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神に見放された土地と独立愚連隊

テントに刺すような日差しが差し込み、上半身を襲った。凄まじい熱にたまらず目を覚ますと、隣に鎮座している携帯発電機がブーンと唸り声を上げ、二度寝を許してくれない。GARMINのスマートウォッチに目をやると朝の6時を指しているが、この時点で気温は既に35度を超え、白地の寝間着に視線を落とすと、汗でぐっしょり濡れていた。寝起きは最悪であり、腕時計の睡眠モニタリング機能もこれまで見たことのない低い睡眠スコアを叩き出し、睡眠の質を改善しましょうという説明文が苛立ちを一層増幅させる。

のそのそとテントから這い出て周囲を見回すと、寝ずの番をしていたボリスが私に気づき、コーヒーを啜り、塩と砂糖で経口補水液を拵えながらおはようと挨拶してくれた。私も無気力におはようと返し、まだ立ち上がる気力が湧き上がらない体をなんとか上に向けると、雲ひとつない空を鷹が旋回しながら悠々と飛んでいるのが見える。はあ、と大きな溜息をつこうとするも、どうしようもなく強い日差しのため、体が失った水分を強制的に取り戻させようと、飲みかけのペットボトルに自ずと手が伸びていく。一気に水を飲み干し、ボトルをグシャッと叩き潰した。周りには何もなく、渇いた地面、点在する雨季の洪水でできた池、青々とした葉を付けた低木群が織りなす風景が広がり、人工物は一切見当たらない。不意に口角を上げ、自嘲混じりの笑みとともに自分自身に問いかけた。

「どうしてこんなところにいるんだろうな」

神に見放された地

ウクライナ戦争開始から2年近く経ち、終結の目処を立てずにいる中、日本のメディアが珍しくこの紛争を取り上げ続けていた。今まで世間の耳目を集めなかった学者、研究者たちがメディアに連日登板し、酷使(?)され、中には疲労により顔つき体つきが変わった人たちもいるくらいだ。一方私達は、どういうわけかウクライナ紛争とは縁もゆかりも無い場所で連日野営を強いられており、過酷な環境下に置かれているせいか、顔つきも酷いものになってきた。私達の経験からして当紛争の文脈で活動しているはずなのだが(実際活動していた)、氷点下を下回るどころか、気温40度、湿度90%超えが当たり前の灼熱の湿潤地帯をひたすらに歩き続けている。図鑑でしか見たことのない動植物と出会い、そしてニュースでしか普段聞くことのない疫病に四六時中曝されていた。水先案内人であるマルコは自身の祖国をこう呼んだ。
「神に見放された土地、南スーダンへようこそ!」

南スーダン。この地は、半世紀以上に渡る内戦を経て、200万から300万人とも言われる桁違いの死者を出しながらも、2011年にスーダンから独立し世界で最も若い国として誕生した。しかし呪われているかのように独立後も内戦は絶えず、一応の終結を迎える2020年まで、40万人近い死者を出した。和平合意が結ばれたとはいえその履行は遅々として進まず、薄氷を踏み散らかすかの如く、2023年現在、至る所で様々な規模の紛争が発生している。

そして紛争の対立構造はウクライナのようにシンプルな二項対立ではない。政府軍SPLA-IG反政府軍SPLA-IOそれぞれに分派が存在するだけでなく、どの勢力にも属さない武装した部族が全国に点在し、部族間紛争、家畜の奪い合い、数世代に渡って行われる報復の応酬といった、終わりなき暴力の拡大再生産に寄与している。国連南スーダンミッション(UNMISS)が平和維持活動を長年展開し、多くの国際機関が絶え間なく人道支援活動を行っているにも関わらず、南スーダンは依然として失敗国家ランキングTOP3に常連入りしている。政治的性質を持つ内戦のような武力紛争のみならず、預言者、シャーマン、土着宗教の教祖たちが率いる武装勢力群がしのぎを削り合う群雄割拠の永続戦争状態にあり、この荒廃、無秩序ぶりは、ブラックホークダウンで有名なソマリアを凌駕するものであり、わずかな希望的観測を持つことさえ憚られる。

この地は金銀ダイヤモンド、様々なレアメタル・アース等の天然資源に恵まれているものの、産業基盤は一切存在しない。主な収入源であり、現時点で唯一輸出に至っている石油は、採掘技術を持たないがために、外国に全てアウトソーシングされている。安値で買い叩かれ、手元に残った数少ない利益は、腐敗した政治家たちによって簒奪され、国民に還元されることはほとんどない。

また、適当に種を蒔けば何でも生えてくると言われるほど肥沃な土地であるにも関わらず、自力で農作物を栽培生産出来ないがために、食料は一部を除き周辺国からの輸入に完全依存しており、不安定な通貨価値と相まって、トマト1つ(1キロではない)が1.5ドルという驚異的な物価高に見舞われている。耕作地は国土の2%に満たず、食料は「空から降ってくるもの各機関による食料の空中投下」と思っている国民が未だに多い。絶え間ない飢餓、旱魃、洪水、疫病、そして紛争という5重苦により、人々は死と隣り合わせの環境に暮らしている。まさに神に見放された土地であり、もし神がいるのなら何を持ってこのような状況を作り出したのか、小一時間問い詰めたいものだ(英国による植民地支配の影響が多大にあることは確かだ)。

