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競技ゲーマーはゲームから何を学ぶ? <前編>

前回の「保護者から見た子どものeスポーツ活動」という記事では北アメリカの調査結果を見ながら「保護者から見たeスポーツ」を取り上げてみましたが、書き終えてしばらく経ち、子どもたちにとっての新しい居場所だという捉え方は浸透していても、競技ゲーミングの教育的価値についてはあまり認知が進んでいないのではないかと思うようになりました。

おそらく一般的であろう設問「ゲームは遊びだし、何も学べないのでは?」という問いでは、多数の要因が混同され、いっしょくたになっているように私は感じています。本稿はゲームをプレイしない方と議論をするために必要な<前提>情報を整理し、「いやいや、ゲームは遊びでしょ?」という議論を先へ進めていく上で役立つものにしたいと考え執筆しました。

なお今回は具体例と共にお話したほうが利便性が高いと考え、「リーグ・オブ・レジェンド」(ゲームの概要は公式動画「1分でわかる!リーグ・オブ・レジェンド」でどうぞ)を題材としてお話ししていきます。同作は競技ゲーミングでは長く続く代表的なゲームです。

※内容が多岐にわたるため、今回は前後編に分けてお送りします。

競技ゲーミング?

本題に入る前に先ほど私が使った競技ゲーミングという表現についても補足を。

eスポーツと何が違うの?という疑問がまっさきに浮かぶと思います。これを従来のスポーツで例えると…ふらりと遊びに行った公園でバスケットボールを遊ぶのは真剣勝負ではなく、レクリエーションを主目的としています。バスケットボールはスポーツですが、競技的に取り組んでいるわけではないと。ゲームでも同様で、レクリエーションとしてプレイしている場合にはeスポーツであっても競技ゲーミングではない、という言い方ができます。

それでは本題、競技ゲーマーがゲームで何を学べるのかを見ていきましょう。

クリティカル・シンキングと問題解決能力

まずは2つの用語の意味から。

クリティカル・シンキングとは「批判的思考力」で、ビジネスマン向けのスキルとしてよく取り上げられます。ざっくりとした意味は「従来のやり方や固定観念にとらわれることなく、本当にそうか?と問い続けて答えを導き出す力」。このような意味なので筆者は「批判的」という日本語訳があまり適切ではないと思っおり、本記事ではクリティカル・シンキングで統一しています。

問題解決能力は読んで字の如し。困難に直面した時に解決するための力です。

どちらも今の時代は知識を詰め込むだけでは前に進めない、進むには自分で考える力が必要だという前提のもとに重要性が強調されるようになりました。

これらのスキルは休み時間のドッヂボール的に遊んでいても当然ながらあまり身につきません。しかし競技ゲーマーは日常的にこの2つの能力を鍛えられる環境にあります。次の項ではこの点を現実世界と比較しながら見てみましょう。

今の競技ゲーミング vs 昔の1人用ゲーム vs 現実世界

真剣勝負の参加者は、どんな分野であれ当然「勝つにはどのような戦略が最適か」「警戒すべきは何か?」「(結果が想定と異なる場面があったら)自分は何を見落としていた?」といったことを常に考え続けます。

このような点は現実世界を引き合いに出さなくても、多くの方がこれまでに遊んだゲームでも馴染み深いかもしれません。オンラインゲーム以前から、「ボス戦がクリアできない」時には何か見落としていないか?パターンはないか?と考え、攻略本やインターネット掲示板を見たり、ゲームの上手い友人に尋ねたりするのは一般的でしたから。

ただ「リーグ・オブ・レジェンド」のような多人数対戦オンラインゲームでは数週間ごとにアップデートが入るため、自分が操作するキャラクターの能力値をはじめゲーム内のありとあらゆるものが変化し続け、その結果としてプレイヤーが取る戦略の傾向も変わり続けます。

さらに10人の人間が自律的に動くため、かつての1人用ゲームのように「ゲームを完全に解き終える」ことができなくなっている点が昔と大きく異なります。競技ゲーミングの場においては、「自分が現時点での最適解だと判断したもの」しか存在しないのです。

まとめると…現代の多人数対戦オンラインゲームは昔のゲームと比べて

①ゲームのルール、数値、データは変化し続ける
②複数人のチームで連携する(事前に集まらなければ毎回即席チーム)
③自分の行動選択肢とその判断材料が膨大
④スタートした試合をポーズすることはできない
⑤事前にある程度の戦略を立てるが、以後はリアルタイムに順応し続ける

という点が大きく異なります。

翻って現実世界に目を向けてみましょう。会社員、起業、研究者…どのようなかたちで社会活動に関与するにせよ、大人は次のような環境に置かれる事が多いのではないでしょうか。

①世界のルールや前提は変化し続ける
②他者と協力して活動するが、その対象を自分で選べることは少ない
③自分の行動選択肢とその判断材料が膨大
④時間は止められない
⑤始める前に予測はするが、予測が外れていた場合は都度修正する

