京都府における低所得世帯率推計と生活保護捕捉率推計-1999年・2004年・2009年の全国消費実態調査から

京都府立大学公共政策学部  中根成寿
京都府健康福祉部福祉援護課 鈴木良章

注)本調査報告は京都府立大学公共政策学部の学内紀要である『福祉社会研究』 (14), 81-93, 2013年、に掲載されたものを、第1著者である中根の責任において転載するものです。2016年1月現在、本調査報告は電子化されておらず、電子化の後はそこにリンクを貼って、このエントリは削除する予定です。一部、引用機能を使って読みやすくしてあります。

1. はじめに

(1) 調査の目的と意義
 本調査の目的は、京都府における低所得世帯率、ならびに生活保護捕捉率の推計である。本調査における低所得世帯とは、月ごとの世帯収入が最低生活費を下回っている世帯のことをいう。この基準に該当する世帯が、全世帯に占める割合を「低所得世帯率」という。低所得世帯に該当するかどうかの基準には主に2つの基準が用いられる。

 1つは、OECDの低所得基準であり、当該国の全世帯の月ごとの所得の中央値の50%以下、という基準である(以下OECD基準)。OECD基準は資産を考慮せず、月ごとの可処分所得で判断を行う。

 もう1つの基準は、生活保護法の基準額によって定められた世帯ごとの最低生活費(世帯の構成、構成員の年齢や障害の有無によって異なる)を下回っていること(以下生活保護基準)である。生活保護基準では、月ごとの可処分所得のみで低所得世帯に該当するわけではなく、貯金や不動産・有価証券、住宅ローンの有無などの資産があれば、低所得世帯には該当しない。よって、OECD基準よりも狭い低所得世帯の基準となる。

 生活保護基準を下回っていれば、原則は生活保護制度による保護を受けることが可能である。しかし生活保護制度は、利用者の申請によって保護が開始されること、また生活保護を利用することの精神的負担感(スティグマ)により、必ずしも基準に該当する個人や世帯が生活保護を受給しているわけではない。生活保護基準によって低所得世帯に該当する世帯のうち、実際に生活保護を受給している割合を「捕捉率」という。

 本調査の意義は、低所得世帯率と生活保護捕捉率の推計を京都府という地域を限定した上での推計を行うことにある。これまで、都道府県レベルでの低所得世帯率の推計は行われていない。現在、地方自治体ごとに低所得者支援が進められている状況において、地域特性に合わせた支援を行い、その効果を判断するためには、地域別、都道府県別の低所得世帯率と生活保護捕捉率を把握しておくことの意義は大きい。

(2) 低所得世帯率に関わる先行研究

 厚生労働省は2009年に、OECD基準による日本の相対的低所得率及び子どもの相対的低所得率を公表した。それによると1998年から2007年までの日本における相対的貧困率は、14.6%〜16.0%で推移しており、子どもの貧困率は13.4%〜15.7%で推移している。OECD基準は貧困線を「相対的」に捉えており、これは生活保護制度が採用する衣食住の最低限度の生活水準を示す基準とは異なった指標である。

 前述の通り低所得(=貧困)の捉え方は、OECD基準による当該国全体の所得に影響を受ける相対的な貧困基準と、生活保護基準による二つのアプローチがある。政治的要因を含めて決定される生活保護基準は、統計的な指標で相対的に決定される貧困基準とは異なる「政治的に恣意的な基準」であると言える。

 相対的な貧困率を重視するアプローチをとる研究者は、生活保護基準は貧困一般を代表していないと指摘してきた(岩田 2005:172)。よってこれまで研究者は、生活保護率=貧困率とはとらえずに独自に貧困率の算出を行っている。