それでも私たちは、熱帯の日差しとマラリアを媒介する蚊等の危険な野生動物に苛まれながらも、闇の奥へ邁進する理由があった。地獄を煮詰めたよう
な場所を、更に肥溜めで追い焚きし、注ぎ足しする勢力が存在したからだ。

独立愚連隊


ワグネル。
ウクライナ戦争以前は、その名は世間に膾炙しておらず、シリアや中央アフリカ共和国に展開するPMSCs民間軍事企業として主に軍事・安全保障クラスタ内のみで知られていた。今となっては、刑務所で囚人を徴募し、最低限の装備で最前線に突撃させ、半年間奇跡的に生還した場合刑期が無効になるという「ワグネルチャレンジ」や、投降後に戻ってきた隊員をハンマーで撲殺しその一部始終をSNSにアップロード、そしてテロ組織認定に踏み出した欧州議会に血が付いたハンマーを送りつけるなどと言った悪辣さで、一般社会に広く知れ渡るようになった。今次の戦争ではドンバスの激戦地であるバフムートで極度の消耗を強いられることになり、創設者であるエフゲニー・プリゴージンの立場が危ぶまれた。最終的にはクレムリンに対する抗議としてロストフからモスクワへの「正義の行進」を行い、文字通り空中分解した。

そんな組織がこの場所で一体何をしているのか。ボリスと元GRUのレオニードの元に来た一件のタレコミが始まりだった。ほぼ外部からメッセージが来ることはないが、日課であるProton mail(高セキュリティメール)の受信ボックスを確認したところ一通のメールがあった。「クソの中にいるクソ共」подонки в ебеняхと奇妙な件名が書かれているメールは宛名は無いものの、レオニードとボリスはすぐさま文面から、某省庁силовое ведомствоにいる内通者からの連絡だと判断した。

ワグネルは民間軍事企業と称されているが、内実、GRUの別働隊である。ほぼGRUの傘下にあると言っても差し支えないと思うが、水族館GRU本部の目が及ばない部隊がいるのではと、ある界隈では仄めかされていた。サハラ以南アフリカ各地で展開されているワグネル部隊が、監視が及ばないことを良いことに、やりたい放題しているという噂を聞いたことがあるものの確かな情報はなく、それを含めた情報を裏付けようとして、ワグネルの調査に乗り込んだジャーナリスト達はいずれも抹殺されており、真相は依然闇の中にあった。文面に書かれている内容も、漠然とした位置情報と、そこで行われているであろう狼藉の内容が箇条書きで記されているのみで、今まで得た情報と比べてより具体的ではあったものの、未だ断片的であり、このメールが証拠足り得るにはまだ多くの追加情報が必要だった。ただそこには、世間に漏れればスキャンダル間違いなしのクリティカルな内容が含まれており、南スーダン全体の人道オペレーションが麻痺するかもしれないほどの重大性を孕んでいた。

このメールを読んでいて分からなかったのは、GRUがそのような事を気にするタマなのか、ということだ。自国民に対して無差別爆撃を加え露語話者の保護を名目に、露語が第一言語である人々が住む街を更地にする彼らが。ボリスとレオニードに尋ねたところ、もちろんそんな事を気にする連中ではない、お前自身が当事者だったのに一体何を、と笑われてしまった。じゃあなんなんだと再度尋ねると、完全にGRUのコントロール下から外れ、豊富な天然資源を独自に売り捌き、ワグネルとは異なる全く新たな武装組織を作るつもりなんだろう、と彼らは異口同音に答えた。あてがわれた部屋のキッチンでつまみを作りながら会話を続ける。

「それは夢のある話だ。で、それが我々と何の関係が?勝手にやらせておけばいいし、連中を調査することは我々のマンデートではないでしょう。」
「いや、一応マンデートの範疇ではある。武力紛争下にある、ありとあらゆる武装勢力と対話することも我々の目的の一つだからな。」
「だとしても、あんたの知り合いは連中を潰す事を目的としているんだよね。我々に戦えと?」
「おそらく確証が得たいんだろう。確証が無いまま現地に部隊を送るわけにもいかないからな。」
レオニードが続ける。
「確かに、気持ちのいい話ではない。俺たちを利用しようっていうんだからな。ただ、連中がやっていることを看過することも難しい。老若男女問わない強制労働、奴隷化、人身売買、脅迫、暗殺、不安定化工作、etc。あと"例の情報"が本当だとしたら、それが漏れてもやばい。」
「その活動内容だと13もいそうだな。」
ボリスがひまわりの種をひょいひょいと口に放り込みながら会話に入る。
「13・・・?あー、あの課отдел мокрых делは実在してたのか?」
「お前の方が詳しいだろ」
チェキストКГБの事はよく知らんよ」
何の話をしているのかよくわからない自分が遮る。
「とにかくロクでなしってことには間違いなさそうだ。それで?どうするんだ?」
上司шефに連絡だな」
許可を出すとは思わないけどвряд ли она даст нам добро。黒に近い。」
「そうなったら、もう年金生活者пенсионерにでもなるかね。エルバスナザルバエフみたいに。」
「俺たち二人はまだ少し先とはいえ、もうそんな事を考える時期か」
おっさん達старикиまだまだ働いてもらうよя не пущу вас
この洟垂れ小僧めпроклятый сопляк ты。老人を労れよ。サーロ切って、黒パン、にんにく、ネギ、あと"ホリールカ"горiлка持ってこい。」
「なんだって?」
「ウォッカのことだよ」

