(42)敵軍の洞察法-竹簡孫子 行軍篇第九
行軍篇の三つの解説は、敵軍を洞察する方法です。
ここまできて初めて、戦場で敵軍と遭遇して、敵の状況を理解する方法になります。敵軍は常に動き、状態も変化していることが特徴です。
戦力が充実しいる場合もあれば、飢えて病気になっているかもしれない。敵は敵の主体的な動きの中で、プラスの状況にもマイナスの状況にもなっています。その状況を見極めることができなければ、自軍のコンディションが良い状態であっても、最終的な決着をつけることはできません。
敵軍の洞察法は、非常に文量も多く、言葉だけでは理解しくいため全てを図に起こしてみました。この図を参考にして頂ければと思います。
【書き下し文】
軍の行(ゆくて)に険阻(けんそ)・潢井(こうせい)・葭葦(かい)・小林・蘙薈(えいわい)の伏匿(ふくとく)す可き者有らば、謹みて之れを復索(ふくさく)せよ、姦(かん)の処(お)る所なり。
【現代訳】
軍隊の侵攻方向に、険しい場所や窪地、葦原、小さい林、草木の密生地など、身を隠すことができる場所に遭遇したならば、注意深く何度も捜索せよ。敵兵が潜伏する場所だからである。
【書き下し文】
敵近くして静かなる者は、其の険(けん)を恃(たの)むなり。
【現代訳】
我が軍が敵の陣地に近づいても、敵が冷静でいられるのは地形の険しさを頼りにしているからである。
【書き下し文】
敵遠くして戦いを挑み、人の進むを欲する者は、其の居る所の易(い)なる者は利するなり。
【現代訳】
反対に敵軍が我が軍と距離が離れて遠くにいるにも関わらず、積極的に戦いを挑み、我が軍を進軍させようとするのは、敵軍が移動しやすい平易な場所にいて攻撃に有利だからである。
【書き下し文】
衆樹の動く者は、来たるなり。
衆草の障(おおい)多き者は、疑なり。
【現代訳】
森林で一面の樹木が揺り動くのは、敵軍がこちらに向かっているのです。
草で作った覆いが沢山あるのは、敵軍の偽装です。
【書き下し文】
鳥の起つ者は、伏なり。
獣(けもの)の駭(おどろ)く者は、覆(ふう)なり。
【現代訳】
鳥が驚いて飛び立つのは、伏兵が隠れています。
獣が驚いて走り出してくるのは、敵の奇襲部隊が近づいているのです。
【書き下し文】
塵(ちり)高くして鋭(するど)き者は、車の来たるなり。
卑(ひく)くして広き者は、徒の来たるなり。
散じて条達(じょうたつ)する者は、憔採なり。
少なくして往来(おうらい)する者は、軍を営むなり。
【現代訳】
遠方で砂塵が勢いよく高く舞い上がっているのは、戦車部隊の移動です。
砂塵が低く広がっているのは、歩兵の移動です。
砂塵があちこちに散らばっているのは、薪を集めです。
砂塵の量が少なく人の往来が多ければ、設営部隊が軍営を張っているのです。
【書き下し文】
辞(じ)の卑(ひく)くして備えを益す者は、進むなり。
【現代訳】
敵の軍使の態度がへりくだっておきながら、敵陣内でおびただしく作業をしているのは攻撃の意志があるのです。
【書き下し文】
辞の強くして進駆(しんく)する者は、退くなり。
【現代訳】
敵の外交官が強気な態度でありながら、敵軍が進行しようとしているのは、退却の下工作をしているのです。
【書き下し文】
軽車の先ず出でて其の側に居る者は、陳するなり。
【現代訳】
軽戦車が先行して待機しているのは、陣を敷こうとしているのです。
【書き下し文】
約なくして和を請う者は、謀るなり。
【現代訳】
特段困っていることもないはずなのに、和睦交渉を持ちかけるのは策略があります。
