初恋は叶わない②
※ 前回の投稿を読んでない方は、『初恋は叶わない①』からお読みください↓
再会
転校という形で離ればなれになったが、私の胸にはいつも彼女がいた。
転校先で過ごした中学の最後の1年、高校生活3年間、素晴らしい女性は何人もいたが、恋心を抱くまでには至らなかったように思う。
彼女に縛られていたわけではない。
私達は別に付き合っていたわけでもないし、ただ単に彼女より好きになれる女性と出逢わなかっただけだ。
そうこうしているうちに、女性とは縁遠いままに大学に進学した。
先にも書いたが、別に彼女との思い出の縁に縛られていたわけではない。積極的ではなかったものの、「大学では恋愛もするんだろうな」と漠然と前向きに考えてはいた。
高校までの規則的なカリキュラムとは違い、大学生ともなると時間もお金もある程度自由になる部分が大きい。
私は典型的な大学生よろしく、多くの友人知人と大学生活を謳歌していた。
大学1年のある日、友人宅で「集まりがあるから来て!」と連絡があり、何も考えずにのこのこ出て行った時のことだった。
「久しぶり! 4年ぶり、以上かな?」
呑気に上がり込んだ友人宅のリビングに、あの日別れた彼女が、変わらぬ笑顔で座っていた。
「あっ、あぁ、久しぶり……」
突然の再会に、私は明らかに挙動不審だった。
座っているが、あまり背は伸びてなかったろう。
相変わらず小柄で、八重歯が覗く笑顔が眩しかった。
友人が彼女と同じ高校で、話している内に私の話が少し出たらしい。
するとお互いに「視世って知ってる!」となり、集まりに呼ばれる流れとなったようだ。
突然の再会だったが、サプライズ対面以外はギクシャクすることもなく、昔日と同じように仲良く話すことができた。
4年も経つと、当時の恋心はかなり薄れていたのが本音だ。
やはり私も恋に恋する年頃だったのだろう。
話の中で、大学進学で引っ越してきた彼女のアパートと、私の家(引っ越した先の実家)が近いこともわかった。
だが、仲が進展するわけではなかった。
「彼氏がいるの」
話の流れで、そんな発言があったからだ。
それはそうだ。
小柄とはいえ、彼女も全体的に大人の女性になりつつあった。
色恋に疎い私が「可愛い」と思う彼女を、周りの男はなおさら放ってはおかないだろう。
「初恋は叶わない」ってのはこういうことかと噛みしめた私は、また少し胸を刺激されながらも、最後の棘が抜けた気がした。
たまに連絡
彼氏がいることを知ってから、なおさら彼女への恋心はなくなったように思えた。
互いに頻繁に連絡するようなことはなかったが、それでもたまには「大学どう?」「バイトどう?」という、普通の友達同士の連絡ぐらいは取っていた。
しかし「そういえば最近連絡ないな」と思い始めていたある日、彼女からこんなメールが入った。
『相談に乗ってくれない?』
私達は近所の喫茶店で2人で会うことになった。
「彼氏の束縛がひどくて、別れようと思ってるの」
恋愛の機微に疎い私には難しそうな内容だった。
典型的な束縛彼氏で、他の男としゃべることや連絡を取ることを厭い、携帯に入っている男性の連絡先をすべて消されそうになったことから、別れを決意したのだという。
大学生ともなると学部やサークルなどの付き合いも増えるため、自然と異性の連絡先も増えてしまうのは道理だ。
それなのに彼女の彼氏は、父親以外のすべての異性の連絡先を消す寸前までいっていたという。
残念ながら、私にできるアドバイスは少なかった。
少ないながらに色恋は経験したものの、束縛するされるという問題には幸い対面することはなかったため、法律的なアドバイスしかできなかった。
しかしそんな私に、彼女は「ありがとう」と笑ってくれた。
その笑顔に、思わず私は過去に閉じた思い出の蓋を、少しだけ開けてしまった。
「どうして俺に?」
彼女はその愛嬌から、交友関係が広い人だった。
こんな恋愛偏差値が低い私より、もっと相談するに適任な人がいくらでもいただろう。
すると私の問いにはすぐに答えず、彼女は引き出しの奥の奥の方から何かを取り出した。
私に見せつけたのは、1枚の写真だった。
「まだ持ってる?」
嫌がる私の腕を無理矢理引っ張り、奇妙なツーショットになっている中学生時代の私達の写真だった。
「もちろん持ってるよ」
中学2年生、終業式の後の教室で、ピンクの封筒に入れられていた写真。
嘘だった。私は私に嘘をついていた。
恋心を忘れていただなんて、自分を誤魔化すための嘘だった。
あのほろ苦く少し甘い日々は、まだ瘡蓋にもならず、心の奥の奥に生々しく大切に仕舞い込まれていたんだ。
「好きだったよ」
彼女の頬に一筋の涙が零れた。
私の頬にも一筋の涙が零れた。
「俺も、ずっと好きだった……」
私達は涙を拭うことなく、触れることもなく、ただ見つめ合った。
それからは互いに言葉を発さなかったが、私の帰り間際、彼女は八重歯を覗かせながら小さく言った。