こうして見ると、競技ゲーミングと社会活動は活動内容こそ全く違いますが根本的な部分はかなり似ていると言えます。

もちろんゲーム開発会社は「ウチのゲームは現実社会みたいにしよう」と意識していたわけではなく、複雑で深みのある面白いゲームを作ろうとした結果、現実の社会活動と似たものが出来上がったわけですけれど(なお現実世界の問題をゲームの力で解決しよう、という試みとしては「シリアスゲーム」がありますが、こちらは全く別の話になるため今回は割愛します)。

競技ゲーマーはこのような環境で日々「真剣」に勝利を目指して活動しています。時には悔しくて涙を流すこともありますし、目標を達成できた時には顔をくしゃくしゃにして喜びます。高校野球などの従来のスポーツと同じです。異なる点は運動能力のウェイトと、勝負の場所がデジタル空間であることくらいです。また、会社員にとっての仕事とも類似点は多いでしょう。

こうして特徴を比較してみると、身体的技能(操作の上達)以外にクリティカル・シンキング、問題解決能力の向上が見込めるのは自然だと考えられます。

もちろん競技ゲーミングが万能だと謳うつもりはありません。つまり、競技者が等しくそのようなスキルを身につけることを約束するわけではありません。ここは実は非常に重要だと思っていて、eスポーツの効能をそう喧伝する行為は悪影響しか産まないでしょう。万能なものなど存在しないが、現時点で実施可能・有効な「方法」のひとつだということは改めて記しておきます。

このため置かれた環境によっては競技者でも真剣に思考しないで「なんとなく」プレイすることもあります。このnoteアカウントでは繰り返しお話ししている内容になりますが、すべては大人が整備する(部活動などと同様)環境次第なのです。

具体的にどんな決断を迫られるのか?

ここまでの説明では具体的な例がなかったので、ここからはクリティカルシンキングや問題解決の能力向上につながる具体例のひとつとして「ゲームでどんな判断を迫られるのか?」を、まだeスポーツゲームをプレイしたことのない人に向けて記したいと思います。

「リーグ・オブ・レジェンド」のルール説明動画(再掲)でしっかり紹介されていますが、本作のプレイヤーは限られたマップ内でザコ敵を倒してゴールドや経験値を稼ぎ、敵チームのプレイヤーと戦い、最終目標である本拠地の破壊を目指します。マップには呼ばれる大きな道(レーン)が3本あります。各チームは5人です。


プレイヤーが自問し続ける一番大きな問いは「勝つために、今自分はどこで何をすべきか」です。

次のような状況を想像してみてください。

ゴールドと経験値の量:互角
味方チームの特徴:遠距離テレポート能力を持つキャラクターが複数いる
敵チームの特徴:5対5で戦うととても強い

どのような作戦が思い浮かびますか?本作を長くプレイした方でなければ、すぐに思いつくのは次の3つではないでしょうか。

5対5で戦う
   →勝ち目はあるが不利
別のレーンを5人で進攻する
   →防衛に回るタイミングのチキンレース
   →防衛になった場合は5対5で戦うこととなり、敵のほうが有利
茂みや物陰に隠れて奇襲する
   →賭けの要素が大きいが成功すれば先手が取れる
   →この3つの中では一番勝算が高い

このような場合、おそらくある程度の腕前以上では次の選択肢(定石)がすぐ頭に浮かびます。

チームを2(あるいは3)レーンに分け、一方(主力部隊)は敵チームと交戦せずに遅滞行動に徹し、フリーで動けるプレイヤー(遊撃手)が別のレーンを進攻する

「スプリットプッシュ」という名前がついているこの戦略、これがどうして有効なのか少し説明してみます。

敵チームが5人集まって進攻してきた
   →本陣が遅滞行動に徹することで、本拠地破壊にはかなりの時間がかかる
敵も同じようにチームを分割してき
   →敵よりもテレポートできる人数が多いことを活かし、相手が分割してきたことを把握したら遊撃手がテレポートで主力部隊に合流する
敵全員が遊撃手の撃破に向かった
   →主力部隊がレーンを進攻し、遊撃手は交戦を避け、必要に応じてテレポート能力で主力部隊に合流する

これが滞りなく行えれば、敵は強引に交戦をしかけるしかなくなります。しかし味方もあらかじめそれを把握しているため、全力で交戦を避けます。

とはいえ、敵に理不尽な選択肢を突きつけるこの種の戦略を成功させるには、しっかりした事前準備や高い操作技術も必要です。 事前準備、操作技術、作戦遂行のどれが欠けても失敗します。例示した戦略は特に連携力が求められるため、失敗することも多いでしょう。そうなったら、試合後に改善できる点を考えます。すべては計画、行動、反省、改善の反復です。本作の「定石」もそのようにしてプレイヤーが生み出してきたものであり、基本的には開発会社が用意したものではありません

