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自分の記事の一番の読者は自分、という気づき

 目から鱗が落ちるようなnoteを読んだので、今その勢いのまま書いています。
 あすずさんという方が書かれた以下のnote記事です。

 あすずさんは毎日noteの記事を書かれていて、文章だけでなく絵も描いていらっしゃいます。
 しかし御自身は"「こんな画力なのに私が描く意味ってあるのか」"と悩むこともあったそうです。そんな中、"絵は私にとってコミュニケーションの言語のひとつです。"という一文に出会い、「自分が絵を描きたいのは伝えたいことがあるからだ」と気づいたそうです。

なぜなら、私より絵が上手い人はいくらでもいますが、
私が伝えたいことを私が伝えたいように描いている人はいないからです。

むしろ「私が描くしかない」とすら思うようになりました(笑)。

あすず@文×絵で毎日アウトプット 162.絵はコミュニケーション言語のひとつだと気づいた話【伝えたいことがあるなら絵を描く意味はある】

 私もあすずさんのこの一文に気付かされました。私のnoteもそうだ!私が書きたい内容を私が書きたい形で文章にしている人は他に居ません。だから私が書いているんだ、と。

 私の記事は、自分の過去のことや自分が思っていることを書いている、要するに自分語りの文章です。
 私がよく読むnoterさんの記事は読者に向けて書いていて、読者に役立つようなライフハックの記事もよく書いていらっしゃいます。
 そういうnoterさんと比べると、私は完全に自己満足の記事だし、書いてて意味あるのかな、と最近ちょっと思っていました。
 しかし、「自分が書きたい文章は自分しか書けんやん!」と気づいたら、その思いは変わりました。

 いつだったか聞いた話で、ある有名な料理人が「私が作った料理が一番美味い」と言ったそうです。その意味は、「自分の料理が一番上手だ」という意味ではなく、「自分の料理が自分にとって一番美味しい」という意味です。
 つまり、腕のある料理人が、自分が好きな料理を自分が好きな味付けで作ったら、自分にとっては一番美味しい、ということです。他の料理人の方が料理の腕前が上であっても、自分が一番好きな味付けは自分が一番分かっているのですから。

 それと同じで、私が一番読みたい文章は、私にしか書けない、と気づいたのです。
 自分が読みたい内容を自分が読みやすい文体で書くのは自分しかいない!自分の一番の読者は自分だったんですね。

 私は最近noteを始めましたが、文章を書くことに慣れていないので記事は毎回難産です。でも、出来上がった文章は「いいじゃん」と自画自賛しています(笑)
 もちろん、文筆家と言われる人の文章には遠く及ばないですし、それどころかフォローしている他のnoterさんより稚拙な文章である自覚はあります。
 でも!私にとっては読みやすいし!好きな文体だし!満足しております(笑)

 どこか「えー、俺の記事、他の人の役にも立たないし意味あるんかなぁ」と思っていたモヤモヤが解消されました。視界がパッと晴れた感じです。
 あすずさんありがとうございます!感謝!

 というわけで、これからも私は「自分」という読者が一番読みたいものを書いていく所存です(笑)
 そんな私のnote記事が、もしどなたかの役に立つことがあれば幸甚です。


 本日は以上です。スキやコメントいただけると嬉しいです。
 最後まで読んでくださりありがとうございました!