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【前編】〜障がいのあるなしを超えて〜“はたらく”ことの喜びに気づく

バンダイナムコウィルは、障がい者雇用促進を目的としたバンダイナムコグループの特例子会社。(障がい者内訳:知的障がい者97名、精神障がい者11名、身体障がい者8名 合計116名 /2023年8月1日現在)
2021年、バンダイナムコウィルのありたい姿(will)を障がいのある社員 も含めた全員で見つけ出す「ウィルのwillプロジェクト」を、ナラティブベースの伴走の下でスタート。
よい仕事につなげることを目指し、はたらくうえで大切に思うことを対話し互いを知り合うことを習慣化するため「もっトーーク会」を定期的に開催している。

株式会社バンダイナムコウィルは、障がいのある方の雇用の促進と安定を図るために設立された、バンダイナムコグループの特例子会社です。2021年、同社のありたい姿(will)を障がいのある社員を含むみんなで見つけ出す「ウィルのwillプロジェクト」を、ナラティブベースの伴走の下でスタートさせました。職種の垣根を越えて対話する「もっトーーク会」の実施を積み重ねてきたなかで、はたらくことに対する思いを知り合う・わかり合うカルチャーが醸成されつつあります。

スタートから約2年、プロジェクトを牽引してきたバンダイナムコウィル常務取締役 藤沢聖子さんと、ナラティブベース代表 江頭春可が、取り組みを通じて感じた障がいのある・なしを超えた、本質的な“はたらく”ことの喜びについて語り合いました。

※対談の内容は、前編・後編に分けてお届けします。(ぜひ後編も併せてお読みください。


みんなで同じ方向を目指すことにつながる、“何か”が欲しかった

――バンダイナムコウィル(以下、ウィル)は、障がいのある人の雇用の促進と安定を図るために設立された、バンダイナムコグループの特例子会社です。現在、従業員の約7割が主に知的障がいのある「スタッフ」で、インストラクターの指導の下、グループ会社から受託したメール室業務、オフィスクリーニング、玩具やゲームの開発サポートなどの業務にチームで取り組んでいます。「ウィルのwillプロジェクト」の出発点には、どのような思いがあったのでしょうか。

【バンダイナムコウィル 常務取締役 藤沢聖子さん (以下、藤沢さん)】 バンダイナムコウィルの組織は大まかに、障がいがある「スタッフ」とその指導や業務管理を行う「インストラクター」によってグループ各社からの受託業務を行う部署と、人事などの会社を運営する管理部門で構成されています。そういった組織体制ゆえに、「スタッフとスタッフ以外の社員」という、思い込みのような隔たりが生まれていることを感じていたんです。

例えば、インストラクターに目標を聞くと、「スタッフを幸せにしたい」「スタッフが何々できるように支援したい」など、スタッフに奉仕するような発言が目立ちました。それは決して悪いことではないのですが、それが一番の軸になると、「じゃあスタッフ自身はウィルの社員として何を目標にするの?」と疑問がわいてきます。1つの会社なのに、スタッフとスタッフ以外の社員が別の方向を向いている。それって何かおかしいんじゃないかと思ったのが始まりです。

スタッフにもスタッフ以外の社員にも共通する「仕事をするうえでこれが大事」というものが絶対あるはず! それを見つけ出し、みんなで共有したいと思うようになりました。

【ナラティブベース 代表 江頭春可 (以下、江頭)】 一般的な事業会社でも部署間に壁がある場合がありますが、それとは異なる感覚でしょうか。

【藤沢さん】 そうですね。事業会社なら「ユーザーの方に喜んでいただく製品を作る」といった共通の大切なことが歴然とあります。そういうものが、私たちにはないように感じておりました。

とはいえ、今は明確に見えていなくても、障がいのある・なしに関わらず、はたらくうえで大切に思うこと、同じ思いはきっとあるに違いない、という感触はありました。だって、スタッフのみんなも仕事に対して真面目に一生懸命に丁寧に取り組んでいますから。でも、本当に同じなのか・・・?それを確認するのが、私自身、怖かったのかもしれません。

そんな悩みを江頭さんにお話したら、「ナラティブベースで対話する場をつくってみたいです」と言ってくださり、一緒にプロジェクトに取り組むことになりました。

【江頭】 そうでしたね。当時スタッフとインストラクターの関係性がよくなってきていて、次の段階に向かえる時期にきているというお話でした。でも、みんなで目指す“何か”の言語化や方向づけが難しく、「できるはずなのに…」ともどかしそうに何度もおっしゃっていたのを覚えています。

