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小説:コトリの薬草珈琲店 7-1

7章 宇陀の薬草教室

 乾燥したショウガを一切れ、種を取った乾燥棗(なつめ)を一個。それと深煎りのコーヒー豆。それらをミルに入れ、粉砕する。およそ10秒間。細かくなったコーヒー豆の中に、黄色いショウガの粉末と薄茶色の棗の粉末が見え隠れしていて、視覚的にも美しい。それらをフィルターに入れて上からお湯を注ぐ。60gでいったん止めて30秒ほど待つ。それから、目盛りが160gになるまでお湯を入れ、コーヒーが落ちきったら棗ショウガ珈琲の完成だ。

「お待たせ。棗ショウガ珈琲です。」差し出す相手は笠原凛だ。年を越して1月。その寒い夜。この珈琲店がオープンしてから2年とちょっとの間、ほぼ毎週、月曜日の夜に凛は訪れている。凛の視界の端にはバイトの佳奈が最後のお客さんの会計を済ませている姿が見える。年配の男性だ。「ごちそうさん」「ありがとうございました~!」と、いつもの元気な声が続く。それを聞くと、こちらも元気をもらえる感じがする。

「佳奈ちゃん、入り口のほう、閉店にしておいてもらえる?」と琴音。
「はーい。」と元気よく、佳奈は店の入り口まで向かっていく。
 それから、琴音はカウンターの椅子に大きな箱を乗せた。色々な薬草類が入っている。その横に佳奈が座る。カウンターの左から、凛、佳奈、琴音と並んで座った形だ。琴音と佳奈の二人は何やら作業を始めるようだ。
「凛さんすみません。ちょっと右でガサガサしてますけど」
「うん、いいよ。閉店後に居座ってるの、私だし。で、これ、何のやつ?」
「今週末に宇陀で開催される薬草教室のお手伝いです」
「先生、人使いが荒いんだよね笑」琴音が苦笑する。
「ええ、まぁ、お金をいただいているので、私はいいですけど。」と佳奈。
「それって、川原君も行くとか言ってたやつかなぁ」
「そうです。川原さんもいらっしゃるとか。私は行かないんでお目にかかれないですが」
「そうか、そうか。」そう言う凛の顔はほころんでいる。

 去年末に川原君・福田君・琴音で聖武天皇陵・光明皇后陵を巡った際、別れ際に川原君に変な挨拶をしてしまったと琴音から相談を受けた凛は、何かイベントがあったら川原君を誘ってあげたら?と琴音にアドバイスしていた。そのイベントというのが、ちょうど今回の薬草教室にあたる訳だ。

 9つの大きなビニール袋。そこに薬草を分配していくのだろう。少しだけ興味を持った凛は、佳奈に質問をはじめた。
「ねぇ、この細長いのは何?」
「これっすか?これは熊笹(クマザサ)です。薬草茶としては胃をすっきりしたり口臭を消したりする薬草としてよく使われるんですが、成分を見るとなかなかすごいんですよ。トリテルペノイドが免疫細胞を活性化して抗ガン作用につながったり、パンフォリンという物質が炎症を抑えて、これも間接的にガンの予防になったりするそうです」
「トリペル・・」
「トリテルペノイドです」
「佳奈ちゃん・・・、すごいね。めちゃくちゃ詳しいやん」
「まぁ、勉強してるんで」
「おお。ではこれは?」大きい楕円の葉っぱを指さして佳奈に問う。
「これはビワの葉ですね。最強です」
「最強?」
「はい。最強。アミグダリンという物質が鎮痛に働いて、ネロリドールという物質が賦活(ふかつ)って言って、細胞の活性化のような働きをするんです。だから、傷を治したりするのが得意です。それだけじゃなくて、ウルソール酸っていう物質が骨粗しょう症の予防や、熊笹と同じように抗ガンにも良いと言われています。あと、動脈硬化予防にも良いって言われています。ね、最強でしょ?」
「えええ・・・ビワの葉もすごいけど、佳奈ちゃんもすごいわ。マジで」凛は驚きの顔を隠せない。
「はい。勉強してるんで。あ、アミグダリンは少し毒性がありますが、薬草茶とか薬草珈琲にする分には全く問題ないって感じです。ビワの種を何十個も食べるのは避けた方が良いですね」
 本当はもっと聞きたい気持ちもあったが、自分の頭が追い付かない中、話し始めたら佳奈も止まらなさそうだったから、凛は話題を変えようと考えた・・・が、それよりも先に、佳奈の話が続いてしまった。
「凛さん、これ分かります?」佳奈のスマホに植物の葉っぱが映っている。
「これは分かるよ。紫蘇でしょ?青紫蘇」
「はい。薬草としてどんな効果があると思います?」
「えっと・・・殺菌効果がありそうだから、風邪とかにも良かったりする?」
「お、いいですね。中医学・・・薬膳の世界では解表って言って、汗から邪気を体外に出すことが得意な植物だと習います。殺菌効果もあるから、お刺身と一緒に出すのは理に適っていますね。一方で、薬草の世界では抗アレルギーの薬草としても有名なんですよ。紫蘇に含まれるフラボノイドに鎮静効果があったり、リモネン等の複数の精油が抗炎症に効いたり、リノレン酸がアレルギーの緩和に良いとされています。アレルギーの緩和に効く成分がいくつも入っているんですよ。すごいでしょ?」
「なるほど・・・とにかく、アレルギーにもいいことだけ覚えとく」
「はい。覚えておいてください」
「佳奈先生、了解致しました笑」