ブリーフィング

「困ったわね」
我々の上司である、ロシア系フランス人であるエリザベータが、腕を組みながら視線をどこにやるでもなく、思考を巡らせている。
「残念ながら許可が下りてしまった・・・私は反対したのだけれども」
レオニードが肘で自分の脇腹を小突き、ウインクをした。お前の予想が当たったな、とでも言いたげな顔だ。
「正直、この案件は危険すぎる。彼の言う通り、これはマンデートすれすれの調査になる。しかも調査そのものが主目的となるオペレーションは、私の知る限り今までなかったはず。DG局長はこの情報を聞いた時随分嬉しそうにしてたけど、私には理解できなかった」
「奴は新人новичокだからな。張り切ってるんだろ」
ボリスがマーカーペンをクルクル手の上で回しながら、皮肉たっぷりに答える。

「もちろん許可が下りたと言っても、これは命令ではないわ。あなた達には断る権利がある」
「リザ、それは後で考えるとして、ヘマをした連中が昇進して本部勤務になるのはどうにかならんのかね。いつも俺たちが尻拭いрасхлебывать кашуをさせられているんだが。体調が悪いと言って戦争前にウクライナから逃げたクソどもがさっき食堂で元気よく話しているのを見かけたぞ。ベジタリアン料理ばかり食って、"草"травка吸って、酒ばっかり飲んでるから、体調を頻繁に崩すんじゃないか」
「返す言葉もないわ」
「日本企業みたいに無能にも優しいからな、この組織は」
私も置いていかれまいと、皮肉を付け加える。
「この件は"円卓"で遅かれ早かれ取り上げなければならないと思ってたけど、その時が来たみたいね。・・・とにかくあなた達には負担ばかりかけて申し訳ない。ただ、信頼の証として受け取ってほしいの。」
「人材がいないだけじゃないのかね。ここに配属された人間は2年以内に7割がやめるって聞いたぞ。昔みたいに2週間、どっかの山奥に放り込んでの野外選抜試験を復活させたらどうだ」
「そしたら元GRUのあなたしか採用担当官は務まらなさそうね。誰も来ないと思うけど」
「とにかく旧ソ連男性の平均寿命を迎えそうな老人2人と、頭がイカれた日本人一人だけじゃ、作戦遂行は不可能だぞ。土地勘がないから、ナビゲーターも必要だ」
「そう言う割には二人共、派遣前健康診断に引っかかったことは無いじゃない。n自分、あなた倫理委員会にこの問題発言を告発してもいいんじゃない?私が証人になるわよ」
クスクスと笑うエリザベータ。
「そのせいで年金を貰う前に彼らがクビになったら殺されそうなので、遠慮しておきますよ」
「それでこそ俺たちのファシストだ!」

「人員に関しては、心配しなくてもいいわ。優秀な人間を既に選定済みよ。ナイロビで合流する手筈になっているわ。もちろんあなた達が引き受けたらの話だけど」
「信用できないな。経歴は?」
「そう言うと思ったわ」
エリザベータが卓上にCV履歴書を置く。
3人が顔を揃えて流し読みする。確かに文面上では優秀で、中には興味深い記述も散見された。
たまげたнифига себе。こいつはクンドゥーズの生き残りか」
「ピーターE。当時EVAC緊急避難を指揮した人間よ」
「PTSDは?」
「それも問題なし。クンドゥーズの後の経歴を見ればわかるでしょう」
「海千山千の野戦外科医か。言うことなしだな」
「しかし48歳には見えないな。しかもとびっきりの笑顔だ。」
「彼は道中でのあなた達の健康管理を担当する。あとジュバ・アラビア語も堪能だから、現地人とのコミュニケーションも取れる。優秀よ。」
「あんたがそこまで言うなら信じるよ。ただケニア人だから彼も土地勘はないだろ?」
「マルコ。南スーダン人の水先案内人よ。ラダム国立公園で動植物の調査を20年続けているわ。密猟者追跡のプロよ。政府、反政府、密猟者、現地部族の頭領、ありとあらゆるコネクションを彼は持っている。」