【藤沢さん】 実は当時、ウィルの企業理念に対しても、少しもやっとした思いがあったんです。

全ての人に『夢・遊び・感動』の実現
わたしたちはバンダイナムコグループの信念である「夢・遊び・感動」が
全ての人に共有できる機会を創り、人間が幸せと希望を抱ける伝道師になります

バンダイナムコウィルの企業理念

現実は、ややもすると、インストラクターや管理部門が“導く人”で、スタッフは“導かれる人”になってしまうところがあります。それなのに、理念にあるように全員が同じように「伝道師になります」ということで、本当にいいんだろうか…と。

そこでやりたかったのは、この世に生きる人間同士として職種を越えてフラットに、仕事をするうえで何を大切にしているかを語り合うことです。それによって、“スタッフとスタッフ以外”という思い込みの“枠”を取り除き、みんな一緒なのだと確認したいと思っていました。

【江頭】 実際そういうのは語り合えるんだろうか?いったいどんなことを語るんだろうか?というところから、対話の場づくりが出発しましたね。

はたらくことに対するピュアな思いが、思い込みの枠を破る

――実際に対話の場づくりを試みて、いかがでしたか。

【藤沢さん】 最初はどう進めていくべきか悩みまして、まず何人か知的障がいのあるスタッフに「仕事で嬉しいこと」などについてプレインタビューをしてみたんです。それで、これはいける!と確信したばかりか、スタッフ達が私なんかより仕事に対して断然ピュアな思いをもっていることに気づかされました。

私自身、これまでの事業会社を含めたキャリアのなかで、仕事をするうえでは思いだけでなく様々な意見や要素で判断しなければならない、などの経験を経て現在に至っているわけです。そこにスタッフから「仕事で嬉しいことは『ありがとう』っていわれたときです」「一緒にはたらく人たちと協力し合えたときです」といった真正面からの言葉が返ってきて、えーー!咄嗟にそれが出てくるの!? みたいな(笑)。

そのインタビュー動画を社長や役員などに「とにかく見て!」と共有したら、「自分は純粋な気持ちを失っているかも」「自分ははたらくことに対して複雑に考えすぎているのではないか」などと、一様に感動していました。

【江頭】 確かに、私たちははたらくことを難しく考えすぎているかもしれません。パーパスのようなものも難しく、自分の中で咀嚼しきれない人はたくさんいると思います。もっとシンプルに、「明日もあの仕事をあの人と一緒にできるんだ」「あれをやって喜んでくれたかな」といったことのほうが、よっぽどはたらく意味なのかもしれないと思ったりします。

【藤沢さん】 そうですね。自分自身を考えても、そういうピュアなところを大事にすると、明日が楽しみになるように思います。

――ナラティブベースも一緒に、皆さんの対話の可能性を探ってきました。

【江頭】 私がスタッフのお話を聞いていったなかで印象に残っているのは、「清掃部隊が廊下を闊歩しながら清掃に向かう姿が格好いいなと思っていつも見ている」とか、「向こうのチームは何をやっているのかな?といつも気になっている」とか、職場の人たちに関心をもって観察していることを、とても嬉しそうに話されていたことです。人に対して好奇心をもって、ワクワクしながら対話に向かい、はたらくことの喜びを臆することなくどんどん話す。そんな姿に、とてもあったかいエネルギーを感じました。

誰しも子ども時代にはしがらみにとらわれずに才能を発揮していくエネルギーがあったのに、大人になると無意識に内面に押し込めてしまいがちです。そのエネルギーをちゃんと表出し続けている人達がここにいるのだと、ちょっと羨ましく感じたりもしました。

インストラクターの皆さんの「スタッフのために」という思いは不可欠なものだと思いますが、その思いが強いほど、両者を隔てる“枠”を壊していくのは難しいものです。むしろスタッフ側のエネルギーを表出させるほうが、“枠”をぶち破るインパクトが大きいかもしれませんね。

【藤沢さん】 仕事上の役割の違いはあっても、一人のはたらく人間としての思いというのは、どれが偉いとか正義だとか評価されるものではなく、それぞれが尊重されるもの。今はそう自信をもって言うことができます。


おだやかに進む対談の様子

語り合う文化が、よい仕事を引き出す可能性

――職種を越えてはたらくうえで大切に思うことを対話し、互いを知り合うことを習慣化するための対話会を「もっトーーク会」と名づけ、実施を重ねてこられました。それによる職場の状況についてどう感じていますか。

【藤沢さん】 「もっトーーク会」開始当初のウィルは、農地に例えると、種を蒔いただけで根が張っていていない状態でした。今は、蒔いた種が芽を出して根づき、多少雨が降っても流されたりしない苗の状態にまで育ってきました。

