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(32)主導権争いとリスク-竹簡孫子 軍争篇第七

「軍争は利為り、軍争は危為り」という。軍争は利益でもあるがリスクであるという意味です。

現代人に生きる私たちは、利益である、リスクであると言われても詳細なイメージがしにくい。そこで図で考えたいと思う。

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まず古代の軍隊は縦列になって従軍する。前と後とではかなりの距離になる。

そういう訳ですから、戦場に早く到達できるということは、まず第一に戦力を集中・充実させられる。次に戦場の中で有利な場所を先に占拠して地の利を得ることができ、さらに兵士たちを休ませて、鋭気を養い、戦いの準備を整えるという利益があります。

この利益、優位性は戦争において非常に大きな差となります。だから何としても主導権争いに勝ち、軍争の利益を取ろうとするのです。

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この何としても早く到達するという軍争の利益を求めて、強行軍をして進む。そうことが大きな危険、リスクだというのです。

では本文を読んでみましょう。

【書き下し文】
軍を挙げて利を争わば、則ち及ばず、軍を委(す)てて軍を争わば、則ち輜重(しちょう)捐(す)てらる。是の故に甲(こう)を巻(ま)きて利に趨り、日夜処らず、道を倍して兼行(けんこう)し、百里にして利を争わば、則ち三将軍を擒(とりこ)にせらる。勁(つよ)き者は先だち、疲るる者は後れ、則ち十にして一以て至る。五十里にして利を争わば、則ち上将軍を蹶(たお)し、法は半ばを以て至る。三十里にして利を争わば、則ち三分の二至る。是の故に軍に輜重(しちょう)無ければ則ち亡(ほろ)び、委積(いし)无(な)ければ則ち亡ぶ。

【現代訳】
全軍を挙げて戦場に先着する利益を取りたいと思っても、計算通りに利益を取るなどできるものではありません。
例えば、各部隊が全軍の連携を無視して、各々勝手に進軍し主導権を獲得しようと躍起になれば、真っ先に補給部隊が置いていかれることになります。
さらに兵士達が身軽になろうと鎧を脱いで担ぎ、利益に向かって突き進み、昼夜を舎かないで、進行距離を二倍にするような強行軍を行って、百里の彼方の戦場を目指して、「軍争」(主導権争い)による利益を争えば、三将軍が捕虜になってしまうのがオチです。
強健な兵士は先行し、疲弊した兵士は遅れ、その結果、十人のうち一人の兵士が到達するに過ぎません。
仮に五十里で軍争の利益を争えば、先鋒の上将軍が倒されて、半数のみが戦場に到達するのが道理です。三十里で軍争の利益を争っても、三分の二だけが到達するのだけです。その結果、軍隊は補給部隊を失う事で崩壊し、食料や物資を失う事で壊滅します。

つまり百里もの長い距離を、全軍を挙げて強行軍を行うと、真っ先に補給部隊が離脱する。そそて体力のないものは遅れ、隊列が前後に伸び、ところどころに切れ、このような状況で敵と戦うようなことになれば、将軍自身が捕虜になってしまうのがオチです。五十里で争えば、先鋒の将軍が倒されて、三十里であっても三分の一が遅れます。補給部隊を失うことで崩壊し、食糧や物資がなくて壊滅するのです。

このように「軍争」には利益とリスクの側面があります。表裏の関係であり、絶対に利益が取れるというものではありません。チャンスがあればその利益に目が奪われてしまいます。利益が大きいだけに強く求めてしまうのが人情と言えます。

「孫子」では、負けない体制は自己努力の範疇であるが、勝利は相手の判断ミスによって得られるものであり、相手の範疇だとします。利益によって判断ミスを起こるのを戒めるのが「孫子」の教えであります。

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