 江口(1979) の調査は東京都と中野区という自治体に限定したという意味で先駆的な研究であり、生活保護基準の低所得世帯率は中野区で26.2%(東京都19.1%)と報告されている。
 星野(1996)は、1989年の全国消費実態調査個票を分析し、生活保護基準(1級地1のみ)の低所得世帯率を4.15%と報告をしている。
 小川(2000)は、1994年の国民生活基礎調査個票をもとに推定を行い、OECD基準での低所得世帯率を14.32%としている。
 駒村(2003)は、全国消費実態調査個票を元に4つの年次の低所得世帯率の推計を行い、 生活保護基準を採用し、それぞれ1984年8.70%、1989年3.03%、1994年8.40%、1999年7.70%という数値を推計している。
 藤澤(2005)は、2002年と2003年の日本版general social survey(JGSS)を用い、OECD基準による低所得率を16.9%、資産を考慮した擬似的生活保護基準による低所得率を9.5%と推計している。

 2009年の政権交代直後、厚生労働省が初めて貧困率を公表した際に使われた資料は国民生活基礎調査である。この調査方法は、資産を考慮しないOECD基準によって公表されており、1998年〜2007年までの国民生活基礎調査による貧困線以下の世帯の割合をそれぞれ14.6%、15.3%、14.9%、15.7%としている。

 また厚生労働省社会・援護局保護課(2010)がナショナルミニマム研究会に提出した資料では2004年の全国消費実態調査を利用した生活保護基準での所得のみの低所得世帯率は所得のみの場合4.9%(住宅扶助無)、6.7%(住宅扶助有)、資産を考慮した場合それぞれ0.3%、0.7%となっている。また同資料による2007年国民生活基礎調査を利用した生活保護基準での低所得世帯率は所得のみ12.4%、資産考慮4.8%となっている。

 上記の先行研究をまとめた表1を示す。( )で囲まれた数値は生活保護基準、囲まれていないのはOECD基準である。分析に使用するデータ、低所得世帯の定義や基準の設定により、調査ごとに大きなばらつきを見せる。また欠損値の扱いなどでも統一された手法が確立されておらず、推計値であることを考慮する必要がある。

 各調査の推計値から共通して言えることは、生活保護基準による低所得世帯率は0.7%〜9.5%の範囲であるのに対して、OECD基準では6.7%〜16.8%とかなりの開きがあることである。これは生活保護基準が資産を考慮したものであることに対して、OECD基準は月ごとの可処分所得(フロー)のみに着目した基準であることが指摘できる。

 このことを考慮しても厚生労働省の2010年の全国消費実態調査を元にした低所得世帯率の6.7%は他の研究と比較して著しく低い。厚生労働省はこれを分析対象データの「統計のクセ」が原因としているが、吉永ら(吉永他 2010:10)は「『クセ』のレベルを超えている」と指摘している。

(3) 生活保護捕捉率に関わる先行研究

 前節では、全世帯に占める低所得世帯率の先行研究を概説した。この節では、低所得世帯率のベースにした生活保護の捕捉率に関する先行研究を整理する。日本においては1953年から1965年までの間は厚生省によって生活保護の捕捉率が公表されていた(河合 2001:266)。厚生省(当時)報告によれば、1953年〜1965年の世帯捕捉率は30.0%〜44.8%、人員比捕捉率は17.5%〜35.8%であった。これ以降は、研究者によってそれぞれ推計がなされている。ここでは1990年代以降のものを概説する。

 小川(2000)では、1994年の被保護者全国一斉調査、1995年の国民生活基礎調査をもとに、世帯主年齢階級別捕捉率を算出し、全年齢階級の捕捉率平均を9.9%と推定している。
 河合(2002)は、1995年の東京都港区の単身高齢者の捕捉率を12.7%であると指摘している。
 駒村(2003)では、同研究で得られた低所得世帯率を元に、1984年、1989年、1994年、1999年の捕捉率を、それぞれ16.51%、25.22%、12.02%、18.47%としている。
 橘木・浦川(2006)では、社会福祉行政業務報告、被保護者全国一斉調査、国民生活基礎調査から作成した世帯保護率を元に、1995年、1998年、2001年の捕捉率を推定している。それぞれ、19.7%、16.3%、16.3%であり、20%以下の数値とされている。