言ってみれば「もっトーーク会」はミミズみたいなもの。それによって土がだいぶ耕されたようなイメージです。まだミミズが行き渡らないところには石がゴロゴロしているし、掘ってみると砂利みたいなものが出てくることもありますが、だいぶミミズが増やせてきたように感じます。

【江頭】 土壌が耕され苗が育っていくのは、すごく時間がかかることですよね。そこで藤沢さんが焦らず状況を観察して、進める内容とタイミングを見極めていらっしゃったからこそ、元々ウィルさんがもつスピード感にマッチして無理なく進められたのかなと感じます。

――日常的に対話が行われていく先には、どんなことがあるのでしょうか。

【藤沢さん】 “よい仕事”につながる。これしかないと思います。先ほどの比喩でいえば、ミミズがいっぱいいる農地によい植物が育つイメージです。

「もっトーーク会」がハレの日にやるような特別なイベントではなくて、ケの日にご飯を食べるのと同じように当たり前のこととして、例えば、仕事をする上で「ありがとう」って、どんな意味や価値観があるのかを話し合えるようになると、お互いの仕事や物事に立ち向かう姿勢を理解し合える。そして、自然に仕事の質があがると思います。はたらくうえでの価値観が共有されているなかでは、そうそう手を抜いたり、さぼったりできなくなる、みたいな感じでしょうか。

【江頭】 日常のものとして「もっトーーク会」が運営されていくと、自然と「こういう取り組みをしたほうがいいよね」「よりよい仕事につなげるためにはこうしよう」といった話が出てきそうです。

【藤沢さん】 これまでも、例えばオフィスクリーニングのスタッフであれば、「おはようございます!」「こんにちは!」とあいさつしながら掃除に向かうことで、その職場の方たちから「明るくなる」「癒される」とお褒めいただいています。

今はチームによって若干ばらつきがありますが、多様な現場でのよいやり方を抽出していくことで、「より丁寧にやろう」とか、「1個でも多く作業しよう」という意識になり、仕事のクオリティが上がっていくと思うんです。「あの人たちに依頼すると丁寧な仕事をしてくれる」「なんか職場の雰囲気がよくなったんだよね」といった噂が噂を呼んで、“ウィル・クオリティ”みたいな信頼を確立していけたらと思っています。

【江頭】 先ほどウィルの理念に対し「みんなが“伝道師”を目指すでいいのか?」というお話がありましたが、そんなふうにクオリティを高め職場の雰囲気まで変えてしまうとなると、やっぱり“伝道師”ですね!

【藤沢さん】 はい。1周回って、みんな一緒に“伝道師”というところに戻ってきました(笑)。

困難がある人への配慮が、誰にとってもはたらきやすい社会をつくる

――障がい者が活躍できる環境づくりは、バンダイナムコウィルさんだけの課題ではありません。

【藤沢さん】 ウィルは現在取り組んでいる中期計画のなかで、障がいのある人たちが活躍できる環境をグループの中に醸成していくことを1つの目標に掲げています。ウィルでの経験を基に、障がいのある人たちや障がいそのものについての思いやりや共にはたらくときの工夫などを、ほかのグループ会社に対して提案していくことで、はたらきやすい環境を広げていけたらと考えています。

【江頭】 誰もが当たり前のようにやれるなかではスルーしてしまうことも、ある制約によって立ち止まって考えることで、本来のあるべき姿が見えてくる場合もあるかと思います。一般的な事業会社ではたどり着けないところに到達できるという意味では、制約のようでチャンスとも言えそうです。

【藤沢さん】 確かに、事業会社ではなかなか難しいことかもしれません。

【江頭】 藤沢さんの思いや取り組みを伺って、「カーブカット効果」の話を思い出しました。

車いすにとって、歩道の縁石は移動の障害になることがあります。1970年代、アメリカで障がい者の権利を主張する市民が、ゲリラ的に歩道の縁石にセメントを流し込み、即席でスロープを作ったそうです。その“カーブカット”がきっかけでスロープ施策が全米に広がり、その結果、ベビーカーを押す人、台車を運ぶ人、スーツケースを持つ人、ランナー、スケートボーダーなど、当初想定のなかった人たちを含む社会全体のメリットへとつながりました。

こんなふうに、特別な事情がある人のために行ったことは、目を伏せてきたけれど実はそれ以外の人も求めていた、という例は少なくありません。

ウィルさんがやられていることは、単純に困難がある人がはたらけるようにするのではなく、「はたらきたい」「人の役に立ちたい」「ありがとうと言われたい」といった人間の根源的なエネルギーの循環をつくろうとされているのだと思います。ウィルさんの挑戦が、バンダイナムコグループを越えて、広く社会によい影響を与えていくことを願っています。

後編へーー

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