「もうちょっとだけ、待っててね」
今はまだ近づけないことを示すかのように、返事をする前に扉がパタンと閉じた。
(4年以上も待ったんだ。あと少しくらい)
言えなかった返事を、心の中で呟いた。
連絡
(まだ彼氏と別れられないのかな? 束縛彼氏だって言ってたから、もめてるんだろうな)
彼女からの連絡は以前よりも少なくなっていたが、なんとなく事情を察していたし、別れ話の最中に他の男からの連絡は余計な火種になりそうだと思い、私からは連絡しなかった。
バイク通学の途中に遠目に姿を見かけることも稀にあったので、元気そうならよかった、いくらでも待つさと、遠い距離さえ心地よかった。
そんな日々が続いた時のことだった。
彼女からの電話が鳴った。
しかしその電話は、待ち望んでいたものではなかった。
「もしもし?」
『視世さんで間違いないでしょうか?』
聞こえてきたのは彼女の声ではなく、どことなく疲れた大人の女性の声だった。
「あっ、はい、そうですが……」
電話の向こうの女性は彼女の母親だといった。
中学生の頃の学校行事の際に挨拶したこともあり、言われてみれば何となく聞き覚えのある声だった。
少しだけ懐かしさを噛みしめたのも束の間、父親の「転勤になった」という報告のとき以上の絶望が私を襲った。
『娘が……亡くなりました』
私の記憶が確かなのはそこまでだった。
その後の話は覚えていない。
おそらく大きすぎるショックに、すべて生返事で終話したのだろう。
事故だった。
大雨の日の夜、ただでさえ視界が悪い状況で、スリップした車の事故に巻き込まれたのだった。
葬式には行かなかった。いや、行けなかった。
安らかに眠る彼女を見たら、否が応でも事実を受け入れなければいけない。
近所のコンビニばったり会うことも、遠目に姿を見ることも、メールや電話がこないことも、すべて目の当たりにしなければならない。
逃げた。
現実から逃げた。
葬儀の日には信じられないほどの着信やメールが入っていたが、すべて無視した。
まだしばらく私の人生は続くが、間違いなく人生で最大の後悔だ。
ちゃんとお別れをしておけばよかったと、今だからこそ思える。
ちゃんとお別れをしなかったからこそ、私の今世での恋愛の時間はすべて止まっていて、進むことはない。
お別れから逃げたので、涙は出なかった。
時折こぼれそうになる涙も、なぜだか我慢した。
季節は夏だった。
初恋は叶わない
悲しみから立ち直り、彼女のお墓参りをできるようになるまでは、かなりの時間がかかった。
いるはずもないのに、近くのコンビニにいるんじゃないかと期待したりした。
来るはずもないのに、あの日相談に乗った喫茶店で時間を潰したりもした。
周りからの励ましもあり、何とか現実を受け止めて初めての墓参りに出かけた時、彼女の母親が待っていた。
後から聞いた話だが、友人の1人が「視世が明日墓参りに行く」という連絡をしていたらしい。
「久しぶり。大人になったわね」
中学生の頃、授業参観などの行事で見かけた時より少しだけ歳を取った彼女母親が、優しく話しかけてくれた。
娘を亡くし、私なんかよりツラいはずなのに、彼女と同じように葬式にも顔を出さなかった私なんかに、笑顔を向けてくれたのだ。
「ごめ、んなさい……」
これまで我慢していた涙が、堰を切ったように流れ出す。
固い墓場の地面に膝から崩れ落ち、彼女と彼女の母親に心から謝った。
彼女の母親は優しく私を抱きしめ、少しだけ目を潤ませて言った。
「中学生の頃と変わらないわね、視世くんは。真っすぐで優しいまま」
そんなことはない!
そう叫びたかったが、泣くこと以外できなかった。
私は逃げた。
実の母親でさえ受け止めたのに、私は逃げたのだ。
真っすぐでもない、優しくもない、ただの卑怯者だった。
「あの子ね、私にも言ってたのよ。今の彼氏とちゃんと別れたら、視世くんと付き合うんだって」
大切に保存していたのか、その旨が記されたメールを見せてくれた。
「視世くんなら、私も何の文句もなかったのにね」
いつまでも泣き伏せる私にそれ以上は言わず、泣き止むまでずっとずっと待っていてくれた。
これは実際に私が体験した話だ。
ドラマのような話だろう、自分でもそう思う。
私も人から「こんなことがあったんだ」と聞かされたら、申し訳ないが疑ってしまうだろう。
だけど、信じてもらおうだなんて思ってない。
私が彼女と結ばれるのは、残念ながら「もうちょっと」で済みそうにないが、こればかりは仕方ないことだ。
今度はこっちの番だ。
「もうちょっとじゃないけど、待っててくれるかな?」
私は冷たく光る彼女の墓に投げかけた。
もちろん返事なんてない。
初恋って叶わないんだなと、夏の陽射しの下で苦笑いした。
終わり
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