 前項でも紹介した厚生労働省社会・援護局保護課(2010)の調査では、2004年の全国消費実態調査、2007年の国民生活基礎調査を元に、所得のみを考慮した場合と資産を考慮(住宅、土地、自動車、貴金属等は含まず)した世帯比による捕捉率を提示している。2004年の全国消費実態調査(住宅扶助考慮)では所得のみ23.8%、資産考慮75.8%、2007年の国民生活基礎調査では所得のみ15.3%、資産考慮32.1%となっており、資産を考慮した場合での捕捉率の差は、倍以上の開きを見せている。厚生労働省の提示したデータだけをみても、捕捉率を正確に推定することは、困難な作業であることが指摘できる。これらの捕捉率推計の先行研究をまとめた表2を示す。

2. 調査方法

(1) 本調査で使用する統計資料

 低所得世帯率の推計を行うには、OECD基準、生活保護基準のどちらを採用するにせよ、世帯ごとの①最低生活費の設定、②認定所得の計算(所得の認定)の作業が必要となる(駒村 2003)。この2つの作業を行い、OECD基準での「貧困線」、生活保護基準によって設定された「最低生活費」を下回る世帯の数と京都府の世帯数を比較し、全世帯に占める低所得世帯の割合が低所得世帯率となる。

 また生活保護の捕捉率は、低所得世帯数と、保護の受給状況を調査した「全国被保護世帯一斉調査」を比較することで推定できる。

 低所得世帯数の推計には、厚生労働省が実施主体であり、毎年実施される(大規模調査は3年に1回)「国民生活基礎調査」と、総務省統計局が実施主体であり5年に1度実施される「全国消費実態調査」が用いられることが多い。どちらも都道府県の関係機関を通じて、対象世帯が抽出され調査が行われているために、都道府県別の変数が存在する。

 しかし「国民生活基礎調査」は個票の段階で都道府県情報が完全匿名化されており、都道府県ごとの分析を行うことはできない。よって今回の調査の目的に適合しないため、本調査では「全国消費実態調査」の1999年調査、2004年調査、2009年調査の個票を利用する。

 吉永ら(2010)は、厚生労働省による捕捉率推計(厚生労働省社会・援護局保護課, 2010)について、全国消費実態調査は家計簿を付ける作業において記帳能力と時間的余裕が必要であることを指摘し、低所得世帯の量的推計になじまないと指摘をしている。また全国消費実態調査は国民生活基礎調査と比較して、やや収入が高くなる傾向があり、この点においても留意しておく必要がある。また最低生活費の設定は世帯人数や家族構成によって異なるが、全国消費実態調査では、家族構成や、各種加算の全てが再現できる訳ではないので、大まかな推計に留まらざるを得ない点で限界があると言える。

 さらに、全国消費実態調査は全国での実態を明らかにするための調査であるので、京都府のみを対象とする本調査の場合、標本の大きさが母集団に対して小さくなり、標本誤差が生じる可能性が高い。今回の調査で用いる全国消費実態調査の2004年次の京都府の標本サイズは、複数世帯(構成員が2人以上世帯)は874世帯、単身世帯は100世帯である。2005年の国勢調査によれば、京都府全体の世帯数は、1,063,907世帯であり、そのうち複数世帯は713,439世帯、単身世帯は350,468世帯である。必要な標本サイズを誤差5%以内で計算すると、複数世帯で1534世帯(今回調査874世帯)、単身世帯1533世帯(今回調査100世帯)であると推定される。

 今回の調査の分析の対象となった京都府の標本サイズ(単身世帯/複数世帯をふくむ)は、1999年データで1095世帯(単身世帯180世帯、一般世帯915世帯)2004年データで974世帯(単身世帯100世帯、一般世帯874世帯)、2009年データで879世帯(単身世帯85世帯、一般世帯794世帯)である。

(2) 最低生活費の推計方法

 本調査ではまず世帯ごとの生活保護基準での最低生活費を算出した。最低生活費とは生活保護法で定められた年ごとの基準に沿って、世帯の構成や居住地域、各種加算を満たす条件などを基準として、世帯毎に算出される最低生活費の基準額である。認定所得が最低生活費を下回っており、その他資産の基準等を勘案して生活保護対象世帯と認定されると、認定所得と最低生活費の差額が生活保護費として支給される。

