「好き」と「学び」を繋げる:eスポーツで論理的思考能力と倫理観を養う(米国事例)
こんにちは、NASEF(North America Scholastic Federation/北米教育eスポーツ連盟、以下NASEF)日本支部です。
前回はNASEFの活動を離れ、「スクリーンタイム」という用語について紹介しましたが、今回はNASEFが提供する高校1~4年生* 向けのカリキュラムについて具体例を交えて紹介してみたいと思います。
* 米国では日本でいう中学3年生の年齢で高校入学となり、その後高校に4年通うため、カリキュラムも4年制となっています。
米国における国語(ELA)について
このカリキュラムの科目は日本で言う国語ですが、正確にはEnglish Language Arts、略してELAと呼ばれるもので、言語の習得に加えて、大学で学問を学ぶために必要な批評的思考力(クリティカルシンキング)や学習スキルを習得させることを目的としています。
そのような違いがあるため日本の国語でそのまま流用するのが難しいであろう点をあらかじめご了承いただければ幸いです。もちろん応用の余地は多分にあるため、あとは「料理の仕方」ではあると思いますが。
では早速本題に入っていきます。
eスポーツ人気と業界の幅広さ=教材としての可能性
「eスポーツを教材に」と言っても、この業界の仕事・分野は多岐にわたります。そこで本カリキュラムでは、以下のように1学年1分野を扱っています。
・高校1年生:ゲームデザイン(Game Design)
・高校2年生:起業精神(Entrepreneurship)
・高校3年生:マーケティング(Marketing)
・高校4年生:イベント等の企画運営(Organizers)
可能ならばすべてを事細かに紹介したいところですが、そうすると物凄い分量になってしまうため、今回は高校1年生向け(ゲームデザイン)の総合英語課程(ELA)カリキュラムを構成する6ユニット(競技ゲーミング、eスポーツの進化、eスポーツのエコシステム、eスポーツと倫理観について協議する 、伝説と物語、製作者・運営者の旅路)から「eスポーツと倫理観について協議する」を取り上げて紹介してみます。
eスポーツで論理的思考と倫理観の議論?
まず明確にしておくと、本カリキュラムにおけるeスポーツはあくまでも「題材」であり、授業時間にeスポーツタイトルをプレイして何かを学ぶわけではありません。日常的にそういったタイトルをプレイしている学生が多いから、彼らが関心を寄せる対象を教材として論理的思考能力(クリティカルシンキング)や倫理観の成長を促そう、という主旨のもとに授業が行われていきます。
以下は、ユニット4(「eスポーツと倫理観について協議する」)の概要を筆者が翻訳したものです。
eスポーツは倫理観の教材たりえる複雑な社会的交流を含む分野です。プレイヤー間の交流は多くの場合デジタル空間で行われますが、そこでプレイヤーやファンが行う行動や選択は現実世界に影響を及ぼします。
急成長を遂げるコミュニティであるからこそ、倫理に関するガイドラインを定め、eスポーツを取り巻く環境を健全で包摂的な(Inclusive、あらゆる人の参加を歓迎する)ものとする必要性を認識しておくことが重要です。
生徒は実在する論理的ジレンマに取り組み、eスポーツ内での行動がゲーム内外で他者に与える影響について議論を重ねていきます。この他、本授業では他の学生たちの実経験に耳を傾け、その内容についての考察や感情を自分の言葉で文章化し、最終的にはクラス全体での議論・共同作業を通じて「自分たちのための倫理ガイドライン」を作成していきます。
本授業のSTEM教育的側面としては、特定の振る舞いがeスポーツコミュニティに与える影響について考察することで「エビデンスから生じた議論に参加する」点があります。
授業内容
これで概要および主旨が明確化できたので、次に内容について見てみましょう。こちらも上記ページにあるものを日本語に翻訳しました。
■正しい振る舞いと間違った振る舞いを口に出す
倫理とコミュニティの行動に関する懸念を扱った詩集(承認済みの指定書籍)を読む。学生は選択した形式で倫理やモラルをテーマとした詩を書き発表する。生徒はこの課題を通じてeスポーツコミュニティにおける適切な振る舞いについて批評的・創造的に思考を巡らせる。これにより、ゲーミングにおける倫理観の課題を各生徒が自分事として考えるよう促す。
■ソクラテス式討論(Wikipedia)
教師がケーススタディ(デジタルいじめ、チート行為、フリースピーチとヘイトスピーチ、暴力など)を提示し、生徒はその内容に自らの疑問を注釈として書き込んでいく。その後クラス内でソクラテス式討論を実施し、互いに持ち寄った疑問をぶつけ合い、eスポーツに関与する際に倫理的に振る舞うための教訓を導き出していく。この課題では、クラスでのコンセンサスを得ることも目指すため、論理的思考能力(クリティカルシンキング)、分析的読解力、スピーキング&リスニング能力の向上が望める。
■eスポーツの倫理規範
最後に、クラスというコミュニティ用の「倫理規範」を作成する。さまざまな分野の倫理規範(eスポーツリーグ、軍隊、企業など)を複数読んで参考にしつつ、クラスで適切に運用可能な倫理規範を決定していく。最後に各生徒が自分用の倫理規範を書き、その後編集・構成を加えたものを各自のノート表紙に書く。
最後に
駆け足での紹介となりましたが、いかがだったでしょうか?
ご覧いただいたとおり、課題はすべて「日常的にゲームを遊んでいる生徒ならば教材にeスポーツを使えばいいだろう」というアプローチではなく、「より多くの生徒が当事者意識を持てる教材としてeスポーツを使おう」というアプローチで制作されています。NASEF日本支部のnoteでは繰り返し出てきている用語ですが「Interest-driven larning(興味駆動学習)」を目指しています。
おそらく今後日本でも(最初は部活などを通じて)eスポーツx教育の実施事例が増えていくかと思いますが、この「興味がある事を学ぶのは苦ではない」という側面を巧みに組み込んだデザインは重要になってくるのではないでしょうか。
それではまた次回お会いしましょう。
なお、次回は同カリキュラムより高校2年生のユニットをひとつ紹介する予定です。
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北米教育eスポーツ連盟(略称NASEF)は、教育を受け、想像力に富み共感力のある人材を育て、すべての生徒が社会におけるゲームチェンジャー(改革者)になるための知識やスキルを身に着けるために取り組む教育団体です。