見出し画像

【ショートストーリー】『紅茶専門喫茶店《ゴロちゃん》のマスターの秘密/サボテンのゴロウは聞いている』

【紅茶のある風景/コンテスト投稿作品】

..................................................

紅茶専門喫茶店【ゴロちゃん】
仕事、いや、人生に疲れると、なぜか一人でこの店に来てしまう。
どうしてだろう?美味しい紅茶が飲める訳じゃないのに...

この店に来ているという事は、私は調子が悪いということだ。

入口のドアをゆっくり開けて中に入る。
だが、店内には誰も居なかった。
マスターは何処に行ったのだろう?
私はカウンターの隅に置かれているサボテンのゴロウに挨拶した。

「おはよう」

サボテンは人の言葉が解るというのは本当なのだろうか?

ボンヤリとそんな事を考えていると、突然、水が流れる音がしてトイレのドアが開いた。
顔を向けると、ドアの間からマスターが私を見てニヤニヤ笑っている。
マスターは顔がものまねタレントの神無月にそっくりで、何とも言えない偽物感を醸し出している。
以前、私は通勤途中の女性専用車両の中で、不意にマスターの顔が頭に浮かんできて、いきなり吹き出してしまった事がある。
それまで一人で黙っていた女がいきなり笑い出したのを見て、周りにいた乗客達は引き攣った顔で私から距離を取った。
それ以来、気まずくて、女性専用車両に乗れなくなってしまった。

そのマスターが挨拶もそこそこに、カウンターに入りながら胡散臭い顔で私に話し掛ける。
「ちょっと~、佳子ちゃん聞いてよ~」
「なんですか?何かあったんですか?あっ、いつもので」
マスターは頷いて、ミルクティーを淹れる準備を始めながら答えた。
「何かあったどころじゃないよ。聞いてよ、この前さぁ、学校の男の先生と女子高生っぽいニ人が、お客さんで来ててさぁ、何か怪しげな感じだったんだよ~」

「えっ、嘘...」

「噓じゃないよ~、俺、目の前で見てたんだから~」

.....そんな事.....本当なんだろうか?


「この店、私以外のお客さん来るんだ....」

し、しまった....
思った事が、つい口に出てしまった。

マスターは苦々しい顔になり、私に抗議した。
「ちょっと~、佳子ちゃん、そこじゃないでしょうよ~、も~」
「あっ、ごめんなさい!」

謝ったものの、この店に通いだして一年以上になるが、本当に私以外の客は見たことが無かった。
考えてみたら、なぜ今まで不思議に思わなかったのだろうか?
なぜこの店は潰れないのだろう?

「マスター、盗み聞きはよくないですよ!」
マスターは、火のついたヤカンを確認ながらニヤけた顔で答えた。
「だって、聞こえちゃうんだから、しょうがないでしょうよ~」

「やだなぁ...」

「でも、あんなの、本当にあるんだなって思って、ちょっと嬉しかったな、フフフッ」

「なんで笑ってるんですか、もう」

マスターはニヤけ顔を引き締めて答える。
「いや、俺にもあんな時代があったなと思ってさ」

私はため息まじりに返した。

「マスターの恋バナとか欲しくないんですけど...
どうせ、戦時中の話とかでしょう?」

それを聞いたマスターは、再び、ニヤけ顔になりノリノリで答えた。
「そうそうそうそう、特攻隊として出陣が決まった俺は彼女に....って、佳子ちゃ~ん、そんなに古くないよ~」

「じゃあ、いつ頃なんですか?あっ、やっぱりいいや。多分、聞いても得るものなさそうだから」

本当に心底そう思った。

「佳子ちゃん、ひどいよ~、俺だって、伊達に歳食ってる訳じゃないよ~」
マスターは眉間に皺を寄せ、そう答えた。

その時、私の頭にふとした疑問が浮かんできた。

そう言えば、マスターって幾つなんだろう?
結婚してたんだっけ?
私は浮かんできた疑問を、ミルクティー用のカップを手に取ったマスターに投げてみた。

「あの、マスターって結婚してましたっけ?」

その瞬間、マスターの身体がビクッと震えた。
弾みで持っていたカップが下に落ちて、派手な音を立てた。

「ちょ、ちょっと...え?マスター?」

マスターは、表情を無くし、青ざめた顔で立ち尽くしている。

そして、掠れたような小さな声で答えた。
「.........してた」

「えっ.....あの.....してた、と言うと?」

マスターは私の問いかけには答えず、今まで見せたこともない様な暗い表情で私を見てから、落ちたカップを拾ってヤカンの火を止めた。
私は触れてはいけない事に触れてしまったのか?

「あ、あの、マスター、ごめんなさい、私、その、」

マスターは、ゆっくりと暗い顔を上げ、私を見て言った。

「......殺したんだよ、俺が」

「え.....」

「俺がカミさん、殺したんだよ............画びょうで」

「えっ?な、何、言ってるんですか!
画びょうで人が殺せるわけないでしょう」

マスターは、突如、ニンマリ笑顔になった。
なんだ、冗談か...ちょっと驚いてしまった。

「もう、やめてくださいよ」
「メンゴ、メンゴ。カミさんピンピンしてるよ!」
「そういうの、よくないですよ!」

その時、入り口のドアが開く音がした。
顔を向けると、ゆっくりドアが開き、大柄で目つきの鋭いスーツ姿の男性が現れた。
テレビドラマの刑事の様な雰囲気の人だった。
男性を見たマスターが露骨に顔を顰めた。

本当に、私以外のお客さんが来るんだ....