 今回は全国消費実態調査の個票から「居住地」、「世帯主の年齢」、「世帯構成人数」、「就業人数」、「非就業人数」、「子どもの同居の形態(同居生計同一、同居生計別、同じ敷地内、近隣同居、片道1時間以内、片道1時間以上、子はいない)」が明らかになっている。

 生活保護制度は、8つの種類の扶助から成り立っており、それぞれ生活扶助(1類、2類)、住宅扶助、教育扶助、介護扶助、医療扶助、出産扶助、生業扶助、葬祭扶助である。今回は日常的な扶助でありなおかつ個票から推定できる生活扶助、教育扶助のみを対象とする。

 生活扶助は、生活保護の基本となる現金部分の給付であり1類と2類から成り立っている。1類は、家族それぞれの年齢に応じて食費や衣類に利用されることを想定しているために、構成員それぞれに基準額が異なる。2類は家族世帯全員で使うと見なされるもので、光熱費などに利用されることを想定しているために、世帯の人数によって基準額が決定される。また住んでいる地方の級地ごとの基準額(都市で高く、農村部で低い)が定められている。その他構成員の状況によって加算がある。これらの各種加算は、全国消費実態調査の個票ですべて把握することはできないため、今回の調査では必ずしも各世帯の最低生活費を完全に算出できている訳ではない。

 今回の調査では、家族構成員の年齢や子どもの学年齢を把握することができていないため、生活扶助、住宅扶助教育扶助の推定は次のように行った。

 生活扶助基準第1類の基準額を世帯主の居住地域と年齢によって、世帯人数分を合算した。世帯主以外の年齢が不明なため、世帯主と世帯構成員全員を同年齢としてみなすこととした。生活扶助基準第2類の基準額(冬季加算は除外)、各種加算を合計して算出する。

 教育扶助は1999年〜2009年までの間で、基準額と特別基準額を併せておおよそ小学生約3000円、中学生約5000円である。この点に留意して、教育扶助の推定は「子どもが同居生計同一」の世帯に対して、「世帯構成人数」から「非就業人数-1」×5000円を一律に教育扶助として加算した。つまり、非就業人数の内1名は主に家事を担う成人であると仮定し、他の非就業人数をすべて中学生とみなして、教育扶助を推定している。住宅扶助は、居住形態が所有か賃貸かの把握ができていないため、今回の調査では住宅扶助は考慮に入れていない。

 この推計で求められた1999年、2004年、2009年の複数世帯、単身世帯の生活保護基準による最低生活費の年額は表3のようになった。同じ全国消費実態調査を使用した駒村(2003:113)の調査、1999年のデータのみ、重複している。駒村の調査は全国を対象としているために複数世帯/単身世帯ともに本調査推計と上下に年収で8万円ほど誤差が生じている。

(3) 認定所得の計算方法

 生活保護費の受給額は、前項で算出した世帯ごとの最低生活費と認定所得の差額が支給される。世帯認定所得とは、給与収入、事業収入、年金収入等から、基礎控除、給与所得控除、社会保険料控除、所得税などを差し引いたものである。全国消費実態調査では、世帯主と世帯主以外の給与収入/事業収入/年金/その他の収入が明らかになっている。年間収入はこれらを合算したものを用いる。

 認定所得月額の計算は、駒村(2003)の基準を用い、以下のように推定する。

 年間所得税は、世帯のうちもっとも多い収入をもとに、世帯を①給与所得世帯、②事業者世帯、③年金等生活者世帯で分け、所得税率を計算できる給与所得世帯のみを対象に検討する。所得税を推定するためには、給与所得世帯の給与所得控除を算出する必要がある。給与所得控除は、年収180万以下=収入×40%(65万円に満たない場合は65万円)、180万以上360万以下=収入×30%+18万円、360万以上660万以下=収入×20%+54万円、660万以上1000万以下=収入×10%+120万円、1000万以上=収入×5%+170万円とし、課税対象額とする。控除後の所得から、所得税を195万円以下5%、195万円超330万円以下10%、330万円超695万円以下20%、695万円超900万円以下23%、900万円超1,800万円以下33%、1,800万円超40%として、年間所得税を推計する。