「あとDGが名指しで指名した人間が一人。ただ私は気に入らないわ」
先程とは違い、CVをぞんざいに叩きつけるエリザベータ。ボリスがどれどれと、両手を擦りながらCVを手に取る。徐々に表情が曇っていき、怪訝な顔でレオニードに尋ねる。
「こいつどう思う?」
「バドリオ。29歳。スイス南部出身。フィールド経験はナイジェリアでの1年のみ。なるほどね。」
「ただの若造じゃないか」
私にまだまだ甘いな、と人差し指を左右に振るジェスチャーをし、続ける。
「こいつはチェキスト特務だな」
「この経歴から一体どうやって分かったんだ?」
「後で教えてやるよ」
「さすが元第7局NATO担当
「やっぱりそうなのね。もし必要なら外すことも出来るけど」
「いや、こいつは泳がせる。目を光らせないといけないが、もしボロを出せばDGの弱みを握れるだろう。チームの中に特務を送り込んだと組織内で知られれば、奴に一泡吹かせられるだろう。」
「どうしてそこまでするのかしら?」
「あんたにさっさとDGになってもらって、俺に楽させてほしいからだよ」

身の上話

首都ジュバへ到着し、水先案内人のマルコと落ち合う。チームに対するブリーフィングをマルコは始めた。彼は至る所に情報網を張り巡らせている。道中のセキュリティに関する情報の収集は現地の人間への聞き込み以外に、これから向かう目的地とその道中の情勢を、彼の情報提供者から聞き、安全に出発できるかどうか判断する。情報を集める過程では、必ずしも我々の安全保障に関連した情報だけを吟味するだけではなく、情報提供者たちが日々接する情報、例えば村の誰々が亡くなったとか、部族Aと部族Bの家畜の奪い合いによって何人がなくなり、長老が調停を行っているだとか、子供が近くに池で睡蓮の花の根を採取している時に溺死した、など様々な情報が集まってくる。そのような些細に思えるイベントが大きな事件に発展する事態も少なくないため、すべての断片的な情報をパッチワークのように織りながら、シナリオを組み立て、ルートを選定していく。

ラダム国立公園へ向かうルートはある意味では限定されていない。経由するワウという中規模の都市を一度出てしまえば、その先は無法地帯だからだ。もちろん主要幹線道路には、政府軍が管理するチェックポイントが設置されているが、有象無象の武装勢力に度々襲撃される。また政府軍駐屯地もチェックポイントから遠く離れているため、増援は期待できず、兵士たちは相当な緊張を強いられている。我々が最初のチェックポイントに差し掛かった時見かけた兵士たちは、すでに薬物かアルコールで酩酊状態にあり、下半身のそれは見事な一物をさらけ出していた。気分次第で彼らにカジュアルに射殺されるのは勘弁願うので、マルコが少額の米ドルとタバコを彼らに渡し、無事通過した。

道のりは長く、皆が暇を持て余していたところ、各々が自身の身の内を明かすこととなった。レオニードやボリスは言うまでもなく、物語から出てきたような身の上話を展開したところ、特務出身と噂されるスイス人メンバーのバドリオは目を剥きながら興味深く話を聞いていた。彼が私になぜあなたは驚かないのかと尋ねられた時、「もう散々聞いたから」と口を開く前にボリスとレオニードが、「こいつも色々経験してるからな」とニヤニヤしながら遮った。バドリオの前ですべてを曝け出すのはよしたほうが良いとの二人の忠告を受け、私は要所々々をつまみながら説明した。

チーム専属のメディックであるケニア人のピーターは、片田舎に生まれ、子供に教育を受けさせるなんてとんでもない、といった認識が広く共有されるコミュニティで育った。しかし彼の知識欲は家族の猛反対を押切り、昼は学校で家畜の世話をし、その後は授業を受けていた。また某国際機関で掃除夫として働き学費をためた後は、首都ナイロビの大学で医学を専攻し、卒業後は国境なき医師団へ参加した。アフガニスタンのクンドゥーズ病院で働いていた彼は、2015年に米軍の爆撃に見舞われ、多くの同僚を失いながらも緊急避難を主導し、命からがら生き延びた。しかしその後も精力的に活動を続け、同組織を退職。数年間を地元で家族と共に過ごした後、再び紛争地へと舞い戻ったのだった。

しかしいかに我々が特殊な経歴を持っていたとしても、マルコの幼少期の話には敵わなかった。

南スーダン北部(当時はスーダン領)のマヨム州出身の彼は、スーダン内戦時に生まれた。物心付く前から難民であることを強いられた彼は、常に何かから逃げていた。スーダン軍兵士が彼の住む集落を襲撃した時、彼らは暴虐の限りを尽くした。その時マルコの親族の多くが殺され、彼は生き残った親族と共に、草むらへ隠れ3日間そこで息を殺しながらスーダン軍兵士をやり過ごした。食料は目の前を這う虫を食べた。また幸い雨季であったため、飲料水には困らなかった。そしてスコールが彼らの痕跡を消し流してくれた。しかし、他のルートで避難した人々全員が逃げ切れたわけではなかった。離れ離れになった彼の親戚は、乳幼児と共に避難したそうだが、同じく草むらに隠れていたところ、その子が泣き出してしまったのだ。「子供はまだ作れる。死んだら子供を生むことも出来なくなる」と残酷なコンセンサスに辿り着いた彼らは、子供を縊り殺し、その場を乗り切ったのだった。面白半分に身の上話をし始めた我々だったが、皆が真剣な顔持ちでマルコの話に傾聴した。