「・・・あ、そうそう。川原君が最近、薬草に興味持ち始めているんだよな。」凛はやっと違う話題を見つけることができたようだ。話をしながら琴音と佳奈はもくもくと作業を続けている。琴音はいつものように、黙って聞き耳だけ立てている。
「そのようですね。」と佳奈。「コトリさん、川原さんと一緒に車で行くようですね。」と付け加える。
「え、そうなんだ。川原君からその情報は聞いてなかった」
「コトリさんにもようやく春が来たんですかね」
「おーい、そこのお二人。コソコソと私の話をするのは禁止ですよ笑」自分の話題になったからか、琴音も会話に参加する。
「ふむ。コトリ、どのような経緯でそのような事になったのかを説明したまえ」
「だから・・・川原君がよかったら車に乗っていきますか?と連絡してくれたんだけど、荷物も色々とあるだろうから私の車で行く形でいかがですか?って聞いたら、じゃあそれで、ということになって、私の車で宇陀までご一緒することになったんだけど・・・」
「な~るほど」と凛が意味ありげに笑みを見せる。

「でさ、佳奈ちゃん。私、分かったんだ。いい男の条件ってのを。」話の流れに任せて、凛が自論を繰り広げる。
「ほお。それは是非、お聞かせ願いたいですね」
「よろしい。お聞かせ進ぜよう。いい男というのは、ズバリ、自分に優しくしてくれる男のことだったんだよ」
「若干、『恥ずかしいセリフ禁止!』って言いたくなりそうな流れですが、続きを聞きましょう」
「うん。それで、お金を持ってるとか、健康的な肉体を持っているとかは、優しくするための能力のようなものだって分かったんだよ。優しくしようにもお金に困ってしまったら優しい行いを実現しづらくなるとか、病気になってしまったら女性に優しくする前に自分の病気を治さないといけない、みたいに」
「優しさが中心にあって、お金や学歴とかはその付属品、という理論ですな」
「そうそう。」言いたいことが言えて、凛は満足げだ。
「大枠では同意です。逆に言えば、すごい金持ちのイケメンでも、最終的に自分に優しくしてくれない人だったら付き合わない方がいいってことですよね。」凛の頭が分析を続けているようで、その顔はキリッと引きしまる。「・・・で、異性への憧れってのは、その付属品だけに目を奪われている状態なのかもですね。背が高くてステキとか、勉強ができてステキとか。でも、最終的に自分だけに優しくしてくれる人じゃないと、自分にとってのいい男にはならない。・・・でも、なるほどです。“男の魅力は優しさ”理論、いいじゃないですか。私も気に入りました」
「佳奈先生、恐れ入りました。私の理論が佳奈先生によって完成したようです笑」と凛が恐れ入る。
「いえいえ。・・・でも、よく考えたら、凛さん。それだったら一目惚れという現象を説明しづらくないですか?どこが魅力というのが上手く説明できなかったり、自分だけに優しくしてくれる訳でなかったりしても、なんか好きになっちゃったみたいな話ってよく聞きますもんね。・・・う~ん、一見惚れって何ですかね」
「一目惚れか・・・、ぐぬぬ。お主、やるな」
「いやぁ、水を差してすみません。・・・でも、凛さんの理論、面白かったです」

「で、どうなのよ?」不意に、凛の声が琴音の方へと向かう。「コトリちゃんは、ちゃんと結婚とかできるのかな?」
「結婚・・・」慣れていない問いを受け、返答に窮してしまう。自分の運命を占いたく、目の前に残されたビワの葉っぱに訊ねてみた。「ねぇ、君はどう思う?」

 ビワの葉っぱは琴音だけに見える淡い輝きを放ちながら、<ガンバレ>と一言だけ返してくれた。ありがとう。なるほど。でも、何を頑張ったらいい・・・のかな?

 当然、他の二人にはそれが聞こえるはずもなく、またこの妖精さんは植物と会話してるよ笑、などと茶化す声が耳に入ってくる。凛や佳奈のいつもの、温かい声。私は十分に幸せだと思う。大切な友人や後輩がいつも身近にいてくれている。・・・でも、あともう一つ、幸せを手に入れてもいいのかもしれない。ほんの少しだけ、そんな感覚が琴音の体内を駆け巡ったのだった。

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