男性は、マスターに鋭い眼光を向けて吠えた!

「おい!韮沢!」

えっ、マスターって、韮沢って言うんだ...

マスターは、不機嫌そうに舌打ちをして、唇を突き出しながら答えた。
「なんなんですか、一体、いつまで付きまとうつもりなんですか!」
男性はドスの利いた声で返した。
「お前が本当の事、話すまでだよ!!」

えっ?もしかして、この人、本物の刑事さんなの?

マスターは、男性の迫力に押された様子で、目を泳がせながら答えた。

「もう全部話しましたよ!女房は事故だったんですよ!大体、証拠はあるんですか!」

えっ?奥さん亡くなってるの?

すると男性は、ニヤリとして頷き、スーツのポケットから画びょうの箱を取り出して、カシャカシャと音をさせて振った。

えっ?さっきの話って、冗談じゃないの?

私は、目の前で繰り広げられている、非現実的な光景を見ながら、頭がボンヤリとしてくるのを感じていた。

そして、マスターが男性に連れていかれるのをボンヤリと見ていた。

ボンヤリとした頭で自分の部屋に戻った私は、ボンヤリと考えた。
これから、どうなってしまうのだろう?
世話をしてくれる人はいるのだろうか?


サボテンのゴロウが心配だった..

本当に心配だった...

私は店に戻り、ゴロウを部屋に持って帰った。

....................................................................................................................

マスターから連絡が来たのは、三年後の初冬の事だった...

......................................................................................................................

私はゴロウを持って久しぶりに【ゴロちゃん】を訪れた。
そして、久しぶりに店のカウンターに座り、よく解らない味がする、懐かしのミルクティーを飲みながらマスターに声を掛けた。

「でもマスター、すぐ出られて良かったですね..」

マスターは、何故か女装していた。

「何言ってんのよ~!やってもいない事で牢屋に入ってたのよ~!も~う!」

私は聞いた。

「マスター、本当にやってないんですか?」

マスターはウンザリした顔で答える。

「当り前じゃないの~、画びょうで人が殺せる訳ないじゃない!あれは女房が間違えて画びょう、箱ごと飲んじゃったのよ!」

「...間違えて...あ...そうなんですか...」

私は何の説明もされないままの素朴な疑問を投げかけてみた。
「でもマスター、大分、雰囲気変わりましたよね?刑務所で何かあったんですか?」

何故かマスターは慌てた様子で答えた。

「そ、そ、そ、そ、それは、何も無いわよ...
ナニ言ってるのよアナタ、もうや~ね、どんだけ~」

「あ.....あぁ....そうですか....」

私はもう一つ、気になっていた事を聞いてみた。

「あの、マスター?刑務所ってどんな所なんですかね?何か怖いイメージしかないんだけど..」

質問を聞いたマスターは、何故か突然、鬼の形相で怒り出した!

「ちょっとアンタ!何言ってんのよ!!あそこは皆が思っている様な所じゃないわ!あそこは狭かった私の心のフレームを拡げてくれた、特別な場所よ!!」

なぜ怒られてるのか解らなかったが、私はマスターの怒りをおさめる為、取りあえず謝った。

「ご、ごめんなさい...すみませんでした。私、何も知らなくて...」

マスターは怒りの表情を解き、ゆっくり頷いた。

「まあ、しょうがないわね...」

そして、遠くを見るような眼差しでこう続けた。

「でも、ほんっと素敵な場所だったわ。今は感謝の気持ちしかないわね。アナタも是非行ってほしいわ」

私にはよく解からない話だったが、とりあえず頷くしかなかった。

「あぁ....はい....そのうちに....」

そしてマスターは、ハッと気付いた様子で慌てて店のテレビを付けた。

「いや~、危ないところだったわ。もうすぐ、ゆず君の演技が始まるでしょ!」

テレビの画面には演技開始を待つ、羽●結弦選手の精悍な顔が映っている。

その時、突然、私は横から視線の様なものを感じた。
ゆっくりと顔を横に向けると、『ゴロウ』がニヤニヤと笑っている...様な気がした...

少し疲れを感じた私はマスターに言った。

「あ、あのマスター...私、そろそろ」

だが、羽●選手に夢中になっているマスターに私の声は届かない様だったので、私は邪魔しないようにそっと挨拶して店を後にした。

店を出た私は、【ゴロちゃん】でミルクティーを飲んだ後、必ず欲しくなる物をコンビニで買った。

そしてアパートに向かって歩き出す。

「だいぶ寒くなってきたなぁ」

そろそろ本格的な冬の到来だろうか?

嫌だなぁ..

今年も寒いんだろうなぁ...

そんな事を考えながら、私はコンビニで口直しの為に買った、温かい【午後の紅茶/ミルクティー】のキャップを開けて、上品な甘さをじっくり味わいながら家路へと向かった。

【終】

監督.脚本/ミックジャギー/出演 .佳子役. のん子、マスター役. 佐村河内せめる、刑事役. ミックジャギー

サポートされたいなぁ..