スーダン軍の追跡を逃れた彼の家族は、一族の将来について話し合った。マルコいわく、彼の父親は頭が良くなかったが祖父は慧眼を持ち、一族の意思決定を仕切っていた。父親はマルコを牧夫として家族の生計を支えて欲しいと言ったが、祖父は反対した。家畜が今現在も財産及び貨幣として機能する南スーダンで牧夫として生活を立てて行くのは生半可なことではない。四半世紀以上続く内戦により、AK47はゴミのような値段で手に入るし、もしくはその辺で「拾える」ため、家畜襲撃ビジネスへの参入は容易であり、そのため家畜を持つ限り半永久的に続く襲撃を撃退せねばならない。首都のジュバには至るところに「家畜襲撃をやめよう」という国連のロゴが入った啓発ポスターがビルボードに貼られているところから分かるように、家畜の奪い合いは有史以来から続く宿痾なのだ。

マルコの祖父は彼の知性と温厚さに気づいていた。そして兄が彼と正反対の性格をしていたことも。祖父はなけなしの一族の財産を彼に渡し、教育を受けられるようスーダンの首都ハルトゥームへ送り出した。ハルトゥームはアラブ人社会であるため、黒人(ヌエル族出身)である彼は様々な差別を受けたが、なんとか大学卒業までこぎつけた。そして兄は祖父の思惑どおり持ち前のアグレッシブな性格を活かし、一族の家畜を守り切った。彼らが結婚すると同時に、相手側の家族にその家畜を結納金として納め、ジュバで新たなビジネスを始めると共に、一族の使命は果たされたのだった。

大先進資源公司

冒頭にあるテント生活を続けながら、道なき道をあらゆる交通手段を用いて進み、ついにラダム国立公園の玄関口であるカフィア・キンギと呼ばれる場所に到着した。全く馴染みのない場所だが、あの悪名高き神の抵抗軍の首魁であるジョゼフ・コニーが潜伏しているという噂がある。しかしウガンダ軍と米軍の共同作戦により組織は壊滅、コニーのみが逃亡を続けているという話だ。私が若かった時に悪名を馳せていた組織が知らない内に解体され、その代わりにワグネルが根城にしているという事実に、何とも言えない無常感を覚えた。

見渡す限りの雄大な自然が続き、全員が息を呑む光景に心打たれていたが、頭痛の種は解消していなかった。果たして連中はどこにいるのだろうか。レオニードがやり取りをしている某省庁からの追加情報はなし、水先案内人であるマルコも情報を持っていない。しかしこの大自然の中で数ヶ月過ごすのは現実的ではない。数週間に渡る強行軍により、バドリオは疲労感を隠せていない。彼を除く4人は比較的ピンピンしていたが、長くいればいるほど疫病等のリスクに曝される可能性が高くなる。マルコいわく、この地域の気候は普段冷涼だが、近年は温暖化の影響著しく、気温が30度を超えることが珍しくなく、長居をすればするほど体力と精神力が削られていく。

途方に暮れていたところ、一つの情報がマルコのもとに舞い込んできた。カフィア・キンギの手前にある地域に展開する、大先進資源公司と呼ばれる中国資本の資源開発会社が何やらある問題に悩んでるそうだ。この情報がワグネルに繋がるとも思えないが、他に有益な情報も無いので、藁にもすがる思いで向かった。

餃子 in 南スーダン

丸1日かけ、大先進資源公司が拠点とする場所に到着した時、我々は目を疑った。相当程度開拓され発展したコミュニティがあり、いたるところに中国語表記の標識が見られるのだ。そして遠くからでも分かる近代的な建築物が燦々と輝いている。消耗した我々は当初の目標など忘れ、いつの間にかその建物に向かって歩みを進めていた。熱いシャワーが浴びたい、ディストピア感溢れるエナジーバーじゃなくて、温かい食事にありつきたいという思いに突き動かされていた。

オフィスのインターホンを押し、応対した人間に話を聞きたいと私が尋ねたところ、カメラ越しに私の顔を見た途端中国語で捲し立てられたが、わからないので英語で続けた。それでも我々は歓迎され、オフィスの中に入れてもらえた。しかしあまりにも我々の体臭が酷いので、受付の女性にまずシャワーを浴びろと言われ、狂喜乱舞しながら皆がシャワー室へと向かった。

