読んだ本 2024年7月号 6冊


★★★★★ / クリエイティブプログラマー

本書で書かれる「7つのテーマ」は、以下である。

専門知識/コミュニケーション/制約/批判的思考/好奇心/創造的な心の状態/創造的なテクニック

Chapter2「専門知識」では、インプットとその活用のための整理術としてツェッテルカステンという方法が紹介されている。社会システム理論で有名なルーマンが考案したらしい。ウィトゲンシュタインの論理哲学論考のような連想の仕方にも似ている。
ツェッテルカステンを活用するためのツールとして Obsidian が紹介されているが、検索すると具体的な活用方法にも多少の混乱があるようで、メモのメンテナンスと活用はそれだけで一つの大きなテーマになりそうである。

Chapter3「コミュニケーション」では、技術的負債におけるコードの臭いに対応するような概念として、社会的負債とコミュニティの臭いという概念が提唱される。個々の創造性を向上させる集団的な創造性の改善への言及がされる。

Chapter4「制約」では、制約があることによって生まれる創造性について書かれていて、制約を乗り越えてなにかを実現することの重要性については共感できる。
Go言語が例として挙げられていて、Gitea、Hugo などのオープンソースソフトウェアの効率性が賞賛されているが、これらは名前が挙げられているだけなので、コードリーディングのサポートになるように効率性がソフトウェアの実装のどの部分にあるのかが具体的に提示されていると嬉しかった。
また、開発環境に依存するものではなく、自らに課す制約についても例があるとよかったかもしれない。

Chapter8「創造的なテクニック」ではツールボックスとして例えば継続することについてのアドバイスや、関連する書籍が紹介されている。書籍は続く最終章でも紹介されていて、邦題が注釈に記載されているのがありがたい。

本書は解決策を提示するようなものではなく観点や方法論を提示しているので、ツェッテルカステンなど新たな習慣付けや身近な社会的負債を考えるきっかけとして活用するのがいいのだろうと思う。

★★★★☆ / Pythonで学ぶ音声合成 機械学習実践シリーズ

Jupyter Notebook で記述されたソースコードが公開されていて、これを参照してもよいというニュアンスで記載がされているが、プログラムを実行しながら読み進めることを強く推奨したい。書籍にはないプログラムも一部用意されている。

本書で必要とされるプログラムは写経して実装力が身に付くような類のものではなく、存在を知っていればいいようなものなので、あらかじめ用意されたプログラムを実行して結果を確認するのがちょうどいい。自分で書き進める場合、章の中でそれまでに記述した import 文や関数などが定義されている前提でプログラムの記述が進むので、興味のあるところだけ実行結果を見るということがしづらく、機会損失に繋がる。

本書は、音声の物理的な説明から統計モデルに基づく音声合成を挟み、WaveNet, Tacotron, Tacotron 2 の概要と Python での実行結果の観察を行う。

用意されたプログラムの実行を通じて、出力を確認しながら読み進められる点が嬉しい。
一方で、Griffin-Lim のアルゴリズムによる音声波形の構成方法などは関数の呼び出し方法の説明に終始しており、理論的な詳細を理解するためには他の文献を頼る必要がある。

本書を通じて Tacotron をはじめとした最近の技術の論文などを読むきっかけにするのがいいのだろうと感じた。

★★★★☆ / エンジニアリングが好きな私たちのための エンジニアリングマネジャー入門

原題は『Engineering Management for the Rest of Us』である。
本書は専門領域としてのエンジニアリングに触れることはほとんどなく、一般的なマネジメントについて記述している。邦題に含まれている「エンジニアリングが好きな私たちのための」という表現は対象を狭めているようにも捉えられるが、逆説的にむしろそのような人に手に取ってもらいたいという気持ちの表れなのではないかという気がする。

平易な文章で書かれていて、読みやすい。
全体的に同意できないような内容の記述はない。啓蒙的な内容も多く網羅的ではないが、著者がマネジメントにおいて大切だと思う要点はよくまとまっている。

評価や採用など本書ではカバーされない領域があり、それらの話題については他の情報源に頼る必要がある。本書は、例外的でない日常のマネジメントのサポートとなるような助言を提供する書籍と言える。