【書き下し文】
奔走(ほんそう)して兵を陳(つら)ぬる者は、期するなり。
【現代訳】
慌ただしく兵隊が動き布陣しているのは、攻撃のタイミングを見計らかっています。
【書き下し文】
半進半退する者は、誘(さそ)うなり。
【現代訳】
敵軍が進んだり退いたりしているのは、我が軍を誘いだそうとしているのです。
【書き下し文】
杖つき立つ者は、飢うるなり。
汲役(きゅうえき)の先に飲む者は、渇(かわ)けるなり。
利を見るも進まざる者は、労れ倦(う)めるなり。
【現代訳】
兵士が杖をついて立っているのは、全軍が飢えて衰弱しているのです。
水汲み担当が、真っ先に水を飲むのは、水不足で喉が渇いているのです。
敵軍にとって有利な状況にあるにも関わらず、進んで来ないのは、傷つき疲弊しているのです。
【書き下し文】
鳥の集う者は、虚しきなり。
夜に呼ぶ者は、恐るるなり。
【現代訳】
陣営の中に鳥が集まっているのは、人が去ってもぬけの殻なのです。
夜中に大声で呼び合うのは、恐怖で怯えているのです。
【書き下し文】
軍の擾(さわが)しき者は、将の重からざるなり。
旌旗の動く者は、乱るるなり。
【現代訳】
敵の陣営の中が騒がしくて落ち着きがないのは、敵の将軍に威厳がないのです。
伝令係である旗持ちがふらふら動いているのは、戦列が混乱しているのです。
【書き下し文】
吏(り)の怒る者は、倦(う)みたるなり。
馬に粟(ぞく)して肉食し、軍に懸缻(けんつい)無くして、其の舎に返らざる者は、窮寇(きゅうこう)なり。
【現代訳】
官吏が怒っているのは、兵隊の気持ちが緩んでいて、言うことを聞かないからです。
軍馬に人間用の穀物を与える、また輸送に使う牛馬を兵士の食料にする、炊事道具が整頓されていない、兵士が野外に食料を探しに行って宿舎にいないのは、食糧不足で困窮しているのです。
【書き下し文】
諄諄(じゅんじゅん)間間(かんかん)として、徐(おもむ)ろに人に言(かた)る者は、衆を失うなり。
数々(しばしば)賞する者は、窘(くる)しむなり。
数々罰する者は、困るるなり。
【現代訳】
将軍が静かな口調で丁寧に話しているのは、兵士達の心が将軍から離れています。
何度も褒賞を出すのは、兵士達の士気の低下で苦しんでいます。
罰則を強化するのは、命令違反が絶えず困っています。
【書き下し文】
先きに暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精(ぶせい)の至りなり。
【現代訳】
はじめは兵士達に横暴な態度をとっておきながら、後々になって兵士達の離反を恐れるのは、人を使役するための配慮がない事の極みと言えます。
【書き下し文】
来たりて委謝(いしゃ)する者は、休息を欲するなり。
兵怒りて相い迎え、久しくして合わず、又た解き去らざるは、必らず謹みて之れを察せよ。
【現代訳】
敵の使節が謝罪にやってきて休戦を申し込んでくるのは、軍隊に休息を与えるために時間稼ぎがしたいのです。
敵軍の兵士が士気高く、意気揚々と我が軍と対峙しながら、長期間に渡って戦闘を仕掛けてこず、それでいて布陣を解いてその場を去らないのは、必ず何かしらの策略を企んでいるので、慎重にその理由を調査しなければなりません。
敵の洞察方法の数は、合計で32にも及ぶ。これらは敵の状態が、陽、プラスの状態なのか、陰、マイナスの状態を判別するものです。計篇から優位性を積み上げていき、主導権争いをし、変化を作り出し、彼我の戦力差をつくし出した、その集大成を敵の様子から判別する訳です。