「寒くない?」
 そういって4年ほど着古した厚めの紺のカーディガンをYにかける。Yと出会ってから2年と3ヶ月になるのを私は気づかない。それほど時間が早く進んでいく。幸せな時間はゆっくり、むしろ時間よ止まっておくれ!などと叫ぶ歌も存在するのに、時間とは無情なものだよと今夜も感傷に浸るペシミストの私だ。でも、それでよかった。ペシミストと分かっているのだからこそ、無駄を作るな!と言い聞かせて、彼女との時間をより濃厚にし、彼女のために美しく着飾ろうという気持ちがワアワアと湧き上がるのだ。好きだ。好きだ。そういう気持ち、純粋な気持ちが僕の血管を駆け巡っているのだなぁと思った。いや、自分に言い聞かせたと言った方が正しいのだろうか。どうだっていい。彼女と温かい八海山を飲み干した。
 ある日、私はYとワイナリーへ出かけた。僕も彼女もヘッドホンが好きだったから、バカみたいに見えるが、ヘッドホンを通じて常に通話をするのが僕らの習慣だった。私は青。彼女は白。でも、有線のコードは赤色でお互いにすこし絡まっている。
 「ワイナリーなんて行ったことないね。私ワインなんて違いがわからないもの。ところでそれはどこにあるの?」
 「分からない。初めに見つけたところに入るとしよう。」
 こういう行き当たりばったりなのが好きなのにまだYは気付いてくれない。エンカウントが産むエキサイトを分かって欲しいよ!続けて僕は言う。
 「正直僕も違いなんて分からない。でも分かりに行くことはできるでしょ?」
 ふふ、と彼女は笑う。きっとYもこういう僕の成熟しきれない(或いはしきることのない)ところに愛着があるのだろうねと思い込もうとしたが、彼女の笑顔に引き込まれて僕の意識はとっくのとうに飛び去っていた。
 前の宣言に則って店に入り、ヘッドホンを首に掛け直した。
 「本日はどうなさいますか?」
 私が何も言い出せずに居ると、Yは寒さに頬を赤らめながら、にやにやしながら私を見つめるだけだった。
 「本当のところ、ワインのことなんにもわかんないんです。きっといい機会だと思いまして、この子と一緒に勉強をしに来ました。ぜひ今の流行を、ワインの利き方を教えてください。」
 マスターはニッコリ笑って、
 「かしこまりました。少々お待ちください。」
と言って、ワイングラスとボトルを何本も取りだし始めた。横目でYを見ると、その目は照り映えるほどじっと見つめていた。
 「こちらが現在人気がかなり上がってきているブルゴーニュワインとなっております。ひとまずお手軽に楽しめる3本を用意させて頂きました__。」
とまあ長々しくお話を聞かせて頂いたが、右から左へ流れていく情報を虚しく眺めるしかなかった。だが、眼前で輝くフルボディの3人から1人を選ぶなんてできなかった。
 「僕は真ん中のものが好きでした。酸味があって、フルーティーな味わい。香りがお花畑のような綺麗な匂いをしてました。」
マスターはニッコリしてウンウンと頷き、お酒に強いはずの僕は自分に陶酔していた。Yの方を見ると、Yは小さい手でステムをぎゅっと握っていた。か弱くはない、でも本当に可愛らしい。ああ、そういえば昨日ネイルを変えたんだって見せびらかしてたなぁ。僕が青色が好きだからそういう風にしたのかな、なんて若者に特有の豊かな想像力が私の心を励起させる。
 ワイナリーを出ると私はまだ酔いが覚めておらず、少しふらつくような、夢見心地のような時間をYと過ごしているのだと認識できないほど気分が良くなっていた。
 四条大橋を渡ると鴨川沿いに例の等間隔が整然としていた。私もあそこに混じりたい、そう思っていたけれど、橋の盛りを過ぎた程に、私はYを抱きしめた。いつまでもこの時間が止まればいいのに、またそう思う。また冬が近づいてきたんだな、そういう思いを今日も交わらせた。

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