本書は大きく4つのパート、自分のチーム/コラボレーション/チームが最高の仕事をできるように支援する/自分の仕事、に分かれている。

Part1「自分のチーム」では、チームを作るためのツールが紹介される。

リーダーとしてあなたが最初に行動しないといけません。あなたは自ら信頼に値することを示すと同時に、他人を信頼することも必要です。これは、チーム内では弱みを見せても大丈夫なことを意味します。

chapter3 信頼と弱さ 弱みのモデリング

企業は複数のグループから構成されますが、それらのグループは共に働いてこそ成功できるのであり、いかなる犠牲を払っても自分たちのグループだけ守ればいいという訳ではありません。...組織の健全性は、互いに協力して働けることにかかっています。

chapter4 自分のチームは「彼ら」ではなく「私たち」 より広範囲の組織

Part2「コラボレーション」では、マネージャーとメンバーのコミュニケーションの仕方や効果について書かれる。

あなたは、ただ現状を維持するためにこの役割にいるのではありません。組織(文化、プロセス、システム、プロダクト)を改善するためにそこにいるのです。...「物ごとをより良くすること。それが仕事なのです」

chapter10 チェンジマネジメント

フィードバックは、二人の顔の重要な議論や、ドキュメントへのコメント、また情報を伝えるときに人の顔に現れるほとんど気づかないような感情として現れます。

chapter11 フィードバックの与え方

ミーティングの目的の一部は、議論そのものなのです。

chapter13 良いミーティング

「自分の好みをよく理解しておかなければなりません。なぜなら、何をしようとも、あなたは間違っていると誰かに言われるからです」

chapter14 対立のマネジメント

Part3, Part4 では、チームや自分の仕事に対する優先度付けやエンジニアリングに近しい領域の話題について触れられている。

★★★★☆ / 脳のなかの自己と他者: 身体性・社会性の認知脳科学と哲学

この本は,「自己」と「他者」が脳のなかでどのように生まれ,存在しているのか,認知脳科学の近年の成果をまとめつつ,哲学の力を借りて考察を加えたものである。

はじめに

脳科学の研究結果と関連する哲学領域の話題を並べて書くことで、各研究結果の捉え方を明らかにすると共に、それが自己と他者の認識におけるどのような仮説に繋がるのかを記述する。

登場する哲学者は、デカルト、フッサール、メルロ=ポンティ、ハイデガー、ブーバーなどよく知られた名前だが、本書の中ではメルロ=ポンティが特に重要な位置を閉めているように感じた。

デカルトのよく知られている「我思う、故に我あり(I think, therefore I am.)」に対して、メルロ=ポンティ式の「我成し能う、故に我あり(I can, therefore I am.)」を提示し、意識が運動可能性=身体性を帯びていると書く。

「自己」は根源的には,思考・意識によってではなく,身体の運動性・感受性から生まれてくるのである。

1.1.13 メルロ=ポンティの身体性哲学

本書では前半が「自己」、後半が「他者」について書かれている。

前半の「自己」についての記述では、幻肢、統合失調症、ラバーハンド錯覚などの精神疾患や錯覚から、身体所有感や自己と他者の境界、脳の中の自己についてなどが述べられる。

後半の「他者」についての記述では、ミラーシステムや共感に関する研究結果からその特性を述べ、自己が他者を認識する方法の仮説が述べられる。

哲学と研究結果が並べられることで、研究結果のみが紹介されるよりも言語的な広がりを持って内容を読み進めることができ、とてもいい構成だと感じた。
紹介されている哲学者の一部は表現が抽象的で真意を掴みかねるような箇所もあったが、一方で身体性哲学のような研究結果に広がりを持たせるテーマを知るきっかけになった。
関連してメルロ=ポンティの書籍を購入したので後ほど読みたい。

★★★★★ / 大人から見た子ども

本書には4作品が収録されている。

『心理学的に見た幼児の言語の発達』

〔古典的な考え方によりますと、〕模倣の問題は次のように定式化されています。幼児はある所作を見たり、ある発話を聴いたりしたあと、どのようにしてそれらの所作や発話をモデルとして受けとり、それらに等しい所作や発話を再生するようになるのだろうか、というようにです。

p.31 古典的な考え方

本作品はゲシュタルトの理論を前提として、幼児の模倣や発話の発達のようすなどから自己と他者についての古典的な認識を見直し、各論者の理論展開を批判的に眺め、筆者の立場を明らかにする。