 年間社会保険料は、①給与所得世帯、②事業者世帯、③年金等生活者世帯で分け、給与所得世帯は所得の10%、事業者世帯と年金等生活者世帯はそれぞれの調査年ごとの国民年金保険料月額×12と、国民健康保険料を収入の10%と仮定し、推定する。

 各種控除は、給与所得世帯の給与所得控除の他、基礎控除、扶養控除、社会保険料控除を利用する。基礎控除は38万円×就業世帯人数として算定した。扶養控除は、世帯のうち非就業者人数が判明しているため、38万円×非就業者人数として算定した。

 年間収入−推定年間所得税額−推定年間社会保険料−各種控除/12(ヶ月)を認定された認定所得月額とした。この推計で求められた1999年、2004年、2009年の一般世帯、単身世帯の認定所得の年額は表4のようになった。

3. 分析結果

(1) 京都府における低所得世帯率の推計

 これまでの作業によって得られた、世帯ごとの生活保護基準最低生活費と、世帯ごとの月額認定所得をもとに、低所得世帯率の推計を行った。この段階からデータを京都市部と京都市以外の地域(以下京都府部)に分けて、地域ごとに分析を行い、京都府全域の推計については、京都市部と京都府部の実際の世帯数比に応じたウェイト調整を行った上で推計した。なお、各地域の標本数、世帯数及びウェイト調整率は表5のとおりである。

 まず、年次ごとに、月額認定所得−月額最低生活費<0となる世帯(以下フロー低所得世帯)について、カウントした。京都府下の各年次のフロー低所得世帯率は表6のとおりである。2004年の京都市フロー低所得世帯率が他の年次と離れた値を示し、京都府全域のフロー低所得世帯率にも強い影響を与えている。これは標本誤差によるものであると推測される。

 生活保護費の支給については、資産を含めた判断になるため、フロー低所得世帯=生活保護世帯となるわけではない。よって、預貯金や有価証券等の資産合計が最低生活費1ヶ月未満の世帯(ストック低所得世帯)についてカウントした。また、生活保護制度では、住宅ローンがある場合は、住居の活用を行うことが保護を受ける要件とされていることから、住宅ローン残額がある世帯もストックがあると見なし、ストック低所得世帯から除外した。京都府下の各年次のストック低所得世帯率は表7のとおりである。

 さらに、フロー低所得世帯とストック低所得世帯の両方に該当する世帯を「生活保護基準該当世帯」としてカウントした。ここでカウントされる世帯は、生活保護を受給できる収入要件・資産要件を満たすと考えられるが、実際には受給していない、いわゆる「漏給」(未申請含む)の可能性がある世帯である。これらの世帯の中には、生活保護制度が申請主義であることから生活保護制度を利用することに対する精神的な負担感(スティグマ)等により申請しないケースや親族からの扶養がある、稼働能力はあるも一時的に収入減となっているなど、保護に至らないケースも含まれる点には留意が必要である。京都府下の各年次の生活保護基準による低所得世帯率は表8のとおりである。

 先行研究と比較を行うために、OECD基準による相対的貧困率の算出も行った。OECD基準は、等価可処分所得(世帯所得/世帯人数の平方根)が当該年度の中位所得50%(貧困線)を下回っている世帯を低所得世帯と見なすものである。年度ごとの中位所得50%の値は厚生労働省が国民生活基礎調査の概況の中で使用している数値(実質値)を利用する。1999年は2001年のデータを用い120万円、2004年は117万円、2009年は112万円である。京都府下の各年次のOECD基準による低所得世帯率は表9の通りである。OECD基準は、資産を考慮しない基準のため、フロー低所得者世帯率と近似した値を示している。

