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カツセマサヒコ『明け方の若者たち』を読んで

食らった。この一言に尽きます。

誰もが経験しうる、どうしようもないほどに身も心も焦がして誰かと求め合い、そして失うという出来事。

痩せてあばらの浮いた貧相な身体で、どうにかこうにかシャワーを浴びながら咽び泣く、悲劇のヒロインだったあの日の私が、目に浮かぶよう。

きっとすべての大人たちに、あの頃の青春を思い出させ悶えさせる力を持った、それでいて、青くさい日々を懐かしく美しく感じさせる魅力も兼ね備えた、そんな一冊でした。

あらすじ

明大前で開かれた退屈な飲み会。そこで出会った彼女に、一瞬で恋をした。本多劇場で観た舞台。「写ルンです」で撮った江ノ島。IKEAで買ったセミダブルベッド。フジロックに対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、"こんなハズじゃなかった人生"に打ちのめされていく。息の詰まる満員電車。夢見た未来とは異なる現在。高円寺の深夜の公園と親友だけが、救いだったあの頃。それでも、振り返れば全てが美しい。人生のマジックアワーを描いた、20代の青春譚。

私を刻み付けてやりたかったのに

事あるごとに私のことを思い出せばいい。

別れるときにそんなことを思う。

あの駅前も、この駐車場も、いつも行ってたコンビニも。

全部が私との思い出に染まって、そしてこの先の人生ずっと、それらを見るたびに切なさで胸をギュッとさせながら生きていけばいい。

あの夏、深夜の公園で、赤くぷくっと膨れた虫刺されを足に何個も作りながら、何時間だってベンチに座って話していたことも、

あの冬、うんざりするほどキラキラ眩い都会のイルミネーションの中で大はしゃぎして、わざわざ人混みの中でキスしたことも、

全部ぜんぶ青春のかけがえのない1ページとしてあいつの脳裏に刻み込まれていればいいのに。

覚えてんのかな。

あの夏、馬鹿話をしながらへらへら笑ってタバコをふかしていた綺麗な横顔も、

あの冬、コンビニで2ピースのクリスマスケーキと缶ビールを買って、安っぽいホテルで乾杯したことも、

……って、あれ。

忘れられないでいるの、私の方か。

久しぶりに更新されたInstagramには、可愛い赤ちゃんを抱っこして私の知らない顔で笑う男。

ちょっと待ってよ。

私だって結婚してるし、可愛い子どももいるよ。

しかも私の夫は、自慢じゃないけどめちゃくちゃいい人なんだよね。

私の話を最後まで遮らずによく聞いてくれて、優しくて、私の目の前でアレルギーのピーナッツを美味しそうに食べたりしない。

そうなの、あんたとは大違い。

まるで何かの歌詞みたいな、負け惜しみのような捨てゼリフがどんどん浮かんでは消えていった。

なんで私よりも幸せそうな顔してんのよ。

私は負けてない。

よくわかんないけど悔しい。

「私も結婚してるし子どももいます世界一可愛いですそして私は誰よりも幸せです」とDMを送りつけたい衝動に駆られる。

クソださい。

こんなことならInstagramなんて見まいと、アプリをアンインストールした。

あーあ。

未練があるわけじゃない。

付き合っていたのだって遥か昔、もう何年も前の話。

そうだなぁ。なんて言ったらいいんだろう。

私たち二人にできなかったことを、それぞれ違う相手と、ちゃんとできたんだね。

よかった。

人間の記憶はなんとアホな仕組みになっているのだと、つくづく嫌になる。

特別でもなんでもない、些細な日常のワンシーンが、これでもかと華美に装飾されてまぶたの裏に再上映される。

きっとこの思い出は、私にとって都合の良いように捏造されている。

ひどいこともたくさんされたはずなのに。

本気で掘り起こしてみる。

…………。

うん、やっぱり、あのとき別れて正解だったんだ。

自分を納得させたつもりだけれど、やっぱりもうInstagramは見れない。

男性が描く、男性が主人公の物語

ここ最近、物語の主人公が女性の小説ばかり読んでいました。

だから久々に男性作家が描くリアルな男性の心理描写に接して、新鮮な気持ちになりました。

絶望のどん底にいながら、昔の恋人を思い出しては自慰で射精して死ぬほど虚しくなって、シャワーを浴びながら大声で叫んで、友と酒を飲む……。

風俗嬢(つまり、好きでもない女)の手ほどきで果てたあとの虚無感は、経験しようがないから私には分からないけれど、それでも、グサグサ刺さるところも多々あり。

触発されて、感想文の前半では女性が主人公の創作を書いてみました。

テーマは「最後の女になれないなら、せめて忘れられない女でいたい」です。(カツセさんの小説の内容とは関係のない、あくまで私の創作です。笑)

くだらないことで笑い合って、なんだかもう何もかもが可笑しくて、世界に自分たち以外いなくなって二人きりになったらいいのに、なんていう馬鹿みたいなことをわりと本気で思ったりしていた、

そんな、思い出すだけでも恥ずかしくていたたまれなくなるような記憶が、私にもあります。

すべての大人たちに、胸をギュンと鷲掴みにされるこの物語を通して、恥ずかしくなってもらいたいです。

前評判で分かっちゃいたけど、これは食らった。

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