森絵都『風に舞いあがるビニールシート』を読んで
私の人生にはなにか"絶対に譲れないもの"はあるだろうか。
もちろん、家族、健康、お金、友情、そういった一般的に大切とされるものは、私も人並みに大切に思っている。
それとはまた別の、自分だけの守り抜きたい価値観――。
ぱっとは思い浮かばないけれど、これだけ日々を生きづらいなぁしんどいなぁと感じているのだから、きっと他人に不思議な顔をされても曲げられない"何か"が私にもあるのだと思う。
あらすじ
才能豊かなパティシエの気まぐれに奔走させられたり、犬のボランティアのために水商売のバイトをしたり、難民を保護し支援する国連機関で夫婦の愛のあり方に苦しんだり……。自分だけの価値観を守り、お金よりも大切な何かのために懸命に生きる人々を描いた6編。あたたかくて力強い、第135回直木賞受賞作。解説・藤田香織
大切だと思える”何か”のために、生きるしかない
本書『風に舞いあがるビニールシート』には6つの短編が収録されている。
それぞれ登場人物も物語の背景も作品の雰囲気もまったく異なるので、一瞬自分は何を読んでいるんだっけ? と訳が分からなくなってしまう。
しかしあらすじにもある通り本書の6つの短編に通底するのは「お金よりも大切な何かのために懸命に生きる」人が主人公であるという点だ。
よくある人生の選択、たとえば、(特に女性の場合)「仕事をとるか、結婚をとるか」だったり、「お金をとるか、やりがいをとるか」だったり、「子どもを持つ幸せをとるか、自分自身の自由をとるか」だったり、本音を言えばどちらも欲しいところではあるけれど自分の中で優先順位をつけて選ばなければならないタイミングがある。
(器用な人はどちらもとれたりするのだろうし、「一度きりの人生なんだから全部やってやる!」という気概のある人もいるだろうが、そんなパワーと強運を持つ人間はほんの一部だろうと私は考えている)
これまで自分が選ばずに泣く泣く捨ててきたものを持っている他人を見ると、まさに隣の芝が青く見えてしまう。
そんな中、隣の芝には目もくれず、自分の大切なものだけをまっすぐ見つめて邁進できる人間は、危ういけれど美しい。
私にとっての譲れないものはきっと、”自由”なのだと思う。
好きなときに好きなことをしたい。時間も場所も縛られたくない。相手の価値観を押し付けられたくない。私がやりたいやり方で、私がやりたいことだけをやりたい。
こうやって書き出してみたらただのわがまま野郎だということがよくわかるけれど、とにかく私は制限されるのが苦手だ。
だから家族を持つことが向いていない。特に子どもを相手にすることがたまらなく苦痛になってしまう。
一人で気ままに生きてゆくのが良いのだと思う。
その結果として孤独を背負うことになるけれど、その代償を厭わないほどに私は誰にも縛られたくない。
本書の帯にあった『愛しぬくことも愛されぬくこともできなかった日々を、今日も思っている』というフレーズが頭に浮かぶ。
私はたぶん、誰かを愛しぬくことも、誰かに愛されぬくことも、できないまま死んでゆくタイプの人間なのだろうと、ぼんやり思う。
それでも生まれてきてしまったのだから、生きてゆく。
懸命に、私が大切だと思える”何か”のために、生きるしかないのだろう。
ちょっと変かもしれないけれど、あたたかくて力強い、私なりの生き方をしていきたい。そう思ったときにまた本書を手に取ろう。
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