シャワーの後身支度を済まし、王と呼ばれる公司の責任者の部屋へと案内された。比較的若く、精悍な顔つきをしている王氏が悩んだ様子で部屋の中をウロウロしている。彼と目があった瞬間、私が軽くかじっている中国語で簡単に挨拶したところ、大喜びで私の手を取った。
「你好!路上辛苦了!你吃饭了吗?(長旅おつかれ様でした。ご飯は食べましたか?)」
おお、自己紹介よりも食事のことを真っ先に聞いてくれるとは、さすが中国人だと思い、まだ食べてない旨を伝えたところ、すぐに食堂に案内された。

さすがに自己紹介をしないのはバツが悪いので、皆が食事にありつく前にメンバーを王氏に紹介をした。しかし王氏はそんなことはいいからさっさと食べなさいと言った調子で、我々の前に山盛りの水餃子が乗った大皿を出してくれた。辛坊堪らず、私は真っ先に箸で水餃子を取り、卓上にある黒酢と辣油をかけようとしたところ、王氏にまずはそのまま、と止められた。そのまま食べたところ口の中で旨味を伴った酸味が広がった。今までの食事の壊滅的な無機質さによる反動で、なんと涙がこぼれ落ちてしまった。酸菜を入れたのですかと尋ねたところ、彼は増々嬉しそうに「泣くほど美味しいのですか。そうです、よくわかりましたね」と満面の笑みで言った。中華料理を好かないバドリオやピーターでさえ、手を付け始めた。レオニードとボリスはペリメニやマントゥを常食しているため、いつもの調子で既にバクバクと食べている。5分も経たない内に水餃子の山は消え、我々の腹も満たされた。私は感謝の言葉を王氏に述べ、用件を話した。
(しかしこの時食べた水餃子以上に美味しい水餃子に将来ありつけるのだろうか・・・)

分断工作

「私の悩みはこうです」
我々の腹がくちくなったところで、王氏は神妙な顔持ちで状況説明を始めた。大先進資源公司は、南スーダン内戦が一応公式には終了したとされる2018年に、この地域に展開した。政府からのキックバック要求を跳ね返した時に嫌がらせで環境汚染問題等を持ち出され、事業閉鎖の憂き目に合いそうになったが、それもなんとか乗り越え順調に開発を進めていた。安定した開発のために現地で雇用を創出し、また全部族が平等に職に就けるよう、部族間の利益調整機構をも発足した。しかし2022年に入ってから緊張状態が常態化しつつあるという。普段対立状態にない部族間での小競り合いから始まり、部族間対立を誘導するような事件が頻発しているそうだ。現地には警察機構は存在しないため、自警団を組織し調査を行っているが、なぜこのような事態に陥ったのか、有力な情報や証拠はまだ得られていないという。

「あまり意味が無いと思いますが」と付け加えながら、王氏は事件現場にあった物品が保管されている部屋へ案内した。そこには犠牲者の写真、衣類やその他持ち物、使用されたであろう弾丸が事件ごとに仕分けされていた。
「こりゃまた・・・」
ボリスは証拠品の多さに辟易した様子で、自身の髭をひと撫でした。
では、なにかわかったことがあればぜひ、と王氏は我々に伝え、自室へと戻った。バドリオは今までチームの役に立てていないと思ったのか、張り切って証拠品とにらみ合っていた。レオニードとボリスは相も変わらず飄々とした様子で、分析している。

「あー、あれ?これちょっと・・・」
私がレオニードの元に行き、気になった点を伝えた。ある事件だけ使われた弾丸が違うと。他はすべて7.62mm弾であるのに対し、これだけなぜか異なる弾なのだ。レオニードはニヤリとしながら私の顔を見て、背中をバン!と強く叩いた。
よくやったМолодец。連中はこの近くにいる。」
ただし私は何がよくやったのか、わからなかった。レオニードは補足説明を始めた。
「何がなんだかわからない様子だな。まずこれはお前も御存知の通り7.62x54mmR弾だ。AK47やSKSの弾に似ているが、別物だ。これはSVDやSV98狙撃銃に使われる。そしてお前が気づいたこれは、8.58×70mm弾だ。SVDには使えないが、SV98で使える。マルコ、確認したいんだがラダム国立公園の密猟には主に何の銃が使われるんだ?」
マルコが答える。
「今まで見たのは、WW2時代のドイツ製ライフルに、チェコ製のCZ狩猟用ライフルとレミントン870かな。AKで狩猟する密猟者は見たことが無い。」
「ボリス、CZの狩猟用って確か557か600で、お前持ってたよな。使う弾は何だ。」
「6.5mmクリードモアか223レミントン。」
「いずれも8.58じゃないんだよ。そして8.58は狩猟にも使われる。つまり、連中はSV98で狩猟をするついでに、この事件でも使ったんだ。やはりガキ共は詰めが甘い。結局連中は二流のエージェントかшпион второго сорта。俺たちのときはもっとうまくやってたんだがな。」
レオニードは、ソ連崩壊後のGRUやFSB要員の質の低下を馬鹿にするお決まりの言葉で、呆れがちに締めくくった。

