなるための道はないんだと。
けれど、これまで見た沢山の一重アイメイク術と私の思い込みで形成された「可愛いの方程式」は、10分足らずの動画であっという間に崩れ去った。
すだれまつ毛では、まつ毛をバシバシに上げる必要がない。この方の他の動画で、ぷっくり涙袋の創造も義務ではないと知った。
この動画を見た日から、私は涙袋に影ライナーを使うことも、ビューラーでまつ毛を上げることも辞めた。
もちろん、まつ毛を上げることや涙袋を創造することが悪なのでは無い。これらのメイク術は目を大きく見せることが出来るし、コンプレックスを軽減することも、可愛くなることも出来る。
ただ私には似合わなかった。
本当は、私にとっての「可愛いの方程式」はまつ毛を無理に上げることでも涙袋を創造することでもなかったのだ。
彼女が褒めてくれたまつ毛。笑うと無くなる目。それらを全部変わらない姿で愛したまま、生まれ持った特徴を活かすメイクをすることが、私にとっての「可愛いの方程式」なのだ。
これからも一重メイクを検索すれば、バシバシに上げたまつ毛とぷっくり涙袋を、まるで一重の義務かのように言う動画が多くヒットするかもしれない。
それでも、誰かに押し付けられた「可愛いの方程式」ではなくて、自分が心の底から思ってる「可愛いの方程式」に忠実でありたい。
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