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〈短編〉『もやし』

うおー!ぶり美味そう!
とある有名アカウントが寒ブリ食べたーいとポストしていた。


しかし、貧乏暇なし 食事は毎食、納豆ご飯、もやしかけご飯、卵かけご飯のルーティンに出涸らしのお茶を啜り おかずはTLに流れてくる、美味しそうな飯テロ

いつか俺もビックになってマクドナルドで胸を張り正々堂々とビックマックを頼みたい
頼む、コーラの氷は抜いてくれ

所持金は既に1480円。
スーパーに来て豆もやしを買うか普通のもやしを買うかで5分悩んでしまった。35円と42円豆もやしの方が栄養がありそうだが食感が好きではない。調味料の醤油も買わなくてはいけない。味がいいのでキッコウマンの醤油を書いたいが、安さで渋々ヤマサの醤油を買い物カゴへ入れる。

惣菜コーナーに戻ると買おうかどうが迷っていたピザのマルゲリータが無くなっていた。閉店間際だったの50%割引シールが貼られていて少しの贅沢品だが買おうか迷った。他の商品を買ってから惣菜コーナーに戻って買うか決めようと思ったが、売り切れてしまった。『やっぱり、先に買って置けばよかった、食べたかったのに』と『売り切れてしまったなら仕方ない、節約できてよかった』と気持ちが入り混じった。

スーパーで精算を終えると所持金は1000円を切ってしまった。
スーパーから自宅までは3分程だがここのところだいぶ寒くなった。買いそこねたマルゲリータの事が頭を巡る。

40代男の独り暮らし、季節が寒くなると一層身も心も寒くなる。家につき室内に入るが暖房をつけているわけでもないので外気と同じ寒さだ。
食材の入ったエコバッグを台所に置いた。
洗面台へ行って、自分を鏡で覗いてみた。『白髪が増えたな….』特に自分の姿を鏡で見るのが好きでもないので何故自分が鏡の前に居るのか。自分の姿をまじまじと見ること自体、久しぶりだ。自分の貧相な姿を鏡に映すのが苦痛なんだ。

自分の意志とは関係なく涙が頬をサーとつたった。『なんで俺は泣いているんだ?』『泣いたところで何も解決しない』『泣くことは無いなんとかなるさ』『離れて暮らす息子と娘は元気だしそれでいいじゃないか』『生きてるだけでいいじゃないか』涙と共に隠れて居た思いが渦巻いた。涙は止まること無く、俺は嗚咽していた。

台所に戻り、浸して置いた米の入った炊飯ジャーのスイッチを押す。
「ピー、ピロパー」
俺気持ちとはなんの関連性もなく、無表情な音が小寒い部屋に鳴り響いた。

僕はいつもよりその音が別の世界で鳴り響いて居る音に感じた。


おわり



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