 これまで見てきた各推計結果において、2004年次の推計値が、他の年次の推計値と大きく異なっている。これは、抽出された標本に偏りが生じていることや欠損値が多く含まれていることが影響していると推測される。今回の調査は、全国を対象とした抽出調査のサンプルに対して、京都府の個票に限定した分析であり、理想的な標本サイズを下回ることを避けられない。より慎重を期すためには、他の都道府県の推計値との比較や、全国消費実態調査以外の調査による推計値との比較が今後、必要と考える。

(2) 京都府における生活保護捕捉率

 次に生活保護の捕捉率の推計を行う。駒村(2003:121)は、低所得世帯と生活保護の関係を表10のように整理している。低所得世帯か否か、生活保護受給の有無の組み合わせのうち、①は不正受給(濫給)④は非捕捉(漏給)、②・③は生活保護制度の適正な運用となる。

 全国消費実態調査では、収入が生活保護費によるものかどうかは判別不可能であるが、認定所得が最低生活費に満たない場合に、差額を補填する制度が生活保護制度であることから、今回の調査においては原則として、生活保護受給者の収入(生活保護費含む)は最低生活費を下回ることはないため、低所得世帯とカウントした世帯数は全て④に該当するものと推定する。

 ①は全体の0.3%程度と無視できるほど少ないので考慮しない(尾藤他 2011:95)。②については、当該年度の京都市/京都府の生活保護受給世帯数(厚生労働省の「被保護者全国一斉調査」の都道府県別保護世帯数の当該年度版を利用)で把握できる。④は生活保護を受けていないため、今回の調査で低所得世帯と認定された世帯数(1999年49.7世帯、2004年65.7世帯、2009年42.5世帯)を京都府の全体の世帯数と比較し推計する(1999年46,630世帯、2004年72,103世帯、2009年53,931世帯)。

 ②と④を合わせた数が、京都府における広義の低所得世帯となる。低所得世帯率については、上記の広義の低所得世帯数(②+④)を京都府の全世帯(①+②+③+④)で除して求める。結果は表11のとおりである。

 さらに今回の調査で最も重要となる生活保護の捕捉率は以下の数式で表される。

 以上のように生活保護捕捉率を推定し、年次ごとに集計したものが表12(世帯比)である。

 厚生労働省が2010年に発表した2004年の全国消費実態調査にもとづく全国での生活保護捕捉率は、住宅扶助を考慮しない場合で87.4%、住宅扶助を考慮する場合で75.8%である。また同時に報告されている2007年の国民生活基礎調査にもとづく捕捉率推計は、32.1%という数値が推計されている。今回の京都府における3年次分の捕捉率は、29%〜39%程度に位置しており、全国消費実態調査にもとづく厚生労働省の報告と著しい乖離を見せている。

 なお、今回の京都府推計及び厚生労働省による全国推計では、調査から推計された生活保護基準該当世帯には、生活保護受給世帯は含まれていないという前提を置いている。よって、実際に生活保護受給世帯も含まれている場合、捕捉率は過小評価されることとなる。仮に、今回の推計において、生活保護受給世帯全てが推計された生活保護基準該当世帯に含まれるとした場合、捕捉率は40%~65%程度まで上昇することになる。

4. 考察

(1) 生活保護基準における資産要件について

 本調査において、収入フローのみに着目したフロー低所得世帯率は9.2%~21.5%となる一方で、資産面も考慮した生活保護基準低所得世帯率は4.6%~6.8%とフロー低所得世帯率と比べかなり低い割合となっている。これは、低収入世帯でも資産保有を理由に生活保護を受給できない世帯が多く存在する可能性を示唆している。本調査では資産要件として、預貯金が最低生活費1か月分未満、住宅ローン残高なしとしているが、仮にこれを最低生活費12か月分未満に緩和すると、0.8%~1.8%の生活保護基準低所得率の上昇、さらに、住宅ローンも考慮しない場合、0.9%~2.7%の上昇が認められる。