競技ゲーマーはこういった局面を何度も(失敗・成功問わず)経験し、他者の考察を読み漁り、プロの解説を視聴して次の試合に備えています。その上で、毎回最善と思われる戦略を模索します。つまり競技ゲームの腕前を上げるということは、操作技術だけでなく(ゲーム内限定とはいえ)状況分析能力、判断能力を高めるということなのです。

また、すべてのプレイヤーが備えているわけではありませんが、劣勢でも平静を保ち、苦境にあっても味方を鼓舞する力も大きな要因のひとつです(アンガーマネジメントの側面もありますね)。

もちろんこれはほんの一例であり、競技ゲーマーはもっと多くのことを(意識することなく)思考し続けています。他の戦略や意思決定に興味がある方はこちら(リーグ・オブ・レジェンド公式によるプロ試合の解説動画を有志プレイヤーが集めてくださったプレイリスト)をご覧になるのも面白いでしょう。

ここまでの一連の説明で、競技ゲーミングにはクリティカル・シンキングや問題解決能力の基礎を鍛える側面がある、という点は多くの方に同意いただけるのではないかと思います。しかし一方で上の例は「それが現実世界で何の役に立つのか?」という疑問には回答していません。これについては私の知る限り「データ」と呼べるものも存在しないので、私の持論を述べさせてください。

それが現実世界で何の役に立つのか?

まず前提として、野球に青春を捧げた経験、ボランティア活動を主導した経験、文芸部で部誌を完成させて頒布した経験、競技ゲーミングに打ち込んだ経験、いずれも等しく素晴らしい経験で、今後の人生において大きな糧となると私は考えています。その上で、競技ゲーミング/eスポーツに青春を捧げた経験が、その後の人生でどのような役に立つのかを以下に挙げてみます。

STEM教育
こちらは後半でより詳しく取り上げます。ひとつ例を挙げると…中学生以下の場合(特に数学が苦手な場合)、学校で扱う数式は解いたら終わりになる傾向が強く、継続的に(線として)捉える機会はあまりありません。線形グラフを扱う場合も「この線形グラフの形が正解です」という示し方で、その表を用いて活動することはあまりないでしょう。一方でゲーム内で扱われる数値も(現実世界の殆どのことと同様)何らかの線を描いて変化していきますが、そのゲーム内数値は自身のゲーム内アバターであるキャラクターのパフォーマンスに反映されるため、プレイヤーはグラフが描く線のかたちを「体感」し続けます。グラフの「親」である数式が最終的にどれほどの影響を持つのか理解することは数学が苦手な者にとっても有益です。じっさい、学生時代数学が大の苦手で成人後に競技ゲームをプレイするようになった私の場合、貯蓄や投資など(リスク評価の必要性がある)経済的な損得を考える時にこの感覚が大きく役立ったと感じています。

自ら計画し、分析し、動きはじめることの心理的ハードルが下がる
「何でもゲーム感覚か!」と言われてしまいそうではありますが、普段の行動というのはだんだん血肉になっていくものです。自分のキャリアを考える、仕事の進め方を考える、そんなタイミングで、競技ゲーミングに打ち込んだ経験は「本人が気づいて適用することができれば」極めて有効なフレームワークとして機能するでしょう。根拠は…上に挙げた通りです。

視野を広げる
副次的な要素になりますが、eスポーツにはプロやリーグなどが存在しており、そこには職業的ゲーマーだけでなくゲーム実況者、映像プロダクション会社、イベント運営会社、ゲーム自体の開発会社、エージェントなど様々な職種の「プロ」が存在しています。フルタイム就労経験のない学生にとって、eスポーツ(=自分の好きなこと)は大人の世界を覗き見る窓になり得るのです。興味の種は最初からそこに落ちているので、あとは各自が何を拾い育てるかの問題です(繰り返しになりますが、ここが大人たる私たちの腕の見せどころです)。

他にもたくさんあると思いますが、今回はひとまずこのくらいで。

おわりに

繰り返しになりますが強調しておきたいのは、若者たちをeスポーツで活動させて放置しているだけではダメだという点です。
STEM教育にしてもクリティカル・シンキングにしても、活動対象と真剣に向き合う姿勢が適切でなければ時間の浪費(暇つぶし)です。視野だって当然広がりません。これはeスポーツ以外の活動でも同様でしょう。

「それが現実世界で何の役に立つのか?」という大人たちの議論は、1)議論の的であるeスポーツを、議論する側が理解し、2)学びを最大化するための施策を試し、最終的に3)現実世界で役に立つ学びとするために何をするべきか?という議論に置換されていくべきだと考えています。

以上、長くなってしまいましたが前編でした。後編では競技的にゲームを遊ぶ者なら誰もが意識する数字について取り上げる予定です。

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北米教育eスポーツ連盟(略称NASEF)は、教育を受け、想像力に富み共感力のある人材を育て、すべての生徒が社会におけるゲームチェンジャー(改革者)になるための知識やスキルを身に着けるために取り組む教育団体です。