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(46)敗北の原則-竹簡孫子 地形篇第十

横山成人

孫子の兵法は、軍人のためというよりは、君主のための本と言える。国家を生き残らせるために、戦わずして勝つ戦略を説くわけですが、自分の任命した将軍が、ミスをしたり、勝手な行動をしてしまうことで全体の戦略が狂うことがも最も恐ろしい訳です。孫子の兵法は、自らの体勢を悪化させない、戦力を維持することが重要な訳ですが、それを破ってしまう将軍の過失を体系的に教えてくれます。

これを「敗の道」、つまり「敗北の原則」と言います。「走、弛、陥、崩、乱、北」の6種類があります。これは人為的な者であり、人間の努力によって防ぐことができます。

【書き下し文】
故に兵には、走る者あり、弛む者あり、陥る者あり、崩るる者あり、乱るる者あり、北ぐる者あり。凡そ此の六者は天の災いに非ず、将の過ちなり。

【現代訳】
しかし仮に将軍が戦場を明察し地の利を得ていても、軍隊には、無謀に特攻するもの(走)、兵士の規律が緩むもの(弛)、兵士の士気が落ちるもの(陥)、各部隊が自分勝手に戦って全軍の統制が崩れるもの(崩)、将軍の統率力の欠如から組織が混乱するもの(乱)、無謀な戦いに挑み敗走するもの(北)、といった過ちがあります。これら六つの過ちは、天の時に見放された悲運ではなく、将軍の過失なのです。

スライド16

【書き下し文】
夫れ勢均しきに、一を以て十を撃つは、走ると曰う。

【現代訳】
そもそも軍隊の勢いが同じ程度であるのに、十倍の敵に攻撃を仕掛けるというのは、無謀に特攻する「走」の過ちです。

スライド17

【書き下し文】
卒の強くして吏の弱きは、弛むと曰う。

【現代訳】
兵士達の態度がでかく官吏が気弱で萎縮しており、軍隊の統率が行き届かずに規律が弛むものは、「弛」の過ちです。

スライド18

【書き下し文】
吏の強くして卒の弱きは、陥ると曰う。

【現代訳】
反対に官吏が横暴で強権的であるために、兵士達が萎縮して士気が落ちるのは、「陥」の過ちです。

スライド19

【書き下し文】
大吏(たいり)怒りて服せず、敵に遇(あ)えば懟(うら)みて自ら戦い、 将は其の能を知らざるは、崩るると曰う。

【現代訳】
部隊長が感情的になって将軍の命令に服従せず、敵軍と遭遇した際に私怨から勝手に戦ってしまい、将軍に事態を収める術がなく全軍の統制が崩壊させるのは、「崩」の過ちです。

スライド20

【書き下し文】
将の弱くして厳ならず、教道も明らかならずして、吏卒は常なく、兵を陳(つら)ぬること縦横なるは、乱るると曰う。

【現代訳】
将軍が気弱で威厳もなく、兵士を教えるための原則も分かっておらず、兵士や官吏の間に軍令で定められた行動もなく、陣立てをしても縦横にバラバラなものは、統制が乱れる「乱」の過ちです。

スライド21

【書き下し文】
将敵を料ること能わずして、少を以て衆に合い、弱を以て強を撃ち、兵に選鋒(せんぽう)無きは、北(に)ぐると曰う。

凡そ此の六者は敗の道なり。将の至任(しにん)にして、察せざる可(べ)からざるなり。


【現代訳】
将軍が敵軍の戦力や行動を察知することができずに、少ない兵力で大軍と戦闘を交えてしまい、鍛えていない弱兵で敵の先鋭を攻撃するようなミスを犯し、それでいて部隊の中に逆境を打破するような主力を持たないのは、必ず敗北する、「北」の過ちというのです。

おおよそこれら六つの過ちは、敗者の道理です。将軍にとって最優先の責務であるから、よくよく明察しなければならない。

スライド22

最後に、この六つの敗北の原則が、つまるところどういうことなのか解説したいと思います。

「走」とは、孫子における「形」の喪失、つまり戦力優位を失う戦いをしてしまうことです。
「弛」とは、孫子における「治」の喪失、つまり統率や統治がなされていないということです。
「陥」とは、孫子における「勢」の喪失、兵士が萎縮して勇敢さを発揮できない状況です。
「崩」とは、孫子における「交」の喪失、各部隊が独断専行して連携が失われることです。
「乱」とは、孫子における「正」の喪失、リーダーシップが機能せずバラバラで戦力を集中させることが出来ません。
「北」とは、孫子における「奇」の喪失、何の準備もしておらず敵軍を作戦を働きかけることが出来ないことです。

「形」「治」「勢」「交」「正」「奇」は、どれか一つであっても、将軍にとっては絶対に失ってはいけないものです。これらを一つでも失っていながら戦いに勝つことは出来ません。孫子にとって「形」「治」「勢」「交」「正」「奇」はすべてが繋がっているからです。一つを失えば、すべてを失ってしまいます。ゆえに「将の至任」であると言っているのです。

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横山成人
人間学、東洋思想、孫子など兵法書を学んでいます。30代で起業するも人を見る目を誤って失敗してしまう。精神を病み、人生のどん底を経験するも、人間学の学びを深めていく中で、自分の生まれてきた理由や苦難の意味を悟る。コンサルティングをしながら、本を書いたり、勉強会を開いてます。