 預貯金が最低生活費の1か月分を下回らなければ、生活保護を受給できない現状では、低収入世帯は、日々貯蓄を取り崩す不安定な生活とならざるをえない。また、住宅ローンについても、不動産価格が上昇基調にあるときは、住宅を活用し、住宅ローンを返済することが必要であるが、特に郡部での不動産価値は下がりやすく、売却資金を住宅ローンの支払いに充当しても、ローンの一部が残り、住宅も失うという生活基盤の毀損につながりかねない。吉永ら(2010)も、イギリスなどのEU加盟の先進工業国と比べ、日本の生活保護の資産要件は厳しく、緩和すべき、と指摘している。低収入世帯の経済的な自立を促す支援を充実させる一方で、生活保護費等の給付が必要な世帯を漏れなく捕捉する制度が必要である。

(2) 先行研究との生活保護捕捉率の比較

 被保護者調査によれば、1999年の京都府の被保護世帯は、22782世帯、2004年は30020世帯、2009年は34948世帯と、10年で12000世帯ほど増加している。低所得世帯率が3.85%〜6.81%の間で推移していると推定すると、捕捉率がその比率を超えて推移していることは、保護が必要な人が申請をし、受給が可能になっていること考えられる。捕捉率の適正な水準に関する指標がないため、望ましい捕捉率を議論することは、本稿の目的を超えているためここでは行わない。

 先行研究では、研究者が推定した捕捉率は9.9%〜25.22%、厚生労働省が公表した捕捉率は32.1%〜75.8%とされていた。本調査では、世帯比で29.4%〜39.32%とこれまでの研究者の推定値よりはやや高く、厚生労働省の公表よりは低い数値となった。同じ2004年の全国消費実態調査にもとづきながら、本調査の推計は厚生労働省(2010)による全国推計と大きく乖離している。この点については欠損値の処理の仕方が影響している可能性がある。厚生労働省が、第11回社会保障審議会生活保護基準部会(2012年11月19日)の資料として提出した「第10回部会における委員の依頼資料等」に2004年及び2009年全国消費実態調査にもとづく十分位ごとの世帯平均年収が記載されている。当数値と同調査の京都府の数値を比較したのが表13である。

 第1・十分位(世帯収入の低い順に並べた際、上位10%に入る世帯層)の平均年収が京都府推計と大きく異なる。また、社会保障審議会生活保護基準部会報告書(2013年1月18日)から、2009年全国消費実態調査の第1・十分位に該当するデータ数は3,125世帯と読み取れる。つまり、全体のデータ数は約31,250世帯と推定される。2009年全国消費実態調査の調査対象数は56,806世帯であることから、全体の約55%のデータのみが使用されていると推察される。

 以上から、生活保護捕捉率の推計ではないものの、同じ生活保護関係の推計において、厚生労働省が全国消費実態調査のデータのうち、欠損値等を除去した上で、推計を行っている可能性が高く、生活保護捕捉率の推計においても、データを除去している可能性が窺える。

 一方で、本調査の推計においては、欠損値を全て0として処理し、データの除去は行っていないことから、下表の第1・十分位の平均収入は低位となり、相対的に、貧困率の上昇及び捕捉率の低下につながっていると考えられる。この点は、捕捉率を算出する統一基準が存在しない現状において、捕捉率を高く出したい立場と、低く抑えたい立場のどちらに立つかによって、データ処理の方法は複数存在する。その際、データ処理の手続きを明らかにすることは政治的立場に左右されない分析には必須の手続きであり、「フェア」な分析が望まれる。

 本調査は、平成24年度 京都府立大学地域貢献型特別研究(ACTR)「京都府における低所得者支援施策の効果的実施に向けた研究~京都式生活・就労一体型支援事業の効果検証、京都府における貧困率等の把握を中心に~」(研究代表者:小沢修司)の成果の一部である。


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山田篤裕(2000)「社会保障制度の安全網と高齢者の経済的地位」『家族・世帯の変容と生活保障機能』東京大学出版会.

吉永純・後藤道夫・唐鎌直義(2010)「膨大な保護からの排除を示す−厚生労働省「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」を読む」『賃金と社会保障』1523,4−16.

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