見出し画像

【ショートショート】『午後に紅茶』

【紅茶のある風景/コンテスト投稿作品】

..................................................

その日の午後、【note】の【紅茶のある風景】に投稿するネタ収集の為、近所の小さな紅茶専門店を初めて訪れた俺は、いきなり出端をくじかれてしまった。

「アタシ、留守番なのよ。今日だけの」

その人はカウンターの中から、店内に1人だけしかいない客の俺に向かって、酒焼けした様な、デーモン小暮ばりのダミ声でそう言った。

「あ、そうなんですか」

場末のスナックにいそうな、年齢不詳、ぽっちゃり、ド派手なメイク、そして鋭い目付きのその人は、カウンターに座る俺の前に芳醇な香りのミルクティーが入ったカップを置きながら言った。

「紅茶に関する面白い話?ってアタシ、ごくたまにこの店手伝うだけだからねぇ」

「あぁ…そうですか」

「どんな感じの話がいいの?」

「そうですねえ、思わず【えっ!へえ】って言っちゃう様なインパクトがあるのが欲しいですよねぇ」

その人は俺の言葉に首をひねった。

「インパクトがあるって【密着、警察24時】みたいな感じ?」

俺は、、『それ、紅茶関係無いだろうが!』と心の中で叫んでから、爽やかに答えた。
「いや…そういうのじゃなくて【紅茶がキッカケで出会った男女が】みたいな…」

その人は、頷きながら答えた。

「ああ、そっち系か。実は男がヤクの売人だった、みたいなやつね」

俺は、、『それが【警察24時】だろうが、おい!』と心の中で叫んでから、爽やかに答えた。
「いや…もっと清々しい気持ちになれる爽やかな話がいいんですけど」

その人は、腕組みしながら答えた。

「爽やかな話って…ねえ?これ何かで発表するの?」

「あっ、一応、【note】のコンテストに投稿しようと思ってるんですけど」

俺の言葉を聞いた、その人の顔に突然、光が差した!

「えっ!それって賞金もらえるの?」

「あ…はぁ..入選したらの話ですけど」

その人は、澱んでいた目を輝かせた!

「えっ!じゃあ、アタシの話で入選したら分け前貰うよ?!」

「えっ?」

俺は、ドン引きしながら言葉を濁した。

「ああ、まあ、ええ、はあ」

その人は、俺の顔を指差しながら言った。

「アンタ、ラッキーよぉ!美味しいネタあるわよぉ!」

俺はその人の満面の笑みを見て、嫌な予感を感じていたが、とりあえず聞いてみた。

「あの、爽やかな『紅茶に関する話』あるんですか?」

その人は、瞳に¥マークを浮かばせてハイテンションで答えた。

「この話は凄いわよ!昔レディースの同じチームだった友達の話なんだけど、その子、この前、タイに行ってさあ、そこで地元の若い男の子と…」

俺はその人の話を、おもむろに手で遮り、、

『うぉい!紅茶の話だって言ってんだろうが!もしかしたら、これ、審査員のスープ作家【有賀薫】さんとか、【cocorone】編集長の【とみこ】さんとか、【キリン/午後の紅茶-ブランドチーム】の皆さんが見るかも知れないんだぞ!そんな爽やかそうな方達が【元レディース】の乱れた話読んで喜ぶわきゃねえだろうが!うぉい!』

と心の中で叫んでから、メールが着信した風を装い、ポケットからスマホを取り出し、画面をタップして
「あっ、まずいな…」
と独り言を呟いてから、その人に言った。

「すみません、急に呼び出されちゃって」

そして俺は、そそくさと会計を済ませて、店から逃げる様に出ていった。

部屋への帰り道、毒気に当てられ、何とも言えないどんよりした気持ちを抱えながら歩いていた俺は、ある事に気が付いた。

店で出されたミルクティーに全く手をつけていなかったのだ。

あの店のミルクティーはどんな味だったんだろうか?
この時、俺の鼻孔にさっきのミルクティーの芳醇な香りが蘇ってきて、どうしてもミルクティーが飲みたくなってしまったが、今更、あの悪役女子プロレスラーみたいな人がいる店に戻る気にはならなかった。

俺は、近くのコンビニへと足を向けた。

そして、コンビニで
【午後の紅茶/ミルクティー】ホットのペットボトルを買った。
俺は、歩きながらペットボトルのキャップを開け、まずは立ちこめるミルクティーの香りを堪能した。

それは、瞬時に脳がリラックスするアロマの様だった。

それからボトルに口を付けた。

俺の喉をゆっくりと流れる【午後の紅茶/ミルクティー】は、さっきまでの、どんよりした気持ちを一気にリフレッシュさせてくれる、絶妙な甘さの爽やかな味わいだった!

どっとはらい、めでたしめでたし。

【劇終】

サポートされたいなぁ..