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「いってきます」を口にするのが久しぶりすぎて戸惑った話

「いってらっしゃい」と言われた。
反射的に「いってきます」と返した。
けれど、その言葉を口にしたのがきっと久しぶりすぎたせいだ。発音した途端に違和感があってくすぐったいような、不思議な感覚になった。

玄関を出て、鍵をかけた瞬間の出来事だったけれど、相手は家族ではない。親しい友人でもない。

じゃあ誰なんだよ。
オカルトか犯罪の匂いのする怖い話かと思いきやもちろんそうではない。

相手は佐川急便のおじさんだ。


*****


陶芸家なんてものを職業にしていると、一般家庭には決して届くことのないであろう郵便物が頻繁に届く。

粘土だ。

器を作るための材料となる粘土。
そう、やたら重たい土の塊である。

私は栃木県にある陶芸の産地・益子から土を取り寄せている。
一体が20kgの四角い塊で、それを一度に大抵5、6個注文する。

皆さまがスーパーで買って帰るお米は何kgでしょうか。
一人暮らしなら2〜3kg、ご家族なら5kgや10kgといったところでしょうか。
それを踏まえた上で想像して欲しい。
謎の四角い重たい塊(もちろん包装されているので外からはそれが何だかは分からない)が100kg近く定期的に届く女の家を。

なんなんこいつ?
である。

そんなわけで我が家に荷物を届けてくれた配送業者の方の8〜9割は、息を切らしながら重ったい塊を運び終えた後に「こ、ここに、、サインを、、、ていうかこれ、、なんなんですか??笑」と聞いてくれる。無理もない。私がクロネコでもカンガルーでも絶対に聞きたくなる。

「粘土なんですよ〜、実は仕事で陶芸をやってまして、へへへ。」とヘラヘラ答えると、案外興味を持ってくれて話が広がったりするので、人と話すことに植えている孤独な陶芸家にとっては、ありがたい交流でもある。

中でも頻繁に会うおじさんがいる。
おじさんなんて言ったら失礼かもしれないが、名前も知らないので便宜的にそう呼ばせて欲しい。
笑顔が素敵で、ハキハキと仕事をこなす、親しみやすいおじさんだ。
クールな人だと特に会話もせずにハンコだけ押しておしまいって人もいるけれど(というかそれが当たり前だよね)、おじさんは私が陶芸家だと知ってからは、何かしら一言二言交わすようになった。
「調子どう?」とか、泥に汚れた私の手を見て「お!作ってるね!」とか。私もそれに対して「ぼちぼちですよ〜」とか「納期がヤバいです!」と返したりしている。
大都会TOKYOでも、そんなやりとりはあるもんだよね、と温かい気持ちになる。

そんなおじさんとばったり会った。
私の部屋ではないけれど、別の階に荷物を届けるようで車を降りたところのおじさん。
近所のカフェに仕事しに行くために家を出て鍵を閉めたところの私。

「「あ」」とお互い認識したすぐ後に「いってらっしゃーい」とおじさん。
反射的に「いってきまーす」と私。

おじさんに背を向けて歩き出したところで、なんとなく、今口にした言葉への違和感を感じた。
「いってきます」なんて誰かに言うの久しぶりだな。
送り出してもらうっていいもんだな。

なんの小説だかコピーだか忘れたけれど、
「寒いね」って言ったら「寒いね」って返ってくる、それが幸せ。
みたいな文章を目にした記憶がずっと残っていて、多分その感覚に近い。

「結婚して良かったと思うことって何?」と聞いた時に
「んー、家に帰ったときに、おかえりって言ってくれる人がいるってことかな」
と答えた友人の心情も同じようなものだったのかなと思う。

結婚したら孤独じゃなくなるとか、そういうことではないんだけども。
人はやっぱり、根本的には独りではないんだなーと思う。
時々どうしようもなく孤独を感じて、世界から見放された気がして、ああ私なんていてもいなくても一緒だわとうずくまって寝る日もあるけれど。それと同時に、ひょんな言葉一つで救われたりもするから。

なんかそういうのっていいよね。
そういうことに気づける自分でいたいし、
私も誰かにとってそういう存在になっていたいなと思う。

そんなお話。


読んでいただきありがとうございました! サポートしていただいた資金で美味しいものを食べて制作に励みます。餃子と焼肉とカオマンガイが好きです。