レオニードの分析を聞いた王氏は光明が見えたようで、つかの間の安堵感を味わっていた。
「つまりそのロシア人たちは、ここに住む部族の有力者を暗殺し、他部族がそれを行ったように見せ、部族間対立を煽り、我々が出て行かざるを得ない状況を作り出し、資源を横取りしようとしていると?そんな馬鹿な・・・いや、色々合点がいく・・・」
「まさに我々のやり方ですよ。」
レオニードが自嘲気味に答え、続ける。
「連中の計算ミスは、我々が来ることを式に入れてなかったことです。しかし問題は連中がどこにいるかわからない。どうやって見つけ出すかが、これからの焦点となるでしょう。」
「まずこの件を利益調整機構の場で全部族の代表に説明してもよろしいですか。」
「ええ、早ければ早いほうがいい。」
「感謝いたします。あなた方に食事を振る舞った甲斐があった」

独断専行

王氏が調整機構の会合にて各部族の代表に状況を説明したところ、皆が納得したそうだ。その場にいた全員が怒りをあらわにし、彼らを落ち着かせるのに骨が折れたよと笑いながら麺を啜っていた。レオニードとボリスは何やら忙しそうだが、お前がやることはもう無いと暇を出されたので、王氏と中華料理話に花を咲かせたり、メディックのピーターと卓球をしたり悠々自適の生活をしていたところ、ある事件が起きた。
「バドリオがいない?」
チームリーダーのレオニードが目を丸くし、若干の怒りを含みながら答えた。スイス人のバドリオがどこかに消えたのだ。私とピーター、マルコと王氏の護衛と共にバドリオを捜索することとなった。

マルコと王氏が持ちうるネットワークをすべて使い情報を収集したところ、オフィスから数km離れた集会所で目撃されたとの情報が入った。白人がウロウロしていたら目立つのは当たり前である。無線でレオニードに報告したところ、何が何でも連れてこいとのことだった。集会所に向かったところ人だかりが出来ている。一体何だと思ったら、バドリオが現地人と共に何か物資を配っている。一体全体どうやってあんな大量の物資を見つけ出したのか興味が尽きなかったが、それは今重要じゃない。何やってるんだあいつ、と全員が訝しみながらバドリオの元へ向かい、私が言う。
「おい、なにやってんだ。何のつもりだ?」
「あなたには関係ない」
「ボスからお前を連れてこいとの命令だ。」
王氏の護衛がこれはまずいといった顔をしながら言った。
「あなたは何をしているのかわかっているのか!?こんなに大量の物資を一つの部族に渡したとなったら、他部族から不平不満が出るに決まってるじゃないか!」
王氏の護衛が銃を空に向かって打ち、そして構えながらバドリオへと近づく。我々は群衆を押しのけ、何とかバドリオの身柄を確保しようとするも、バドリオは逃亡。現場はパニック状態となった。
「クソが!!!」
私は悪態をつきながら車の運転席へと飛び乗り、バドリオの行き先を遮った。
「大人しく車に乗れ。さもなければ実力行使だ」
屈強な男4人に囲まれた彼は、為すすべもなく命令に従った。武警出身の王氏の護衛が手錠をはめ、公司のオフィスへと連れ戻った。

「さて、バドリオ。理由を説明してもらおうか。」
レオニードが不気味な笑みをたたえながら、尋問を始める。
「黙秘します」
「君は私の身の上話を覚えているかね。覚えているのならとてもじゃないけどそういう言葉は出てこないと思うんだがね」
今まで聞いたことのない彼のトーンは、ただの言葉であるにも関わらず、身震いさせる凄みがあった。ボリスが入室する。
「おい、程々にしておけよ。まあしかし、泳がせておいて正解だったな」
「殺すかどうかはこいつ次第だな。俺たちはお前が何者なのか、実際に顔を合わせる前から知っているんだよ。DGの承認のもと送られたNDBスイス連邦情報機関のエージェントだと。」
バドリオは「なぜ知っている!?」と豆鉄砲を食らった鳩のような反応をしている。
「やはりNDBは馬鹿の集まりだよ。これでどうやって冷戦を生き残ったんだ?お前の目的はこうだ。ウクライナ戦争以降、スイスは伝統的な中立を破り、対露制裁スキームに加担した。その一貫が、ワグネルの調査だ。そこでNDBが俺たちのDGと共にお前を選抜し、俺たちのチームに送り込んだ。今まで何ら活動成果も上げられず焦ったお前は、何とかワグネルを引きずり出そうと物資を一部族だけに配り、地域の部族間対立を煽ろうとした。王氏が既に調整機構の場で内情を説明して、緊張状態が解消されたにも関わらずそうするとか、お前馬鹿だろ。」
レオニードの火の玉ストレートにバドリオは怒りをあらわにしようとするも、図星であり、また今置かれている状況を再認識したのか、すぐにしおらしくなった。
「マルコ、N(自身)、ピーター、どうしてやるのがいい?」
マルコが真っ先に言った。
「俺たちの部族では、コミュニティに混乱をもたらした者は、裸にして椅子に縛り付けて、外に1晩放置する。マラリアを持った蚊に刺されまくるんだ」
レオニードがバドリオの方を向き、言った。
「いいことを聞いたなぁ。随分と”人道的”だと思うが、それで行こうか」
恐怖に苛まれたバドリオは大いに焦り、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら謝罪を繰り返した。
「今晩発狂死したくなければ、このレコーダーに全部話せ。全てだ。ボリス、後は頼んだ」
「了解」
ソ連時代のGRUエージェントの恐ろしさが垣間見えた気がした。

