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初恋は叶わない①

プロローグ

さあ、たまには真面目に文章を書いてみようか。
嘘偽りなく、脚色なく、ただひたすらに悲しかった話を。

今でこそ、あの悲しい思い出すら自分を形どる1つのピースなんだと苦笑いして話すことができるが、私の今世の時間ときを止めた、ただただ残酷な運命の話を。

忌々しい言い伝え

『初恋は叶わない』

日本には昔からそんな忌々しい言い伝えがある。

しかしこの言い伝えには、ある程度納得できる理由がある。
訳知り顔の大人達がまとめた理由は以下の通りだ。


・多感な時期に初恋を経験するため、恥ずかしかったり臆病で言い出せずに終わってしまうため。

・幼稚園や学校の先生、近所のお姉さん等、叶う可能性が限りなくゼロに近い対象に恋してしまうため。

・恋に恋していて、現実が垣間見えた瞬間に冷めてしまうため。

・思春期などの多感で移ろいやすい時期なので、好きの度合いが低く、すぐ別の人を好きになったため。

・時間が経ってから初恋を振り返ったため、いつが初恋かわからず、何となく成就していない気になるため。


もちろん世の中には初恋が成就した人もいるだろう。
そんな貴重な体験をした方へは、妬みも嫉みも何も含まない、心からの祝福を贈りたい。

なぜなら、私の初恋は二度と叶わない形で砕け散ったのだから。

出逢い

一目惚れだった。

中学1年生の入学式、不安と期待に胸を膨らませて入った教室で、私は1人の女の子に目を奪われた。

小柄で整った顔立ち、笑った時にチラリと見える八重歯を今でも思い出せる。

私が通っていた中学は、周りの3つの小学校から生徒が集まるやや大きめの学校で、同じ学年でも3分の2の生徒はほぼ初対面だった。

彼女は私と別の小学校からの進学で、もちろん初対面。
当時の私はやや引っ込み思案なところがあったが、人見知りをしない愛想のよい彼女から話しかけられることも多く、仲良くなるのにそう時間はかからなかった。

初恋が叶わない理由にもあったが、引っ込み思案で恋愛のいろはも知らない私が告白などできるわけもなく、私達の関係は仲が良いクラスメイト以上でも以下でもなかった。

淡い恋心に胸をチクチク刺激される日々は少し苦しくも楽しく、幸運なことに2年生になっても同じクラスになり日々の喜びは倍増した。

大袈裟だが、同じクラスになっただけのことで「神様はいるんだ!」と思い、私の片想いは応援されているのだと能天気に笑っていた。

突然の別れ

楽しい日々を過ごしていた2年生の夏頃だったろうか、いつものように帰宅した日の夜のこと、父が平然と言った。

「転勤になった」

絶望の底に叩き落された瞬間だった。

父は教師で転勤族だったため、これまで幾度かの引っ越しを経験したが、それらはすべて物心つく前の幼き頃の話。

ましてや思春期真っ盛りで、1年半も片想いをしていた私には酷な話であった。

だが、当時の私は「嫌だ!」と反抗するには利発すぎて、転勤を断れないことも何もかも理解してしまっていた。

反抗することもできず、かといって少しだけあったプライドのせいで強がって泣くこともできない。

ただただ無表情で「そう……」と呟くことしかできなかった。

また、たぶん私は少しだけ大人びていたのだろう。
早い段階で引っ越しを公表したら、みんなが「最後の思い出作りに!」と気を遣うだろうと考え、3学期になってもギリギリまで誰にも言わなかった。

知っていたのは私と担任の先生だけ。

中学2年生という時期と、その学校での生活が残り1ヶ月を切った時、朝のホームルームで担任の口から発表してもらった。

「視世くんが転校します」

教室が一気にざわめき立った。

クラスの人気者だったわけではないが、友達は多かったと思う。

仲が良かった男友達の中には

「マジかよ! 何で言ってくれなかったんだよ!」

と憤慨する者もいて、女子の中には泣きそうな子も何人かいた。

そんな中、私は彼女へチラリと視線をやった。

彼女は澄ました顔で友達と話しており、その様子を見て私は

(やっぱり恋心を抱いていたのは俺だけだったか……)

と、わかっていたけどこれまで見ぬふりをしていた感情を、しっかりと正面から受け止めた。

休み時間には主に「何で言ってくれなかったんだ!?」という質問攻めに合い、「ごめんよ!」と気丈に事情を説明した。

涙は出なかった。

終業式、2人

終業式の日、私はたくさんの人に惜しまれながら過ごすことができた。

同じクラスの子はもちろん、他のクラスや部活の後輩、ひいては先生方まで悲しんでくれたことを覚えている。

私は大切な思い出を噛みしめるため、そして一生忘れないため、すべての誘いを断って、放課後ぼんやりと教室で過ごしていた。

進級する後輩達のため、教室の掲示物はすべて剥がされていた。

それでも、壁や柱についた傷や落書き、綺麗に並んだ机と椅子、日にさらされて黄ばんでしまったカーテンなど、その1つ1つが私の思い出を撫でるに十分な存在だった。

黒板には「視世くん、転校してもお元気で!」という大きな文字と、みんなからの別れのメッセージが書かれていた。

最後のホームルームでは、この黒板の前で記念写真を撮ってもらった。
写真は後日担任が責任を持って送ってくれると約束してくれた。

数十あるメッセージの1つを軽く指で触れた。

『またどこかで会おうね!』

名前なんていらない、体を表すような小柄な文字がチクチクと胸を刺した。

このメッセージは果たされることはあるのだろうか?

まだ携帯電話が広く普及していない時代だった。
私も彼女も携帯電話は持ってなかったし、メールも一般的ではなかった。

(もう会えないんだろうな……)

黒板の前で独り言ちたその時、教室の後ろのドアが控えめにガラリと開けられた。

「やっぱりいた」

振り返った先にいたのは、2年間でほとんど背が伸びなかった、相変わらず小柄な彼女だった。

「どうしたの?」

まさか誰か戻ってくるとは思っていなかったので、驚いて尋ねた。

「忘れ物」

そう言って彼女は私に歩み寄り、ピンクの封筒を渡した。

「また会う時まで、元気でね」

私の言葉も何も待たず、彼女はくるりと身をひるがえして帰っていった。

封のしてない封筒には、誰もが展開から期待してしまうようなラブレターなど入っておらず、写真が1枚だけ入っていた。

それは、修学旅行の時の写真。
写真嫌いの私の腕を彼女が引っ張って、強引に写らされた写真だった。

写真嫌いの私のことだ、彼女とのツーショット写真はこれだけだったのだろう。

今まで我慢していた涙が堰を切ったように流れ出した。


そんな、どこにでもあるような初恋の話だと思っただろう。

しかしこの話にはまだ続きがある……。

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