ギョームは自我と他者の関係についての古典的な問題の立て方ーどのようにして自己の意識から他者へ移行するのか、という問題の立て方ーを逆転させるわけです。ギョームにとっての問題は、他者から出発してどのようにして表象的自我を構成するか、ということになります。

p.39 ギョーム理論の拡張

加えて、フッサールとシェーラーの理論を参考にして、自我と他者の関係性を生きた意味が内在する表現に求めている。

われわれは、言語の獲得を理解するために模倣を研究し、ギョームに従って、他者意識の獲得や他者との同一視が模倣に先行するわけではなく、逆に模倣こそ他者との同一視が生み出される作用だということを発見しました。

p.57 結論

後半では、ピアジェの考えに基づいて、言語活動についての考えを展開する。

幼児期から成年期へ進むとき、そこで起こるのは単に無知から認識への移行なのではなく、あらゆる可能性かをひめた多形性の段階から、純化され、いっそう明確にはされたが、しかしいっそう貧しくもなった言語活動への移行なのです。

p.67 独語から対話への移行

心理学においては、単純化するために末梢的で非人格的な活動だけしか取り上げられません。...言語活動についても同様です。たしかに論理的言語活動は正確さという想定的な特権をもっています。しかし、それが言語活動全体の一要素にすぎず、死せる要素に過ぎないということを忘れているのです。

p.74 ピアジェの考え方の検討

『大人から見た子ども』

ゲシュタルト的な考え方に基づき、親と子の関係性、コンプレックスなどについての理論を展開する。後半では事例や主義の記述が多く、論理展開は明確ではないように感じる。

『幼児の対人関係』

これもゲシュタルトの考え方に基づいて古典的な問題設定を否定し、自我と他者の関係を述べるものであることに変わりはないが、4作品ではもっとも難解に感じた。とくに分かりやすい箇所を引用する。

問題はこういうことになりましょうー人間によく似たこの人体模型を前にして、つまりある特徴をもった身振りをするこの物体を前にして、どうして私は、その物体が「心理作用」によって住まわれていると思うようになるのか、と。

p.186 第一章 論理的問題

こうした問題に対して、古典心理学には一つの手だてしかありません。それは私が、私の面前で演じられる他人の身体的動作や話しぶりを目撃しながら、そのようにして与えられる記号の全体や、他人の身体が見せてくれる表情の全体を一つの機会にして、一種の〈記号読解〉をおこなうのだ、という仮定です。

p.186 第一章 論理的問題

『表現と幼児のデッサン』

9ページの短い作品。平面遠近法に関して幼児のデッサンについて述べたのちに、「こうした着眼は言語にも適用可能である。」という文章で作品を締めくくり、本書で述べられた理論展開の可能性に言及している。

★★★★☆ / ランサムウェア攻撃に対する捜査ハンドブック

本書を作成した第一の目的は、警察によるランサムウェア攻撃者の検挙と被害法人の被害回復に貢献することである。...第二の目的は、捜査員の現場臨場を行う時間の短縮と、確実な資料収集を行うことである。...第三の目的は、ランサムウェアの=攻撃の発生時に現場臨場する捜査員へ道を示すことである。

1.2 本書作成の目的

本書では、現在主流となっている次のランサムウェア攻撃を主な対象としている。
・人手によるランサムウェア攻撃
・二重恐喝で金銭を要求するもの
・主にWindows環境を攻撃対象とするもの

1.5 本書が対象とするランサムウェア攻撃

「人手によるランサムウェア攻撃」というのは本書によると定義が明確ではないが、Microsoft Security にある「人間が操作するランサムウェア」がより定義が分かりやすい。

「人間が操作するランサムウェア」 は、組織のオンプレミスまたはクラウドの IT インフラストラクチャに侵入し、特権を昇格させ、重要なデータにランサムウェアを配置する、サイバー犯罪者による積極的な攻撃の結果です。
これらの "キーボード上の手を借りた" 攻撃は、通常、単一のデバイスではなく組織をターゲットとします。
"人間によって操作される" ということはまた、一般的なシステムとセキュリティの構成ミスに関する知識を活かせる人間の脅威アクターがいるということを意味します。 彼らの狙いは、組織に侵入し、ネットワーク内を移動し、環境とその弱点に適応することです。

https://learn.microsoft.com/ja-jp/security/ransomware/human-operated-ransomware#human-operated-ransomware-attacks

本書の冒頭で触れられているように理論や技術への言及はないが、捜査官が使用するツールや被害法人への助言の内容、確認されているランサムウェアの一覧などが掲載されている。

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