答えあわせ

バドリオはすべてを話した後、公司のオフィスの一室に監禁された。レオニードとボリスはこれでDGを引きずり下ろせると喜んでいた。王氏は我々を呼び出し、これからの計画を説明した。この地域にワグネルがいることがわかった以上、彼らの居場所が見つかるのは時間の問題であり、もし見つかった場合、復讐を誓う地元民たちは彼らを血祭りに上げるだろうと。レオニードとボリスはご自由に、と答えた。私は、「当初の目標は彼らとコンタクトを取ることじゃなかったのか?」と二人に尋ねたところ、「もうルビコン川は渡った」という答えが返ってきた。最初から連中を排除するつもりだったのだろうか。そして南スーダン全体の人道オペレーションを麻痺させる事実とは何なのか。聞きたかったが、やめた。ただこれですべてが解決すると言う二人の言うことを信じるしかなかった。

数日後、卓球をしていたところ王氏が入ってきた。私がふざけて彼に対しサーブをしたところ、彼は卓上に置かれていたラケットを素早く手に取り、スマッシュを決めた。
「みなさん、これで終わりです。本当にありがとうございました。彼らはもういません。」
「素晴らしい。どういった末路だったか教えてもらえますか?」
レオニードが尋ねる。王氏はスマホを取り出し、テレビ画面に接続し、一つの動画を我々に見せた。
なんてこったгосподь
ボリスがひきつり笑いながら呟いた。ワグネル隊員と思わしき人物たちが火炙りにされ絶命した後、体をバラバラにされている様子がテレビに映し出された。
レオニードが私にボールを投げ、ゲーム開始の合図を出した。どういう気持で始めればいいのか分からなかったが、言われるがままにサーブをし、ラリーを始めた。
当然の結果だЧто посеешь, то и пожнешь
火炙りの様子が流れる中、パキン、パキンと乾いた卓球のラリーの音が響く。

「ところで、連中は何か持ってましたか?身分証のようなものとか」
レオニードが王氏に尋ねる。
「はい、こちらになります」
彼らが使っていた武器とおそらく部隊内で使われる身分証、その他私物が揃っていた。レオニードは一旦プレイをやめ、身分証を手に取る。
「いや、あれ(焼死体)だと誰が誰だかわからないからさ。」
キリンжирафツルжуравльライオンлевマントヒヒгамадрилといったコードネームが並ぶ。彼は再び球を手に取り、ゲームを再開する。
「こいつらの中で誰がリーダーだったか知ってる?」
私はレオニードに尋ねた。
とんと知らないねхер знает。」
「・・・あなたのGRU時代のコードネームを教えてくれないか」
動物園зоопаркだよ」
彼はスマッシュを決め、ラケットを卓上に置き、立ち去っていった。

旅の終わり

王氏の計らいにより、国連の飛行場まで連れてきてもらい、首都ジュバへと我々は飛び立った。マルコはジュバで家族と時間を過ごした後、またラダム国立公園へと戻るという。ピーターは降り立ったその足で、ナイロビ行きの飛行機に乗り、帰国の途についた。ボリスとレオニードはエリザベータに報告を済ませ、バドリオの身柄をジュバに来たある人物へと引き渡した。
「いやあ、こんな大冒険になるとは思わなかったな」
レオニードが言う。確かにジョジョ第三部のような大冒険だった。
出発前は複雑そうな顔をしていたが、今はどこかスッキリしているように見える。たぶん”精算”が済んだからだろう。
「まだ俺たちにはやることがあるがな」
ボリスがレオニードと私の肩を掴みながら言う。
「え、自分も?」
私は予想外の発言に、思わず声が上ずる。
「バドリオみたいな顔してるぞ、お前」とレオニードとボリスが豪快に笑う。ボリスから電話を渡される。いいから取れ、と言われ受話器に耳を当てると、エリザベータの声が聞こえた。
「こんな大仕事をした後に大変申し訳ないのだけれど・・・」
「もったいぶらないでくださいよ」
「バフムートに行ってもらえるかしら」
「・・・」
ボリスとレオニードがニヤニヤしながら尋ねる。
「どこに行けって?」
あーもうめちゃくちゃだよну да ну да я пошел на хер!










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